第9話 真の選手とは………神崎の覚醒

「1人で勝てないのはお前が弱いからだ!!」


 仲間を頼るなと教え込まれた神崎はいつも1人で試合をしてきた。


 当然、5人の負担が自身の体に伸し掛かる。


「第3クォーターは神崎選手の独壇場か? 斎賀高校はここまでなのだろうか!!?」


 神の必殺技、最高の技術力、高水準なステータスを持つ神崎に抗えない者たちは多かった。


 斎賀高校も例外ではない。


 今の神崎を止める術など斎賀高校には無い。


「氷川主将、最後のサポーター取った方がいいのでは………?」


 上杉が氷川にやんわりと要求する。


 今の上杉では神崎を止めることができないと言っている。


「フッ、お前が主将を頼るなんてな………」


 そう呟いて氷川は最後のサポーターを取り払う。


「これで俺本来のバスケができるよ………」


 先攻は斎賀高校、上杉が氷川にパスを渡せば氷川は更に速い速度で神崎を抜き去ってしまう。


「な、なんて速さだ!!?」


流石の神崎も驚いている。


 ただでさえ神崎よりも速かったのに、まだ本気を出していなかったのだ。


「氷川選手速すぎる!!? 神崎選手が全く追いついていません!! 流石は『元』最強のレジェンズ!! 一体、どれほどまで余力を残しているのか!!?」


 ここに来て斎賀高校が氷川中心にゲームを動かし始めた。


 3人しか居ないが、斎賀高校の連携は見事なものだ。


 それに比べて神崎のワンマンチーム、神崎のシュート以外は入るかどうかもわからない。


「斎賀高校氷川主将を中心に追い上げています!! しかし、点差は全く縮まりません!!」


 神崎の攻撃を止める手段はない。


 その上に斎賀高校は神崎を超えてシュートしなければならない。


 勝負は見えていた。


「すげぇぜ!! 神崎って奴は最強すぎるだろ!!」


 観客の男子学生が言うとオタクが冷静な分析を行う。


「いや、違う。確かに、神崎は最強だ。でも、元最強が居るチームは他にも二人のレジェンズが居る。上杉くんのディフェンス能力が高すぎて、神崎くん以外の四人が身動き取れていない。その上に桜井くんがゴール下を守っている。神崎くんが最終的に攻めて守ってで全てを1人でこなしている。こんなのをいつもしていたとなると、勝ち目なんてないよ。」


