第8話 リミッター解除、神の名がつけられた必殺技

 サポーターは動きを矯正し、保護する。


 しかし、それが必ずしも選手のパフォーマンスを向上させるわけではない。


 『疾風のレジェンズ』と言われている氷川にとっては、サポーターはスピードダウンの邪魔な存在だ。


「なんと、斎賀高校はまだ本気を出していなかった!! もう勝負は決したかと思われたが、第2クォーターもまだまだ勝負の予想が着きません!! おやおや!? 上杉選手や桜井選手も何かを外しているぞ!!?」


 リミッターを身に付けていたのは氷川だけではない。


 上杉や桜井が付けていた物、それはリストバンドだ。


 手首、足首に重りを付けていたのだ。


 無論ランニングの時も身に付けていた。


「主将へのリベンジはまた今度にして、まずは当面の敵を何とかする。」


 上杉が協定を提案すれば桜井もそれに続く。


「最強を倒すのは僕だけど、今は主将に譲っておくよ。」


 二人の言葉を聞けば氷川が頼もしそうに言う。


「よし、斎賀高校、行くぞ!!」


 氷川が完全に消えれば神崎も消える。


 肉眼では見ることができないほどのスピードだ。


「は、速い!!?」


 上杉と桜井が言う。


『バーーーン』


 派手な音がすると思えば氷川がリングを掴んでいる。


 ダンクシュートでもしたのだろうか、しかし、神崎のカットモーションの残像が見える。


 ボールは宙を舞っている。


 2人が再び消えれば上杉がなんとか神崎の動きを捉えようとする。


「こ、ここだ!!」


 上杉が仁王立ちすれば『ドーーーン』と音を立てて神崎から再びチャージングを奪う。


「また止めてやったぜ………」


 上杉が得意げに言えば神崎が言う。


「まだ居たのか?」


 その言葉に桜井が言う。


「ぼ、僕だっているんだからねッ!!」


 解説の祥子が言う。


「スピードは氷川選手の方が速いわ。でも、神崎くんの方が技術力で圧倒してる。詰まり、1v1なら持久戦は技術の優れている神崎に分があるはず………」


 無論、例外も存在する。


 余りにもスピードが速すぎると技術だけではどうしようもない。


 愛子が祥子に聞く。


「え!?あの動きが見えるんですか!!?」


 ファールを奪われたため斎賀高校からスローインだ。


 氷川が上杉、上杉から桜井へとパスを回せば桜井と上杉の姿も完全に消えてしまう。


 これには流石の神崎も驚いてしまったのか、上杉と桜井に注意が逸れる。


 氷川がフリーになれば上杉が氷川にパスをする。


 そのまま3P(ポイント)シュートを決めれば得点は30対30と同点になる。


「な、なんと、第二クォーター開始早々斎賀高校が追い付いた~~~!! 30対30で同点です!!」


 流石の神崎もこれにはどうすることもできないのか、そう思っていた時、神崎も笑みを浮かべるのだ。


「いいだろう………久々に『本気』を出してやる………」


 その言葉に上杉が疑問に思う。


「本気だと? いくらなんでもそれ以上の実力が出せるはずないだろ?」


 上杉が疑問に思っているところ神崎が不意に攻めてくる。


 不意を突かれても上杉の体が反応してついていく。


 斎賀高校の姿は消えたが神崎の姿は消えていない。


 神崎がゆっくりとシュートを決めれば斎賀高校は神崎の姿を探し回っている。


「神崎選手が悠々とシュートを決めた―――!! どうしたんだ斎賀高校!!?」


 神崎から得点を奪われたことに驚き振り返るとたしかにそこには神崎が居た。


「バ、バカな!!?」


 上杉が言うと桜井も続く。


「ぼ、僕たちは何を追いかけてたんだ!!?」


 氷川が言う。


「神崎のドリブル技術がここまですごいとは………」


 そう、斎賀高校は神崎の残像を追いかけていたのだ。


 スピードだけの話なら氷川がなんとかしてくれるだろう。


 神崎は今まで何一つ『技』を使ってなどいない。


 ドリブル技術を全て組み合わせる。


 そのことを『シャッフリング』という。


 シャッフリングはドリブルの技の『数』で変幻自在を極め、『無限』を極めた者こそ辿り着ける。


 上杉ら『一』のドリブルから『無限』を垣間見る。


「流石は最強のクリスタルレジェンズ!! 同じクリスタルレジェンズでも格が違う!!」


 実況の浜崎 愛子が元気よく言う。


 解説の霧江 祥子が画面に映ると手を振ってファンサービスする。


「僕たち三人がかりでみんなが神崎の姿を見失うなんて………参ったね………」


