第7話 最強のレジェンズ

 「パパ、これは何?」


 幼い頃の神崎 真琴(かんざき まこと)がクマのぬいぐるみを抱きかかえながら父親に尋ねる。


「これはバスケットボールの試合だよ。」


 神崎の初めて見たバスケの試合、ミニバケットボールだった。


 ミニバスとは小学生の公式バスケット大会でルールも異なれば使っているボールも革ではなくゴム製なのが特徴だ。


「そして、この子が氷川 翔(ひかわ しょう)くんだよ。」


 幼馴染の氷川 翔が背番号15番を背負い、ボールを持てば一人で切り込んで5人を抜き去る。


 その雄姿が神崎の目に刻み込まれる。


「うわぁ~、翔くん凄い!!」


 憧れの眼差し、煌めく幼い瞳は太陽や月よりも輝く、純粋無垢で周囲の者達も神崎の瞳の輝きに目を奪われてしまった。


「僕もバスケットやる!! 翔くんみたいになる!!」


 その純情な眼差しは、崩れ落ち、今では氷川 翔を上から見下ろす冷徹な視線に変わってしまった。


「つ、強すぎる!! 流石は最強の至高選手と評価される神崎 真琴!! 斎賀高校が神崎一人に手も足も出ませ~~~ん!!」


 崩れ落ちる氷川を冷徹に見下ろす。


 氷川にスピードで勝る人間、そんな奴に敵うやつなど斎賀高校には存在しない。


 上杉はこう思う。


 臆病な人間が羨ましいと………


 世の中には、『無能共』の所為で『本気』も『出せない体』にされてしまった者もいる。


 本気が出せないからと言って本気にしか頼れない雑魚共と同じ思想を持つつもりもない。


 容赦なく攻めてくる神崎、黙ってみている訳にはいかない。


『ズシィ!!』


 神崎のシュートを桜井が手を置いて止める。


「いい加減にしろよ神崎………」


 あの温厚そうな桜井も意外な一面を見せる。


「な、なんて力だ!!?」


 小柄な桜井のパワーは常人の3倍はあるのだろうか、神崎のシュートをジャンプ前に止める。


 そのまま二人の間でボールが止まっている。


 このまま止めていれば『ジャンプボール』になる。


 そうなれば桜井の勝ちだ。


「ナイスだ桜井!! そのまま『体力』も奪ってジャンプボールに………!!?」


 桜井の怪力に敵うはずがない。


 だが、上杉が気付く。


(桜井が力負け!!? 有り得ない!! いや、違う………これは………!!?)