 しかし、それでも神崎は得点を取り続ける。


 3人でも止めようがない神崎、そして、神崎よりも圧倒的に速い氷川、流石の神崎も息が乱れ始める。


「はぁ………はぁ………」


 神崎の足が止まる。


 斎賀高校は止まらない。


 運動量なら氷川も負けていない。


 だが、氷川の体力は異常だ。


 神崎は自分よりも速い氷川からボールを奪い取る。


 その技術だけでもすごい。


「す、すごい………」


 桜井が神崎を思わず称賛する。


「ちッ、こんなバスケから逃げた連中にこの俺が点差を広げられないなんて!!」


 とうとう点差が均衡を保つ。


 神崎が意地になって点を取ろうとする。


 しかし、それを上杉が阻止、そしてこういう。


「お前は知らないんだよ。『本当のバスケ』を………」


 上杉の言葉に神崎は怒り狂う。


「あんなしょぼいシャムゴッドを見せておきながらよく言えるな!!」


 上杉がその言葉に耳を痛める。


 桜井も上杉に重ねる。


「神崎くんのバスケはすごいよ。でも、神崎くんのバスケと今の氷川くんのバスケは決定的な違いがある!!………あ、でも、僕は神崎くんのバスケ、教えて欲しいけどね。」


 桜井も神崎の技術は認めている。


「だったら、『本当のバスケ』ってのを教えてみろよ!!」


 だが、神崎の足が思い通りに動かない。


 限界が来たのだろう。


 それでも仲間は神崎を信じてパスをくれる。


 いくら点を取られても神崎が点を取り返してくれる。


 それが神崎へのプレッシャーになったりはしない。


 そんなことはわかっていた。


 だが、神崎は更に状況を理解している。


 それは体力がなくて体が動かないということ、いや、違う。


 そう、それは、狙われているということだ。


「今俺にパスを出すな!!」


 神崎は冷静で何一つ焦りもなく、隙の無いバスケをしており、負けている要素もなかった。


 だが、味方が焦ってしまったのだ。


 その甘えたパスを斎賀高校は許してくれない。


「神崎、お前は確かに最高の選手だ!! だが、お前は意地になりすぎている!! たった『1人』で俺たち『3人』よりも強いのにな!!」


 過去を振り返らない人間は成長しない。


 自分のミスをごまかしたまま行きていく。


 そんな人間の価値観など意味がない。


 神崎はミスしていない。


「違う!! 俺一人でも勝てないのは俺が弱いからだ!!」


 神崎がそう言うと上杉がこう返す。


「それは『お前のバスケ』じゃなくて『無能なコーチのバスケ』だろ?」


 その言葉が神崎の胸に突き刺さる。


 本当は『こういうバスケがしたい』とか、己のバスケを極めたいと思うものだ。


 神崎は最強で最高の技術力を持っている。


 それなのに、技量が乏しい。


 無論、乏しいと言っても斎賀高校の3人よりは遥かに上だろう。


「そんな無能のバスケで俺達、斎賀高校は倒せない………」


 そう、無能なコーチのバスケで斎賀高校は倒せない。


 優秀な選手は無能の価値観の中でバスケをしてはいけない。


 神崎はわかっていた。


 無能なコーチがどれだけ間抜けなことを言っているのか、的はずれなことを言っているのか、それでも逆らうことは許されなかった。


 コーチよりも斎賀高校の方が『神崎』を理解していた。


「本当のバスケを見失っていたのは俺の方だったみたいだな………」


 神崎が無能という呪縛から解き放たれようとしている。


 呪縛、それに関して言えば、我々人間も無能な日本政府の呪縛から開放されなければならないのかも知れない。


「い、今のパスミスも神崎主将の所為じゃない!! 俺の所為なんだ!!」


 城ヶ崎高校の選手が言う。


 その声は震えていた。


 とても怖いことだろう。


 自身の非を認めるということは、しかし、その勇気がない人間に真の成長はしない。


「神崎、今までお前が俺を追いかけてきたのも、無能なコーチに従っていたのもわかる。でも、そろそろ『自分』の『バスケ』をしてもいいんじゃないかな?」


 氷川の優さに神崎が涙を流して崩れ落ちる。


 その姿は神崎の容姿が可憐さを持つが故に幼い少女のような泣き方を思わせた。


 少女の涙に弱い男たちは神崎を応援し始める。


 そして、感情的に斎賀高校を批難する。


「女を泣かすとか最低だ~!! 城ヶ崎高校頑張れ~!!」


 己の非行を見つめ直さず、自身のミスを隠蔽する。


 また、他人のミスを正すわけでもなく、揚げ足を取って人を陥れる。


 未熟者共にはチームを高めることなどできない。


 城ヶ崎高校は『真』の『チーム』へと生まれ変わる。


「どんな企業も無能な上司が上に立てば失敗を隠蔽して会社が崩壊していく。城ヶ崎高校はこれからのようだな………」


 氷川がそう言って神崎の頭をよしよしと撫でてやる。


 それを他所で見ている桜井と上杉、審判がレフェリータイムを取って試合を一時止める。


 神崎が長い髪を束ねる白い帯を解けばそれを額に巻きつけて鉢巻にする。


 気合の入れ直しだ。


「俺はもう限界だ。お前たちの力を貸して欲しい。」


 弱音を吐かなかった神崎がチームに初めて心を打ち明ける。


 するとチームもそれに応えて『おう』と言う。


 無能な者の呪縛から逃れた選手は強い。


 そして、バスケを楽しみ才能を十分に発揮するだろう。


 ゾーンというものは楽しいから入るものではない。


 呪縛から開放された神崎の状態は『覚醒』というべきだろう。


 チームプレイとなれば人数の差で斎賀高校の方が不利だ。


 斎賀高校は少数精鋭だ。


 しかし、ここに来て氷川のスピードが益々加速する。


 流石の神崎も成す術がないはずだ。


 だが、氷川が神崎を抜き去った時、ボールを持っていたのは神崎の方だった。


「え!?」


 皆がその光景に驚く。


 圧倒的速さの氷川からどうやって神崎がボールを奪ったのか、だが、神崎本人もそれをよくわかっていない。


 わかっていないのに、表情は余裕そうに笑っている。


 体が勝手にボールを奪っていた。


 体が軽い。


 神崎は無能の『籠』の中に閉じ込められていた。


 その籠から手だけを出した。


 本当の神崎はもっともっとすごい。


「氷川、俺の勝ちだ!!」


 神崎がそう言ってドリブルすると氷川はすぐに後ろからカットしてきたがそれを回避する神崎、再び氷川が神崎の前に立つと嬉しそうに微笑んでいる。


「勝負だ!! 神崎!!」


 第3クォーターは残り1分、点差は84対102で斎賀高校が負けている。


 18点差、なんとか神崎を抑えて第4クォーターを迎えたい。


 気が遠くなるような点差だが、20点差は精神的に辛いものがある。


 3人しか居ない斎賀高校もそろそろ限界が近い。


 氷川が何度抜かれても鷹のように神崎のボールを後ろからカットしてくる。


 それを必至に捌く神崎、だが、斎賀高校は忘れてしまっていた。


 そして『思い出す』。


 氷川が大きな『尻餅』を着くことによって………


「なんと神崎選手ここにきて『シャムゴッド』だ~~~!! 氷川選手が尻餅を着きそのままシュート!! ここで第3クォーター終了!! 斎賀高校20点差を着けられてしまいました!! これが最終クォーターでどう響くのか!!」


 点数だけならまだいい。


 斎賀高校の課題は『点差』だけではなかった。


 神崎の『シャムゴッド』を止めない限り、勝ち目はないということだ。


「神崎選手決めた~~~!! これで20点リード!! 果たして、斎賀高校に勝ち目はあるのだろうか!!」

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