第4話
6時限目の授業が終わった後、職員室へ向かおうとした時に根町が僕を呼び止めた。
あの公衆電話に誰がと繋がる事ができたかと聞かれたので、親父の事を話すと彼女は微笑んでくれた。
ただ未だに発端元は誰だか分からずにいるらしい。もう一つ不可解な事を思い出して話しかけてみた。
「あの時、どうして根町が公衆電話から電話をかける事ができたんだ?」
「少し言いにくい事なんだけど…今私のお母さん入院しているんだ」
「いつから?」
「3ヶ月前から。もしかしたら…延命も難しいって主治医も喋っているんだよ」
「それと電話の事の結びつきって?」
「噂で聞いたんだ。自分と近しい人が亡くなるのがわかると、あの公衆電話の存在を知らせてくるんだって。…イタズラでも不愉快だよね」
「根町。もし抱えてる事があったら遠慮なく言ってくれ。先生も力になれるところはなりたいしさ。」
「ありがとうございます。…じゃあ時間なんで、帰ります」
「気をつけてな」
彼女は軽く会釈をした後足早に帰っていった。職員室へ行き席に座ると、他の教員が僕に話しかけてきた。
根町と教室で話しているところを他の生徒が見かけたらしく、何を話していたのか尋ねられたので、彼女の母親の話をした。
「若林先生、それ他の先生方も知っている事ですよ。なんで今頃になって伝えてきたのかしらね?」
恐らくだがそれは彼女なりの僕への配慮だったのかもしれない。そうでなければあの公衆電話の件を伝える事も滞っていたのかもしれなかったからだ。
僕は自宅へ帰り夕飯を済ませて書斎の机に向かいパソコンを立ち上げた。初めに公衆電話で親父と久しぶりに話ができた事や会話の内容を思い出しながら、日記のように綴っていった。
「また話が、できないかな…」
親父の声を聞くたびに昔の子どもの頃の自分の事を思い出していくのだ。
夏休みや冬休みを利用して家族であちこち旅行に連れて行ってくれた事。ゴールデンウィークには日帰りで温泉に連れて行って、僕たち兄弟が喧嘩をすると決まって怒鳴りつけて逆に叱られた事。
母親と口論になって家出を繰り返していた時、何かに飽きては途方に暮れて帰ってくると、冷静になって話を聞いてくれた親父の心構えを教えられた事。
きりがない。思い出せば出すほどいつの間にか救われていた。だから、僕は彼のような教員を目指して一日でも早く自立したい気持ちが強かった。その矢先に彼は死を選んだ。
家庭や職場の事を誰よりも正義感を持って真剣に考えてくれていたのに…
何故この世からいなくなる事を選んだのだろう。あの人は僕らが一人一人自立して生きていってほしいと願っているといっていた。
だけど僕はやはり死を選んだ事が憎い。
22時か。まだ日付けが変わる前までなら、またあの公衆電話で繋がる事ができるかもしれない。衣服に着替えた後、車を出して公園に向かっていった。
22時40分。まだ間に合いそうだ。近くの駐車場に車を停めて、駆け足で公園へ入って行った。
すると、見知らぬ人影がボックスの中から見えた。ゆっくりと近づいていくと80代の人だろうか、背中を丸めて女性が電話をかけていた。
何かを話しているようだが、その表情はどこか悲しそうにしていた。受話器を置いてボックスから出てくると、僕の姿に気がついて少し微笑んで会釈をした。
「あの…もしかして、あなたもこの電話の存在を知っていたんですか?」
「ええ。孫が、教えてくれました。」
「失礼ですが、どなたとお話ししていたんですか?」
「息子です。ちょうど…あなたくらいの年齢で亡くなった子です。」
「向こうで、元気にされていましたか?」
「お陰さまで。話ができてホッとしました」
「あの、もう遅い時間ですし…僕、送って行きましょうか?」
「あなたもこの電話をかけに来たんでしょう?私の事は気にせず、使ってください。私は近いので、帰ります」
「いや、しかし…」
女性はゆっくりと歩いて公園を出て行った。
心配だったので、後を追いかけていったが、いつの間にかその姿は見当たらなかった。
再びボックスに戻り受話器を置いてボタンを押して親父に繋がるかかけてみた。
コールセンターの人物が出てきたが、事情があり彼と繋ぐ事ができないといい、また後日かけ直して欲しいと告げられた。
一体何があったのだろう。
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