第二章 第3話

そこから更に10年前の出来事を思い返していた。


私が当時付き合っていた男性から婚約を解消してほしいと告げられ、いつも以上にむしゃくしゃしていた時だった。離別して半年ほど経ったある日の夕食時に、弟が早く帰宅してきたので一緒に摂ることになった。


「何?」

「話したい事がある」

「何よ、また何か借りたの?」

「違うよ。姉ちゃんさ、次に付き合う人とか考えている?」

「ないな。……ていうか類が何で気にしているの?私の事なんだからどうでもいいでしょう?」

「どうでもよくないよ」


弟は箸を置いて膝に手をついて目線を落としていた。


「俺さ……楠木家から除籍、できないかな?」

「何言っているの?理由は?」

「相手がいないなら、俺がいる。だから……俺と一緒にいよう。いや……なろう」

「なる?どういう意味?」

「俺たち結婚しよう」

「私達は姉弟よ?変なこと言わないで……」

「俺だって色々考えたよ。姉ちゃんの事1番分かっているのは……俺しかいない」

「相手がどうであれ、見解違いはある。それに、類だってまだまだ良い相手がいるじゃない。だからさ……」

「だからこそ俺を選んでほしい。……姉弟だって、思った事がないんだ」

「それ、いつから?」

「専門学校行っているくらい。なかなか姉だと思う事ができなくなってさ。そっちはやっぱり弟しか見れない?」

「そうだよ。いきなり……言ってきたから何事かと思った。……もう、ご飯冷めるから早く済ませて」

「俺だって真剣に考えて言っているんだ。一応この話だけは覚えておいて。また聞くから」


弟はそう告げて事を急ぐかのように食事を済ませ、食器を台所に置いて先に風呂へ入ると言い、浴室へ向かった。

彼を呼び止めようとしたが、気があるのかと思い込ませるのもどうかと考えた。

少し冷めかけた白飯や味噌汁などを食べていくと、先程の彼の言葉が頭から離れなくなっていた。


ただ何があっても弟は弟だ。

動揺心なんか持つ必要もない。一時の彼の心情なんだから間に受けなくて良い。

後片付けが終わった後、居間のソファで新聞を読んでいると、弟が浴室から上がってきた。

冷蔵庫からビール缶を取り出しそのまま2階の部屋へと入っていった。


数時間が過ぎて就寝してから少し時計の針が進んだ頃、ドアを開ける音に気づいて目を覚ますと、弟が入ってきた。私は起き上がり枕元の照明を点けるとベッドの隣に座ってきた。


「どうしたの?」

「明日お互い休みだよね?」

「そうだけど、何?」


彼は私の片手の手首を掴み見つめてきた。しばらく室内の空気が凝固してくるような冷却感が漂ってきた。


「目、瞑って」

「何で?」

「渡したいものがある……とにかく瞑って」

「渡したいって……サプライズみたいなもの?」


とりあえず言われた通りに目を閉じてみると、彼からアルコールの匂いが流れてきた。すると、私の頬に軽くキスをしてきた。すぐに目を開けて腕を振り離すと、酔った勢いで何をするんだど言い放ち、なぜ突発的にそのような行動をしてきたのか尋ねると、抱え込んでいた気持ちが抑えきれなくなったからと返答してきた。

何かを察したのか弟はゆっくりと立ち上がってドアの前に止まった。


「気色悪いと、思わないで。こう見えても大事に思って、いるんだ」


そう呟いて部屋を出て2階へと上がっていった。

私は照明を消し布団をかけて目を閉じては開けたりと、彼の取った行動に動揺が隠せなかった。


翌朝、居間へ向かうと弟の気配がなかった。テーブル席の上に置き手紙があり目を通すと、出勤が早いから先に出かけると言葉を残してあった。確か今日は仕事は休みのはずだ。急な出勤要求でもあったのだろうか。


***そんな事もあったなと振り返り2人で笑い合っていた。

そうしている間に看護士が入ってきて、採血すると話し、弟が袖をまくると血管がくっきりと浮き出るほど腕が細くなっていた。

看護士が出ていき、私は彼に症状の進行に本当の事を隠しているのではないかと尋ねたが、医師からは状態も安定しているのと、3食の食事やトイレでの排泄などいつも通りにできているから、深く心配しなくて良いと言っていた。


ただこの頃から車椅子がないと移動に困る事も現れてきていたのである。

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