第14話 上杉の謀と嬉しい誤算

 上杉が戻って来たころには氷川の様子がいつもと違うことに気が付く、あの冷静な氷川が殺意で満ち溢れている。


 インターバル終了のブザーが鳴れば何も言わずコートに上がる氷川、その後ろ姿は、上杉ですら声を掛けることもできない程だった。


 サポーターは外していない。


 だが、『違う個所のリミッターが外された』ようだ。


「『雑魚』の癖にお前ごときだと………」


 氷川の言葉に毛利が思わず笑う。


「この点差でそんなことを言うとは………」


 第2クォーターは黒の斎賀高校から始まる。


 上杉が氷川にパスを渡せば氷川の姿が消えた。


 いつも通りの動きだ。


 いや、違う。


 周りを見ていない。


 何一つチームを配慮していない。


 あれが本来の姿なのだろう。


 上杉や桜井では引き出せなかった氷川の本性という奴を毛利が引き出したのだ。


 ボールを持てば一人で点を取りに行く獣だ。


「流石だね! よーし、ここから逆転するぞ~~!!」


 桜井が氷川主将の速攻に続き、号令を掛けるとあの氷川がそれを無視した。


 その態度には上杉も黙ってはいられなかった。


「おい、俺達はチームだろ!? 主将がそんなんじゃ―――」


 氷川が上杉の言葉を遮るようにして言う。


「今は俺一人でいい………」


 氷川の声が重々しく、殺気立っている。


 今の氷川に何を言っても無駄だろう。


「第一の計略はお遊び、ここからが本番です。」


 毛利がなにかの合図をする。


「『レジェンズ』である俺のスピードを『並の選手』で止めれると思っているのか?」


 毛利が静かに笑ってベンチにいる選手と談笑を始めればますます氷川の怒りを買う。


「よし、俺達は毛利を信じて戦うのみだ!!」


 志木城高校がボールを持って三人が速攻を仕掛ければ、あの氷川が一般人選手に抜かれてしまう。


 一瞬の出来事だ。


 一瞬でも動きが止まればバスケでも戦場でも死を意味する。


 慌てて氷川が追いかければボールを奪い取るも全然前に走ることができない。


 それどころではない。


 ドリブルすらまともにできない。


「くッ、なるほど………とんでもないことを思いついてくれる………」


 それでも氷川は重い体を無理矢理前へと運び点を挙げようとする。


 その勇ましくも無謀な行為は氷川の体力を消耗させる。


 第2クォーター前半で斎賀高校は4点しか得点を挙げていないのだ。


 それに比べて志木城高校は83点も挙げている。


「『4点』取ったぞ!! 毛利!!」


 氷川が死に物狂いで奪った『4点』、そのあまりにも小さな点数で自慢されても毛利の心には響かない。


「ちッ、どうする。彩音にタイムアウトを取らせるべきか………」


 上杉はさっきから時計ばかりを気にしている。


 そんな上杉が位置取りをし始める。


 氷川と毛利が上杉の不穏な動きが視界に入るも気にもしない。


 上杉が言う。


「毛利 薫、お前の計略はとんでもないものだ。工事の者と賄賂でもしたのだろ? 所詮、工事の人間なんてヤクザとなにも変わらない。社会人は金さえ払えば何でもしてくれるからな。」