 それだけではない。


 技術面で本気になっただけ、斎賀高校の連中相手に力など殆ど使っていない。


 上杉が氷川に言う。


「最高の技術には最高の技術で応えるのみ………ここは俺にボールを貸してくれないか?」


 上杉に何か秘策があるようだ。


 バスケの世界にも『神の名が付けられた必殺技』がある。


 それは公式の世界から編み出された技ではない。


 ストリートの世界で生まれた必殺技だ。


 基本、公式の世界では切れ者など存在しない。


 公式に才能が無くても金や人運があればプロになれる。


 故に、公式では暴力なども多く、世界大会では『マウスピース』を付けるようになってしまった。


 バスケで『マウスピース』が義務付けられるということ、それは公式の連中が『知性が乏しい象徴』なのだ。


 戦争が発展を築く。


 否、戦争で『無能』が『有能』に縋り付く。


 故に、『ストリートバスケ』で『必殺技が編み出される』のは『偶然などではない』。


 勿論、暴力主体の無能な公式が『頭だけでは試合に勝てない』というが、『暴力に身を任せている無能な人間』が『ルール厳守でバスケなどできるだろうか?』勿論、無能な彼らにできるわけがない。


 しかも、最近のバスケット公式世界大会ではトラベリングのルールを無視して9歩も10歩も歩いている。


 『バスケの世界大会』ではなく、『バスケの世界お笑い大会』が相応しいだろう。


 それが今の公式バスケなのだ。


 話は戻って上杉がボールを持つと城ヶ崎高校の選手を次々と抜いて行く。


 流石の神崎も上杉を無視することはできない。


 神崎は何かを感じ取る。


 1vs1で勝負する気だということを………


「血迷ったか? 貴様からボールを取るなんて造作もないぞ!!」


 神崎が構えれば上杉がフッ笑う。


「見せてやるよ。『神の名が付けられた必殺技』を………!!」


 上杉がそう言うと次の瞬間、神崎が尻もちを着いて倒れてしまったのだ。


「な、なんと!!? あの最強のレジェンズが尻もちを着いてしまいました!! 流石は破壊のレジェンズ!! 一体何をしたんでしょうか!!? 解説の祥子さん!! 今のが見えましたか!!?」


 霧江解説者が余りのことに驚いて立ち上がる。


「『シャムゴッド』………まさか、あの技のキレを再現するなんて………」


 シャムゴッド、それが神の名が付けられたバスケの必殺技だ。


 尻もちを着かされた神崎が怒りで表情を歪ませている。


 それは屈辱感からだと皆が思うだろう。


 しかし、そうではないことが次に理解できる。


 神崎がボールを持ったと思えば、今度は上杉が派手に尻もちを着いてしまったのだ。


「なッ………馬鹿な!!?」


 『シャムゴッド』


 神崎も同じくシャムゴッドが使えたのだ。


 しかも、技術力は神崎の方が上、上杉のシャムゴッドとは比べ物にならない切れ味を誇っていた。


 臆せず上杉が再びシャムゴッドで神崎を抜きに行く。


 だが、今度は簡単にボールを奪われてしまう。


「貴様のシャムゴッドは酷すぎる………そんな技量で『神』の技を使うな!!」


 神崎にそう言われて得点を返されてしまう。


 上杉のシャムゴッドは未完成などではない。


 完成度なら本物に匹敵する。


 しかし、神崎のシャムゴッドは独自の高い技量から更に改良されていたのだ。


「す、すごいよ………上杉くんのシャムゴッドが2方向に残像が見えるなら、神崎くんのシャムゴッドはさん方向に残像が見えちゃうよ!!」


 桜井がわかりやすく説明すれば前にも残像が飛んでくるため、上杉の尻もちの方が派手になったのだ。


「こ、こんな選手が日本に存在していたなんて………」


 解説の霧江も開いた口が塞がらない。


 高校生のバスケの試合を見て霧江自身も内なる闘志を燃やしてしまう。


 それに気が付いた神崎が霧江を一瞥する。


 神崎の人睨みで金縛りのような感覚を味わってしまった。


 気が付けば第2クォーターは58対82で終わっていた。


 斎賀高校は神崎1人に50点も許してしまった。


「わかっていると思うが、お前らに勝ち目などない………」


 神崎の言う通りだ。


 神崎に対抗するために『神』の名が付けられた『必殺技』も神崎の『特権』となってしまった。


 斎賀高校は最強だけでなく、『神』も超えなければ城ヶ崎高校を倒すことなどできないということを物語ったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る