第三章 第2話

あれから何時間か経ち、カーテンを通して夕陽があたるベランダの下でうとうとしながら時折目をこじ開けていたりとしていた。

すると玄関の開閉する音が聞こえてきたので、顔を向けると真美さんの姿があった。彼女は僕の元に来てどこか悲しそうな表情を浮かべていた。


「兄さん、もうお家に戻れないかもしれない」


戻れないってどういう事だろう。

本当にお家にいなかったから彼はどう歩いて過ごすのだろう。僕は彼の目の代わりになるからここにいるのに、それじゃあ僕は何をすればいいのか理解ができないよ。

真美さんは寝室へ行きまたリビングへ戻ってきては何かの荷物をまとめていた。


「もう一度病院へ行く。できるだけ早く帰るようにするから、もう少し待っていて」


彼女はそう言って再び出かけていった。

机の上に置いてある時計を見ながらまた2人の帰りを待ち、2時間くらい経った頃、真美さんが帰ってきた。また明日病院へ行くから今日はここで泊まって行くと話し、夕飯の支度をし始めて、僕は彼女の背中を眺めながら出来上がるのを待っていた。食事を終えて後片付けしている時に彼女のスマートフォンに電話がかかってきた。

何かをじっと眺めては不思議そうに顔を少し横に傾けて何のメールだろうと声に出して、僕に寄ってきた。


「ここから近くの公園にあるみたいなんだけど、公衆電話があるんだって。今どき珍しいわね。」


確かに家の付近にはいくつか公園がある。真美さんが僕に誰かからか送られてきたメールを開いて写真を見せてくれた。あまり見覚えのない電話ボックスがそこに写っていた。真美さんは念のためメールを残しておくと話し、スマートフォンをかばんにしまった。


深夜になり僕たちが眠りについている時に固定電話から着信が来たので、僕は真美さんを起こすようにベッドの上に前足を乗せた。彼女は慌てて起き上がり電話に出てしばらく話をしていた。すると、衣服に着替えて僕に向かってこれから病院へ行くと言い出した。

予め呼んだタクシーが到着すると彼女はすぐさま家を出ていった。僕はわからないまま寝室に取り残されて、再び眠気が出てきて自分のベッドに横になった。


翌朝になり真美さんは帰ってきて、目を覚ました僕に寄ってきて身体を抱きしめてきた。とてもきつく抱きしめてきたので、彼女の顔を見ると涙を流していた。僕は頬を拭くように舌で舐めてあげるとゆっくりと重たそうな口を開けてきた。


「あのね、兄さん昨日の事故で亡くなったの。即死だったってお医者さんが言っていた。ルーシー、もうここにはいられない。あなたも近いうちに他のところに引き取られる…。」


突然のことに僕は頭が真っ白になった。侑さんがいなくなった事があまりにも予想がつかなくて真美さんの体にすり寄せてクゥーンと鳴き声を出した。


2日後の通夜の日、納棺師さんが準備を終えると、真美さんが僕を誘導して棺に入っている侑さんの姿を見た。眠っているような優しい顔に近づくととても冷たくなっていた。

家族葬として行われたが、家には親族や彼の上司や同僚の人たちが参列してくれた。翌日の出棺の時間になると、喪主である真美さんが専用車に乗り込んで火葬場へ行くのを親族の人と見送り、彼女達が再び戻ってきた頃には17時を過ぎてひんやりとした夜空になっていた。


皆が挨拶をして帰り、真美さんと僕だけ、家に残されたように遺影の侑さんを見つめながら彼といた時の頃の話を彼女はささやくような声で呟いていた。


やがて49日が過ぎて家の中も落ち着いた頃、真美さんは僕を次のユーザー先を探すために、盲導犬協会に連絡をしていた。

その3週間後、ユーザーが見つかり、彼女と僕は団体事務所へ向かい新しい家族と面会をした。真美さんは僕の体をなでて元気でいてと別れの言葉を涙ながらに話してくれた。


彼女に見送られながら車に乗って、新しい家族との生活がこれから始まっていこうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る