第5話

数日後の金曜日。学校から真っ直ぐに公園へ行ってみた。電話ボックスには誰もいなかったのでドアを開けてみると、中にあるはずの公衆電話自体がすっぽりとなくなっていた。


誰かが取り外したにしても目的がわからない。もう一度外に出て辺りを見回してみたが、何の気配もなかった。

仕方あるまいと自宅に帰っていった。リビングに行くと固定電話に留守電が入っていたので、再生をした。


すると聞き覚えのある声がそこからもれていた。親父だった。僕は電話を取り慌てながら彼の話している何かの番号をメモに取って、その番号にかけてみた。


「…一哉か?」

「どうして?何で家にかける事ができているの?あの公衆電話からじゃないと繋ぐ事ができないんじゃないか?」

「俺もよくわからないんだが、電話番の人がここにかけてみろって言ってきたからさ。まさか、お前の家にかけられるとはな」

「もう一度聞きたいんだ。何で親父は自殺を選んだんだよ?」

「一哉。」

「何?」

「人間には限界はないと思いながら生きてきた。でもな、お前たち家族を見ていた時…俺の必要性って何なのかわからなくなってきたんだ」

「そんな…あんたはまだ長生きしても良かった人なんだよ?それじゃ世の中から逃げるように消えたかったっていう事と一緒じゃないか。そういう人じゃないだろ?!」


「…亡くなってわかった事がある」

「何…言えよ…」


「動物とは違うが死に際が近くなると、誰にも会いたくなくなるって。あれ、少しは当たっている気がする」

「どういう意味で?」

「必要性の問題より、人間界で人間として生きてみて、どう在ったかをその人それぞれの領域があるんじゃないかって話だ」

「つまり、その人の生涯のタイムリミットがあるって事?」

「まぁそのようなものだろう。終わりが見えた時、その人たちは次の旅へと向かう宿命があるのかもしれん」

「親父はその当時にそれを選ばれた魂だったって事かな。なんか…薄々わかってきた感じもするかな…」

「それで良いんだよ。俺は逆にあの時死を選んで、良かったんだ。実は…不思議と後悔していないだよ。」

「していない?」

「ああ。こうしてお前と2人、ゆっくり時間をかけて話す事ができている。充分幸せだよ」

「親父…」

「ところで、お前。結婚は考えているのか?」

「何だよ急に。まぁ、縁があれば考えてはいてもいいかなって…」

「そのうち、良い人が現れる。その時まで今の自分を大事にしていきなさい。」

「また、電話できるかな?」

「できるように、祈っていてくれ。じゃあ時間になった。またな」


それから1ヶ月が過ぎてある日を境に、ふと親父の事を思い出してあの公衆電話のある公園に行こうとしていた。

しかし、ちょうどその頃根町の母親が他界した。学校に休暇届を出して葬儀に参列をし、遺族に挨拶をして帰ろうとした時に彼女に呼び止められた。


「先生」

「色々大変だったな。あまり、寝れてなさそうだな。大丈夫か?」

「大丈夫です。あの…この間知らない人からメール来たんです」

「何の内容?」

「あの公衆電話が、なくなったみたいなんです」

「え?」

「これ、読んでください」


彼女のスマートフォンに送られてきたメールには次のように書かれてあった。


"根町さま。先日お伝えした公衆電話の件ですが、誰かにバラしましたか?他の方に知れ渡ってしまった事で公衆電話は撤去されました。約束を破ってしまったこと、とても残念に思います"


「そうか。もう、ないのか…」

「誰かと話しをしたかったの?」

「先生の父親だよ。2回くらい話す事はできたんだが、聞きたい事が沢山あって。…仕方ないな」


それからその場を離れて、一度自宅に戻ってから、喪服のまま車で公園に向かった。敷地内の近くに行き車を停めた。根町の言った事や先日僕が見に行ってみた通り、あの公衆電話自体はなくなっていた。


僕は目線を落としてしばらく喪失感に苛まれた。再び自宅に帰って部屋着に着替えてテーブル席の椅子に座って俯いていた。

後ろを振り向いて固定電話を見つめたが、何も反応は起こらなかった。いつしかメモをした電話番号もどこかへ行ってしまった。


そうか、親父はもうこれで僕ら家族と本当の別れを告げたんだ。しかし、彼と何度か話ができた事で今まで胸に支つえていた異物が綺麗に排出されて浄化していった気分になっていた。


またいつか話せる時が来たら、それは僕がある程度の年齢に差し掛かって、その時を迎えた時に親父と何かの形で会えるのかもしれないと考えた。


天国に繋がる公衆電話の存在は、改めて僕と親父の絆を繋いでくれたものだった。またこの出来事を思い出した時、僕は新しく出会った誰かに話す時が来るのかもしれない。


その日が来るまで自分の歩いていく道を一歩ずつ踏みしめながら絶えず進んでいくのだ。


そうしてまた、新しい一日が始まっていった。


(第1章 完)

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