 毛利が上杉の言葉に何も言わずただ聞いている。


「『俺と桜井』の情報を見落とした!! それがお前の敗因だ!!」


 毛利からすればくだらない負け惜しみを聞かされているようなものだ。


 そう思い囲碁を取り出してこういう。


「囲碁でもしてましょうか?」


 はじめてだ。


 バスケのベンチで囲碁の話をする光景、だが、その談笑もすぐに止むことになる。


「ピィーーー!! 白、志木城ボール!!」


 最初はどうでもよかった。


「ピィーーー!! 白、志木城ボール!!」


 上杉がまたボールをコートの外へと弾く。


「ピィーーー!! 白、志木城ボール!!」


 今度は違う。


「ピィーーー!! 黒5番、ファール!!」


 次は上杉がファールしたのだ。


「何をしているんだ?」


 流石の毛利も上杉の行動を無視できなくなる。


「俺はお前のバスケを知らない。だが、お前も俺のバスケを知らないだろう?」


 毛利は笑っていう。


「バスケ? 『謀』の間違いかと?」


 上杉が言う。


「そうだな………俺も『謀』をしてるのさ………」


 その言葉は薫の表情を変えるものでもある。


「虚勢を張ったところで私達には勝てませんよ。」


 上杉が意味深なことを言う。


「バスケって言うのは『5人』でするもんだ。そうだろ?」


 上杉の言う言葉に薫は思わず聞いてしまう。


「5人? 斎賀高校には神崎を入れたとしても合計4人しかいませんが?」


 何度も何度もボールを出していると第2クォーターだと言うのに外の世界では35分程の時が経過していた。


 コート内ではまだ数分しか経ってない。


 氷川の体力は休まるだろう。


 だが、上杉の体力は減っていく。


 しかし、上杉の時間稼ぎで氷川だけでなく、桜井の体力も回復している。


 無論、時間稼ぎには他にも理由がある。


「タイムアウト! 黒斎賀高校!!」


 上杉が彩音に指示を出してタイムアウトを取らせる。


「そろそろだな………」


 上杉が立ち上がれば一人の選手がコートへと入ってくる。


「か、神崎!!?」


 彼の登場に一番驚いたのは上杉だ。


 上杉が『そろそろだ』などと言うが、本当は神崎のことではない。


 神崎に関しては寧ろ嬉しい誤算だ。


「神崎………」


 氷川が不甲斐なさそうに名を呼ぶ。


「俺の憧れた氷川先輩は、前半で98点も取られるんですかね? それでも『4点』も志木城高校から奪うなんて、流石です。」


 神崎が言うとなぜか笑ってしまう。


 神崎も笑えば新しいバッシュを取り出した。


 そこには斎賀高校の名が彫られている。


 そして、城ケ崎高校皆がメッセージを残してくれた鉢巻、それで髪を束ねる。


「一応言うが、靴底クリーナーは踏むなよ。あれは罠だ。」


 上杉が忠告すれば神崎がそのクリーナーを持って毛利の方を向く。


 宣戦布告だ。


「『前回』は『世話』になったな。『あの時』の『雪辱』、『斎賀高校』の『選手』となって返させてもらう!!」


 毛利の表情から笑みが消える。


 毛利の智謀と言えど、神崎を抑えるというのは大変なことだ。


 しかし、逆に考えれば、ここで斎賀高校を倒せば神崎が手に入る。


「ふ、一度では懲りず二度も無様に負けに来るとは、だが、神崎、貴様の力はこの志木城高校に相応しい。お前だけは手に入れてやる。」


 二人が言い合いしている中で観客席から声が聞こえてくる。


「おーい! 上杉~~~!!」


 その声の方向を見ればそこにいたのは細田 子龍だ。


「子龍!! 待ちくたびれたぞ!!」


 子龍はサッカーのクリスタルレジェンズで上杉とサッカーで1vs1した男だ。


 その子龍が上杉のシューズを預かっていた。


「お前の魂(シューズ)、今だけ返してやるぞ!!」


―――ガシッ!!―――


 上杉がそれを受け取れば礼を言って履き替える。


 重ねて子龍が言う。


「お前がいる斎賀高校4点しか取れてないぞ!! 志木城高校はそんなに強いのか?」


 それに対して上杉が言う。


「ああ、おまけに志木城高校はレジェンズも出ていないんだ。折角だ。志木城高校のレジェンズを引きずり出してやるよ。」


 そう言って上杉が毛利を指さす。


「お前がミスしたのは、『本当の俺』をこの場に登場させたってことだな!!」


 毛利の仏頂面も少しは変化したと思ったが、毛利は別のところを見ている。


「あのシューズ………どこかで………」


 毛利が全く聞いていないために上杉がムキになる。


「おい、てめぇ!! 無視してんじゃねぇぞ!! 俺と神崎、どっちが強いかすぐにわからせてやるからな!!」


 この言葉には神崎も黙ってはいない。


「なんだと!! だったらこの俺と得点争いでもするか!!」


 神崎も上杉の言葉に敵意を向ける。


「やったろうじゃねぇか!! 悪いけど今回ばかりは俺の方が強いね!! なんたって俺のバッシュが返ってきたからな!!」


 神崎は上杉が履きなれていないバッシュで試合をしていたことを悟る。


 しかし、神崎も負けていない。


「だとしても、俺1人に150点近く取られた貴様に、最強の俺を超えれると思っているのか? 俺のバッシュは氷川が履いているが、貴様ごとき、有り余るハンデでしかない!!」


 神崎が自分のバッシュは氷川が履いているという。


「上等だ!! すぐにわからせてやる!!」


 タイマーのブザーが鳴れば桜井がベンチで眠っているため、メンバーは氷川、神崎、上杉の三名となる。


「見せてやるぜ………斎賀高校の力を!!!」

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