第5話 百年後の世界
「儂が君たちを殺した理由だが――」
「ちょ、ちょっと待って! 私が死んだのが百年前ってどういうことですか⁉」
一人で話を進めようとするセフィラの言葉をさえぎって、私は叫びます。
いえ、叫ばない人間などいましょうか。目覚めたら百年後なのです。そんなのは完全に想定外です。詳しく、説明してください、私はいま冷静さを欠いています。
「どういうこともなにも、言葉通りだよ。君は儂の工房……アリスの言葉を借りれば『帰らずの迷宮』の地下十二階で私の作った作品に殺されて、瀕死の状態で蘇生魔法を使い、百年後に目覚めた。それだけの話だ」
「え、ええー……」
興味なさそうに腰に手を当てるセフィラに、言葉を返すことができません。
パーティーの仲間たちが全滅しただけでもショックなのに、百年後に目覚めたとか悪い冗談にしか聞こえません。
「じゃあ、私のパパとママは?」
「ふむ。君の親など儂は知らぬが、人間ならばとうに寿命を迎えているだろうな。君は長命種の血を引いているようには見えないし、生存は絶望的じゃないか?」
「そ、そんな……」
つまらなそうな結論に頭の中が真っ暗になります。
故郷の両親に仕送りするために村を出たのに、目が覚めたら両親はとっくに亡くなっていたのです。あの温かい家に、私はもう帰れないのです。
「さて……儂の話の続きをしていいか。等価交換がなされたのに、答えぬままというのは妙に気持ちが落ち着かなくてな」
「待って、いま……いろいろと大変だから、ちょっとだけ待ってセフィラ」
またしても勝手に話を進めようとする錬金術師に掌を向け、その言葉を押し留めます。まだ話せる状態ではありません。
「むぅ……早くしてくれないか」
困ったように首をかしげるセフィラ。
その可愛いらしい仕草に横目に、すーはーすーはー、と息をしてとりあえずは感情の荒波をなだめます。情報量が多すぎて処理できないときは、いったん全てを棚上げします対応するべきでしょう。
仲間たちが全滅したときは失敗しましたが、いまは差し迫った状態ではないので深呼吸はできます。
「すーーーはーーー……よし、とりあえず落ち着きました」
長い長い深呼吸を繰り返したおかげで、少しだけ冷静になりました。
「儂がアリスたちを殺した理由だったな」
「はい」
待ちくたびれた。という顔をして、足先で地面を素足で叩いていたセフィラの声に耳を傾けます。
大丈夫です。この可愛い少女が仲間の仇でも、いまが百年後の世界でも、仮にすでに魔王が世界を滅ぼしてても、今ならば落ち着いて受け止めることができます。無の境地です。さあ来い。
「実は、特に理由はない」
「はい?」
ですが、セフェラの返答は予想外のものでした。
むしろ殺したことを責められることが、心外だとでも言うような態度です。
「儂は自分の研究を邪魔されたくないゆえに、作った魔物に警備を任せているが意図して殺そうとしたことはない」
「え、でも……あんな強力な魔物ですよ。どう考えても過剰防衛じゃないですか、勇者ですよ。
「それは君たちが警備用の魔物を片っ端から殺すからだろう。君らを排除した個体は仲間が殺された分だけ強くなる特別製なんだよ。技も魔法も同じものは二度と通じない」
食って掛かる私に、煩わしそうな顔をするセフェラ。
「だからって殺さなくていいじゃないですか」
迷惑極まりないという態度ですが、殺された私としては『理由は特にない』で済まされては堪ったものではありません。
「それは儂のセリフだ。君らが工房で暴れたおかげであちこち壊れたし、殺された警備の魔物は補充しなければならなかったし、そのせいで何年も研究が滞ったんだ。儂のほうこそ研究を邪魔されて迷惑したのだからな」
「さっきから研究、研究ってなんですか⁉ 『災厄』の錬金術師がいったい、何を研究しているっていうんですか!」
「その質問には答えられないな」
「なんでですか⁉ 等価交換なんでしょう。なんでも質問していいですから、答えてください。殺されたんですから、ちゃんとした理由くらい知りたいです!」
「はっ。答えたところで、アリスには理解できないさ」
心底うんざりしたような態度にムカッとして叫ぶも、セフィラは肩をすくめて、首を振ります。
「そんなの、分からないじゃないじゃないですか!」
「……ふむ。では試してみるか?」
私が対抗心を燃やすと、かわいい錬金術師は背を向けて私から遠ざかっていきます。
「ちょっと、どこに行くんですか」
「ついてくれば、儂の研究を見せてやる……アリスが欲した『理由』ってやつだよ」
長い白衣を引きずるようにして歩きながらセフィラは進んでいきます。振り返りもしません。
「ああ、そうそう。ちゃんと服は着るんだな。裸の女が工房をウロウロしてては、儂が情けなくなってしまう」
「あ、ちょっ、ちょっと待ってくださいよ」
私はいそいそと、渡された衣装に袖を通します。白魔法使いを模したきわどい露出の服ですが全裸よりはマシでしょう。おへそと背中がスースーします。
「ふぎゃっ」
手早く着替えた私は、石の台座から地面に足を延ばし―ーそのまま転びました。そういえば、足がヘナヘナになっているのを忘れていました。
セフィラの言葉が真実なら、蘇生するまで百年も眠っていたのです。筋力が衰えているのは当たり前でしょう。
「いたた。ふにぃぃぃ、立ちあがれ、ないぃ」
腕で足を支えようとするも、べしゃりと崩れ落ちてしまいます。幸いにして介護をしていた
あれだけ生意気な態度を取っていたセフィラです。
もし自力で動けないと知ったら、何を言われるか分かりません。きっと『ざーこざーこ、よわよわ足腰ぃ。生まれたての小鹿より情けなーい♪』と
(ちょっと、いいかも……いやいや、そんなこと認めるわけにはいきません。子供にバカにされては大人として失格です)
自分に
田舎の村娘としての底力を見せつけるときです。
「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そして私は持てる知恵と体力を振り絞り、全速力で廊下を
具体的には、床を横向きに転がって高速移動する芋虫のような動きで。
「うわああああああああああああああっっ! なんなんだ君はっっ‼‼」
そして――たった数十秒で追いついた私に、セフィラは初めて驚愕の声を上げたのでした。初めての勝利です。
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