 神崎は桜井のパワー勝負からすでに逃れてうまくボール奪い返す。


「そ、そんな!!? あの一瞬で!!?」


 ショックを受けている桜井に上杉が言う。


「離すな!! なんとか食らいつけ!!」


 上杉の言葉に桜井がパワーだけで食らいつく。


 これが裏目に出てしまう。


「ぐ、ぐぐぐぐッ!!」


 無理矢理ボールを捕まえる桜井、体力の消費を狙うものの、桜井の消費のほうが激しい。


 神崎がわざとギリギリまで付き合う。


 そして、わざと手を離した。


「――――――わ!!? とっと………あ!!?」


 無理矢理、力でねじ伏せていた桜井はすでに態勢を崩していた。


 勢いに乗った桜井が3歩、歩いてしまう。


「ピーーー!! 黒、6番、トラベリング!!」


 トラベリングとはボールを持った状態で3歩、歩いてしまうと相手にスローインの権限が与えられる。


 神崎が桜井からボールを取り上げると斎賀高校が態勢を立て直す前にパスを出す。


 パスを受けた選手が神崎に再び返す。


 神崎を主体にするチームワークは精錬されている。


「くっそー!!」


 神崎のスピードが速すぎて3人とも追いつけない。


「舐めるなよ!!」


 上杉がそんな神崎の動きを捉えて一瞬だが止める。


「ピ………ピーーー!!?」


 無能な審判もジャッジが遅れる。


「お………オフェンス、チャージング!!」


 チャージングファールとは、正面に立っているディフェンスに体当りするとオフェンスファールとなる。


「す、すごい………過去に『完璧』と言われたプレイヤー………流石だ………」


 観客席にいるオタクが驚いて言う。


 だが、それともただの悪足掻きに過ぎない。


 神崎が起き上がっていう。


「フン、くだらん………まぐれが何度も続くと思うなよ?」


 神崎の言う通りだ。


「へッ………次も止めてやるぜ!!」


 虚勢、それでもプレッシャーになれば精神的に疲弊するだろう。


 そう思って上杉は言ってやった。


 神崎は一度止められたが何事も無く攻め込んでくる。


 当たり前だ。


 たった一人の力でチームを勝たせてきた男、そんな奴が精神的にも弱いはずがない。


「なんてやつだ!! 止まるどころか更に速くなったぞ!!」


 現状、神崎の速さを捉えているのは解説者の祥子だけ、そのスピードを予測してパスをする城ヶ崎高校選手、弱いが『無能』な訳ではない。


「………フッ」


「………あはッ!!」


 絶望的な状況の中でふと笑みが込み上げてしまう。


 笑っているのは上杉と桜井だ。


 神崎は高校2年生、上杉と桜井は高校1年ではあるが、先にクリスタルレジェンズになったのは上杉と桜井の方だ。


「―――!!?」


 神崎が何かに気が付く。


 自分よりも後ろにいるはずの上杉と桜井が、なぜか自分よりも『前』にいるような錯覚を覚える。


 そして、そんな『三人』よりも遥か先にいる『氷川』には、神崎が気付いたのは自分よりも近くにいる二人だけ、無論、上杉や桜井も氷川がどれほど先に居るのか気付いていない。


 クリスタルレジェンズの世界に先に居たというだけでそれが強いかどうかと言うのは別問題だ。


「第1クォーター終了!! 得点は27対30で城ヶ崎高校が3点リード!! これは勝負が決まってしまったのか!!?」


 このまま行けば神崎の独壇場で斎賀高校は絶対に勝つことができない。


 上杉と桜井は余裕そうに笑みを浮かべている。


「氷川主将………俺1人に神崎を任せてくれないか?」


 その言葉が神崎の耳に入ってくる。


 神崎が斎賀高校のベンチを睨めば『上杉』だった。


「いや、僕一人でいいよ………」


 次に申し出るのは桜井だった。


 最強を取り合う二人、それを見ていた城ヶ崎高校の選手一同が苛立って言う。


「あいつら………神崎さんの前でなんてことを!!」

「そうだそうだ!! おまえらが勝てるわけ無いだろ!!」


 そんな事お構いなしに二人が言い合う。


 だが、そんな言い争いを黙らせられる存在がいる。


「いや、俺が止める!!」


 氷川主将がそれだ。


 そう言うと上杉と桜井が不平不満を口にする。


 しかし、二人は従う。


 癖がある二人でも氷川の言うことには従う。


 そして、その不平不満も一瞬で消える。


『ベリベリベリ………』


 氷川が自身を縛っているサポーターを引き剥がしていく。


 『リミッター解除』


 氷川が自身の動きを縛り付けていた。


「サ、サポーター………を外しただと!!?」


 氷川もまた上杉や桜井と同様、脳のリミッターが外れた過去を持つ者ということ、そのサポーターが剥がれる音に思わず息を飲む上杉と桜井………


 何度も反抗するが何度も黙らせてしまう氷川の一つ一つの行動に上杉と桜井の矛先は神崎から氷川へとどっちに向けていいのか悩まされる。


「まさか、本気出してなかったとわね………」


 桜井が笑みを浮かべるも驚きを隠せていない。


「本気を出してないのは………主将も同じだったのか………」


 氷川がサポーターを取ったのは初めてのことだ。


 『本気』が出せない者とは、無能な指導者の欲望に付き合わされて体を壊されたもの達だ。


 先に行っているだけ、体は壊れている。


 上杉と桜井は見抜いていた。


 もし、氷川主将が万全なら誰も敵うはずがない。


 主将の『リミッター解除』の意味を理解し、敬意を払う。


 氷川が言う。


「行くぞ!! 斎賀高校!!」


 それに対して上杉と桜井が応える。


「おう!!」


 斎賀高校の戦いはここからだ。

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