クリスタルバスケ

飛翔鳳凰

第1話 クリスタル大会

 我々が暮らしている国では、バブルを迎え、経済破綻を招き、増税が加速する中、一人の男が国のために立ち上がった。


 その男は毛利という。


 毛利総理は国民から税金を貰わず、0%を約束させ、並外れた知略により外国との友好関係を強固にし、『クリスタル大会』を制度化させた。


 クリスタル大会は学生のオリンピックみたいなもので、学生の中から優秀な選手を確保する目的の他、賭博によるライブカジノや入場チケットなどから莫大な収入を経ている。


 web配信では、沢山の視聴者から投げ銭がされたり、国の募金のために応援を呼びかけたり、大成功を収めた。


 故に、人々はクリスタル大会創立者を『救世主』と称える。


 しかし、悲劇はすぐに起きてしまう。


 世界でコーナウィルスが満盈、クリスタル大会は中止となってしまった。


 救世主と称えられた総理大臣の支持率も激減、再び、無能な政府による増税に国民からは怨嗟の声がやまなかった。


 中止から4年後、国からクリスタル大会の開催が発表される。


 久々のクリスタル大会開催で世界は大きな注目を集めたという。


「お客さん、お代を先に払ってくれよ?」


 この国では食い逃げが多く、飲食店では先に金を支払わなければならない。


「ちッ、毛利総理の頃は税金も20%じゃなかったのによ!! 国のクソ野郎~~!!」


 荒くれが道端で叫んでいると若い男が『ドン』とぶつかってしまう。


「いてぇな………やろうってのか!!」


 荒くれが学生相手に拳を構えると学生が言う。


「すみませんが、戦うことはできません!!」


 学生の言葉に荒くれが怒号を挙げる。


「生意気なクソガキめ!!」


 学生は片手を前に翳して言う。


「私はこの『薬』を『母』に『届け』なければなりません!!」


 その言葉に荒くれは怒りを沈めた。


「そ、そうだったのか………おふくろのためだったなら仕方がねぇ………悪かったよ………」


 学生も謝罪して即座に自宅へと向かった。


 帰宅すると母親は寝苦しそうであった。


「母さん!! 今薬を飲ませてあげるからね………」


 学生が母親のために薬を飲ませると母親は落ち着いて学生に言う。


「ああ、お前には苦労をかけてばかりだね………」


 この学生の名前は細田 子龍(ほそだ しりゅう)といい、気弱そうに見えるがサッカーの才能に恵まれていた。


「そんなことはない。母さんのせいじゃないよ。それに、安心して欲しい。今年はクリスタル大会が開催される。必ず優勝して母さんに苦労なんて二度とさせないよ!!」


 子龍は己が勝ち取った優勝トロフィーである『クリスタルトロフィー』を見つめた。


 クリスタル大会に出場するにはクリスタルトロフィーが必要である。


 クリスタルトロフィーとは、小中学校で開催される公式大会で優勝すると貰える。


 しかし、このクリスタルトロフィーで節操の無い両親を持つ子供達は親からスポーツを強制されたり、不満があれば虐待を行う者も居た。


 毛利総理の頃、そういった悪行は許されず、沢山の親が死刑になり、心に傷を負った少年たちは国のために働いてくれたという。


 それが、一つのウィルスによって傾国を招き、無能な者が政権を牛耳ると私利私欲のために増税を行った。


 年金もなぜか2つ、3つと増えていき、国民の負担は2重、3重にもなっていった。


「子龍、私は優勝ができなくてもお前さえ元気ならそれでいいんだよ。無理はしないでおくれ………わかったね?」


 子龍は返事をした。


「わかっているよ。体を壊したら母さんに怒られるからね。安心して今日はゆっくり休んでおくれ………」


 子龍はそう言いつつも母の崇高な思想に敬服し、内心、この身がどうなろうと優勝するつもりであった。


 高校入学式のこと、学校名は『斎賀高校』、校門前で各部からの勧誘に遭うことになる。


「君!! クリスタルトロフィーを持っているのかい!!」


 そう、参加資格はクリスタルトロフィーであり、それを持っているだけで別の種目からも勧誘されてしまう。


「クリスタルトロフィー持ってるの!! よかったら『バスケ部』に入ってよ!!」


 彼女はバスケ部マネージャーの霧崎 彩音(きりさき あやね)であり、彼女はこの高校のアイドル的存在で、その魅力だけでバスケ部員は100人も集まってしまう究極の美少女だ。


