Dear未来人
鐘古こよみ
Dear未来人
珍しい土偶が出土した。
一万年ほど前の地層からで、これまで見られなかった奇抜な姿をしている。
発掘写真と模写図を囲み、考古学者たちが学術的な会議を開いていた。
「この土偶は一体、何を表現しているのですかねえ。土着の神様でしょうか」
分厚い眼鏡の角度をしきりに直しながら、場の最年長である学者が首を捻る。
出土した土偶は二種類だ。
丸い眼鏡に三角帽子、縞模様の派手な衣服を着て太鼓を叩いているものと、頭に巻いた布を顎の下で縛り、丸い皿状のものを手にして片足立ちをし、鼻と上唇の間に棒のようなものを二本立てているもの。
神妙な顔で写真と模写図を見つめる学者たちの脳裏には、多くの日本人に多少の馴染みがあるであろう、とある二つの光景が浮かんでいた。
くいだおれ太郎と、どじょうすくい。
「いやいやまさか……」
「ねえ……」
はは……と弱い笑いを立て、ちらちらと互いの表情を窺い合う学者たち。
「土偶というのは、何らかの呪術的目的で祭祀に使われるもの、というのが通説ですね」
最年長の学者だけが一人真面目に、しげしげと観察を続けながら共通認識を述べていた。
「精霊を表したものや、豊穣を願って女性の姿を象ったものが多い。となると、この土偶にも当然、なんらかの願いが込められているものと思われます。どうですか?」
学者たちの視線が机の中央に置かれた写真と模写図にソロソロと集まり、言いたくても言い出せないといった感じの、妙に重苦しい空気が室内に立ちこめた。
どうですかと訊かれても、これを見て思い浮かぶ言葉は、やはりあれしかない。
くいだおれ太郎と、どじょうすくい。
「まさかまさか……」
「そんな馬鹿な……」
「ねえ……」
ははは、と乾いた笑いを立て、幾人かが扇子を開いてシャツの襟元に風を送り込む。
「皆さん、臆せずに意見をお聞かせください。いいですか、これは新発見なのです。この遺物をもって我々は、最新の学術成果を上げる機会を得たのですから」
しびれを切らした最年長の学者が声を強めたが、新発見にしては既視感がありすぎる。
「その……まあ……普通に考えて、精霊……なのではないでしょうか」
一人の学者が重い空気に耐えかね、しぶしぶといった感じで口を開いた。
「これまでのものとは形が違いますので、豊穣以外のことを司る精霊でしょうが……」
「たとえば、どんな祈りが込められていると?」
「いやまあ、それはですね……」
発言した学者は口ごもって、机の中央から目を逸らした。
他の学者たちも多くが視線を逸らし、この土偶から何か学術的な見解が述べられないものかと、必死に知恵を絞っていた。
ところ変わって一万年前。
「ぎゃあっはっはっはっはっは! ぶわぁあっはっはっはっはっはっは!!」
ドンコドンコと太鼓が打ち鳴らされ、大きな炎が焚かれる夜の広場に、大勢の人の爆笑が響き渡っていた。誰もが腹を抱え、ごちそうの盛られた葉っぱのお皿やドングリ酒を、ひっくり返さんばかりに転げまわっている。
炎の前には、奇抜な服を着てひょうきんな動きをしている一人の男がいた。
「はい皆様もご一緒に~笑って笑って~」
鹿皮を張った小さな太鼓をトコトコ叩きながら、小刻みに行ったり来たりを繰り返す彼は縞柄の三角帽子を被り、同じく縞柄の上下に身を包んでいた。顔には木の蔓をぐるっと曲げて作った妙なものを引っかけ、二つの輪から目が覗くようにしている。
「おっかしいねえ、あんたの旦那。あの服、あんたが作ったの!?」
「そうさあ、変な服欲しがると思ったけど、こんなこと考えてたとはねえ!」
「さっすが、アンギン編みの名手だよ!」
肩寄せ合って涙を浮かべていた女房たちは、次の瞬間、さらなる笑いの大波に襲われることとなった。
「どわっはっはっはっはっは!!」
頭に巻いた布を顎の下で結び、鼻と上唇の間に二本の棒を立てた男が、丸く平たい籠を手にしてちょこまかと登場したのだ。
素早い動きで観衆の皿を覗き込んでは、籠で掬いあげようとして失敗する。その様子にみんなヒイヒイ言って笑い転げる。
「ババさま、こりゃ、村始まって以来の宴会芸じゃないですか!?」
「うむ! こりゃあ我が村の伝統として、子孫代々伝えた方がいいな!」
ほとんど歯のない口で呵々大笑していた老婆が長い白髪を振り乱し、広場の一角で腹をよじらせながら木の棒を手にしている男に叫んだ。
「土偶職人! あれを形に留めておくことはできるか!?」
「あたぼうよ! もうとっくに姿を写し取ってまさぁ!」
げらげら笑いながらも涙を拭き拭き、土偶職人は木の棒で地面を引っ掻いていた。
「どんだけ月日が経っても割れねえくらい、かたぁく焼き上げまさぁ!」
眠ることを知らない夜が、こんこんと更けていった。
<了>
Dear未来人 鐘古こよみ @kanekoyomi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
詳しいことは省きますが/鐘古こよみ
★112 エッセイ・ノンフィクション 連載中 24話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます