第4話 『災厄』の錬金術師

「あなたが……あの魔物の創造主なんですか」

「あなたではない。セフィラだ。儂は名乗ったのだから、下らぬ呼び方はしないでもらいたいものだ」


 彼女のコンと石壁を叩くと、なにかがやってくる気配がします。

 ヒタヒタと足音を響かせながら石室に入ってきたのは、青白い肌の子供――のようなナニカでした。


 人の肌に似た質感をもった青白い人型。子供が粘土で作ったような、目も口も空洞の生き物は、どこか勇者たちを惨殺した魔物を連想させます。


「ふむ、この上着もだんだんくたびれてきたな。なぜやつらは新しい布地のものを作らぬのだ……まあいい」


 人型のナニカがボタンシャツをセフィラに渡すと、長衣を脱いだ錬金術師は不満をもらしながら白い布地に袖を通します。ダボダボのシャツです。


 膝丈までの伸びた裾と、指先まで隠れた袖。それをかわいい、と思いかけて首を振ります。


 なんということでしょう。セフィラが服を着たことで、ここで痴女みたいなカッコをしているのは私だけになってしまいました。


 私は痴女のような格好で、仲間を殺した元凶である『災厄』の(かわいい)錬金術師と対峙しています。少女は勇者の仇であるのに、私には武器どころか布一枚ありません。防御力ゼロです。


「なにを見ている。なにか珍しいか?」

「その……一人だけ服を着てるのずるくないですか」


「なにをいうか。君たちは私の工房に断りもなく入ってきた侵入者だろう。なぜ儂が衣服まで提供してやらねばいけないのだ」

「五百年も生きた工房の主なら、たとえ望まぬ客でも丁寧にもてなすべきだと思いますけど……」


 不意になにかが引っかかりました。なにか記憶に齟齬があります。災厄の錬金術師という呼び名には聞き覚えがあるのに、自分の発した言葉に違和感があります。


「ふん、この儂を諭すつもりか……しかし、そこまでいうならば布の一つでもくれてやろう。おい、お前。なにかもってこい」


 セフェラが声を発すると、青白い人型はちょこちょこと走り去っていきます。妙に短い手足で走るさまはホッコリしそうになり、慌てて口元を引き締めます。


(あぶない、あぶない。彼女は厄災の錬金術師ですよ。安易に気を許してはいけませんよ、わたし)


 厄災の錬金術師の話は、私の村でも語られるほどの伝説的な存在です。


 曰く、王国を一夜にして火の海に変え、生き物の住まぬ土地に変えた。

 曰く、邪悪な魔物を討伐した見返りに国宝を強奪し、国土を引き裂いた。

 曰く、美貌の王子を八つ裂きにして、荒れ狂う海にばら撒いた。

 曰く、禁じられた術で救世教会と対立し、半数の信徒を殺した。


 数え上げればキリがないほどの悪名を轟かせる錬金術師なのです。


 たとえ――抱きしめたくなるくらいぷにぷにのほっぺと、サラッサラの長い金髪と、竜核石カーバンクルのように澄んだ赤色の瞳の美少女で、大人ぶった儂という一人称や、生意気な態度が可愛いからといって、気を許してはいけません。


「なんだアリス。君は儂の噂でも知っておるのか?」

「質問は等価交換じゃないんですか?」

「然り。だが、聞くまでもない……その顔に書いてある。『相手を信用するな』とな……つまり君は儂のことを知っているのだろう」


 膝まで隠れるダボダボのシャツに白衣という、ちょっと理性を揺さぶる格好をしたセフェラが得意げに腕組みをしたままニヤリと嗤います。


 その小憎たらしい笑顔が、また小生意気な妹のようで、恨みや憎しみを感じることができません。ずるいです。さすが『災厄』の名を冠しているだけあります。


「色々と悪さをしたのは聞いていますよ。王国を強奪して、邪悪な王子の半分を火の海にして、対立した荒れ狂う海を八つ裂きにして、生き物の住まぬ土地で美貌の魔物の半数を殺して、救世教会を禁じれた術でばら撒いたとか」


「いや、そんな事をした覚えはないんだが……君はどんな歪曲した話を聞いたんだ。そもそも邪悪の王子の半分とか、救世教会をばら撒いたとか意味不明だろうが」

 