「すまない。俺はどうしても優勝しなければならないんだ。この学校は母さんが誇りに思っているところだからね。この学校のためにも俺はサッカー部に入るよ。ごめんね。」


 子龍が断ると女目当てで入った100人の集団が黙っては居なかった。


「おいおい、霧崎 彩音様のお誘いだぞ!! 無礼にもほどがあるんじゃねぇのか?」


 騒動が起こりそうな時に、一人の男が声を挙げる。


「『クリスタルトロフィー』なら、ここにもある………」


 一同が振り返ると一人の男がクリスタルトロフィーを掲げていた。


 そこには『バスケットボール』の種目名が刻まれていた。


「なんだなんだ。それじゃあ、バスケ部に入りなよ。なんなら、そのトロフィーだけでも俺たちに寄越せや。」


 『トロフィー狩り』、クリスタル大会は正当な選手だけでなく、人々の醜い欲望まで引き付けてしまっている。


 野蛮なことは、両親の児童虐待だけに留まらなかった。


 クリスタルトロフィーを持った選手は両親の期待で押し潰される者だけではなく、集団リンチによって潰される場合もある。


 バスケのクリスタルトロフィーを持った男は集団に囲まれる。


 これには教員を呼びつける生徒も現れ始める。


 しかし、包囲された男は余裕そうに笑っていた。


 理由は簡単だ。


 彼がその男たちを蹴散らす。


 違う。


 そんなファンタジーな夢物語ではない。


 悪魔でも現実的なこと、集団リンチを仕掛けようとするクズ共ですらドン引きするようなことを彼がしてしまうからだ。


 その行動に一番ショックを受けたのは『子龍』であった。


 すべての生徒や教員が驚愕する中で、その男は命拾いする。


 しかし、命を拾う代償は余りにも大きかった。


「ふざけるな………ふざけるな~~~~!!!!」


 集団リンチされそうになった男に対して、温厚で母親思いの『子龍』が感情的になる。


「俺がお前をぶっ潰してやるよ!!」


 あの温厚な子龍が啖呵を切って勝負を申し込む。


 そう、その男が何をしたか、子龍には最も屈辱的なことであった。


「ああ、お前たちの欲しい。この『クリスタルトロフィー』!! 俺には『必要無い』!!」


 男はクリスタルトロフィーを地面に叩きつけて粉々に砕いてしまったのだ。


「あ、あぁ………」


 常人にはわからないことだろう。


 栄光あるクリスタルトロフィー、それを夢見ている者とそれを持つことで苦渋の人生を送る者の悩みを………


「何が『クリスタルトロフィー』だ!! 何が『クリスタル大会』だ!! お前らゴミ共が存在するだけで、この世界が狂っちまうんだよ!! 何が『名誉』だ!! 何が『栄光』だ!! それらは全部、お前らクズ共の『欲望』でしか無いんだよ!!」


 クリスタルトロフィーには『上杉 芯(うえすぎ しん)』と刻まれていた。


 その男の名前である。


 そして、子龍が感情的になるところへと至る。


「俺と1v1しろよ!!」


 上杉は子龍の純粋な瞳に戸惑う。


 そのまっすぐとした瞳に嫌気が差した。


 しかし、子龍がたたみ掛ける。


「お前は………自分の弱さから逃げ出した『臆病者』だ!!」


 その言葉に上杉がキレる。


「俺が臆病だと………てめぇみたいな『母親』に甘えたゴミが偉そうに威張ってんじゃねぇぞ!!」


 その言葉に子龍が激怒する。


「な、なんだと~!!」


 上杉が申し出る。


「いいだろう。てめぇの大好きなサッカーで勝負しようぜ………得意科目で負かしてやるよ………てめぇは『クリスタルトロフィー』を勿論、賭けるよな? 俺はこいつを賭けてやるよ………」


 上杉が賭けるのは『バッシュ』、バッシュとは『バスケットシューズ』の略語である。


 どんな『物』でも『選手』がそれを『大切』に使えば、それに『魂』が『宿る』。


 子龍は上杉のバッシュを見て了承する。


「いいだろう。俺のクリスタルトロフィーを砕くんだろ? だったら、俺が勝ったらお前には『バスケ』をしてもらうからな!!」


 上杉は笑っていう。


「ふん、好きにするがいい!!」


 こうして、二人の戦いが始まる中、斎賀高校のグラウンドには生徒だけでなく、教員すべてがいつの間にか注目してした。


 二人の勝負を本来は止めなければならない教員だが、この時だけは二人の雰囲気に飲まれていたという。

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