 なにか間違った気がしますが、あまり気にしないことにしましょう。

 セフィラは何一つとして見に覚えがないのか、とても困惑した顔をしています。


 そんなことを話しているうちに、ちょこちょこと青白い肌の人型が戻ってきました。


「あ、ありがとうございます。えっと、あなたは……って行っちゃった」


 お礼は言えたものの、名前を尋ねる間もなく謎の人型はテクテクと去っていきました。つれないです。もっとつれて欲しいです。


「さて、アリス。ご所望のものだ。いつまでも獣のように肌をさらしてないで、文明人らしく服くらい着たらどうだ」

「だったら、寝てるときに服を着せてくれたら良かったじゃないですか」


 嫌味をいいながら肩をすくめるセフィラ。

 その態度に唇を尖らせますが、悪名高い錬金術師は鼻で嗤います。


「どうして儂が半分死体だった人間に、わざわざそんなことをする意味がある? 人は死ねば土に帰る、土に埋めなかっただけありがたいと思わないかい?」

「思わないですけど、普通に……それに仮に死者でも敬意を払うべきです」


 良識のない彼女に服を広げながら、苦言を告げます。

 少なくとも、彼女は私をいますぐ処分する気がないようで内心ホッとします。でもこの服はなんですか?


「バカバカしい。人が人である時間など、生きて活動しているときだけだ。アリス、君は死んだ魚にも服を着せる趣味があるのか」

「人と魚は違いますよ。セフェラだって死んだ後に粗末に扱われたら嫌でしょう?」


 持論を崩さない少女。

 生意気盛りという感じですが、私は渡された服を表にしたり裏にしたりひっくり返したりで忙しいので、言葉に勢いが今ひとつ乗りません。なんですかこの服、おへその部分ががら空きなんですけど!


「儂が儂でなくなった後のことなど興味ないね。煮るなり焼くなり、食べるなり好きにすればいいさ」

「食べるなり……」


 そう言われて、私はセフェラのダボダボシャツから伸びた足を見つめます。

 細くて白くて柔らかそうです。きっと触れば筋肉も少なくてプニッとしているはずです。さっきみたお腹もプニッとしてました。


「…………いや、君に食べられるのはなんか嫌だな。なにかイヤラシイ目をしている」 

「してませんよ! っていうか、なんですかこの服。背中とおなかの部分が丸見えじゃないですか」


 なぜか訝しむような目で私を見るセフィラに、与えられた服を掲げます。


 その服は白魔法使いの長衣とそっくりです。ですが、おなかと背中が丸出しで、ある意味裸よりも扇情的なデザインでした。


「そういう服を着てただろう。死んでたとき、腹も臓物も丸出しだったじゃないか」

「斬られたんです! あなたの作った魔物に! おなかを! ズバって! 好きで内臓を出してたわけないじゃないです、どんな趣味ですか!!」


 勇者や友達を殺した魔物の創造主に、私はついに叫んでしまいます。

 この子は何なのでしょう。常識というものがないのでしょうか。錬金術師という存在と初めて会いましたが、こんな非常識な思考の持ち主ばかりなのでしょうか。


「大体、どうしてみんなを殺しちゃったんですか!?」


 勢いに任せて、いままで触れてこなかったことに言及します。

 勇者も、他の仲間も殺されるようなことはしていません。ただ人々のために戦っていただけです。殺される理由なんてないはずです。


「等価交換ですよね? なんでも答えますから、教えてください。なんでみんなを……私を殺したんですか?」


 真実が知りたくて絞り出すように尋ねると、セフィラはしばし考え――


「では対して興味はないが、こちらからも質問だ。君たちはなぜ人里離れた儂の工房にやってきた? いや、なぜ君たち人間はたびたび儂の工房に足を踏み入れる?」


 とても不機嫌そうに聞いてきます。


「それは、知りません。私も勇者に『攻略するぞ』と言われただけだから、理由までは。でも……ここは帰らずの迷宮とか呼ばれてて先史文明の遺産があるって噂だったから……それが」

 

 目的だったと思う、と萎んでいく声で答えるとセフィラは見るからに不機嫌そうな顔になります。


「そんな理由で儂の工房に立ち入ったのか。興味はなかったとはいえ、百年越しに知る真実としては面白みに欠けるな。勇者というより強盗ではないか」

「は? 百年越し?」


 不思議な言葉に首をひねると、セフェラはまるで天気の話でもするような気軽さで「ああ……」といって片目をだけを細めて――


「君が死んだのは百年も前の話だよ」


 と知りたくなかった事実を私に突きつけてきたのでした。

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