蘇生使いアリスとひきこもり錬金術師の救世作戦~蘇生したら100年後人類は絶滅寸前になってました。死にたくないので世界を救います~
いづみ上総
第1話 勇者パーティー全滅
きっと私たちは慢心してたのでしょう。
でも、自覚した時には手遅れだったのです。
気づいたときには、剣士の両腕が宙を舞っていました。
噴水のような血でダンジョンの天井が赤く染まったのは、彼が小さな魔物を両断しようと飛び上がっていたからです。
研鑽を積み剣聖と謳われた彼が、その瞬間何を思ったのか私にはわかりません。なぜなら次の瞬間には彼の胴体が二つになっていたからです。
どちゃっ、と湿った音を立てて彼の胴体の半分が地面に落ちました。
「ぜ、ゼ―-げぶっ」
彼の名前を呼ぼうとした召喚士の首が、言葉を言い切る前に無くなりました。
しかし、どこにもありません。美しかった彼女の顔はどこにいったのでしょう。
(あ、あんなところに……でもなんで、あそこにあるの?)
暗いダンジョンの先、膝丈より少し小さいくらいの生き物が、召喚士の頭部を包み込んでいました。彼女の水色の髪が少しずつ、クリーム色の表皮の中に飲み込まれていきます。
(あー、あれって、なんて言ったっけ? きゅーしゅー? ううん、きゅーしゅーじゃなくて、なんだっけ?)
親しい友人の首が小さな生き物に取り込まれていく様に、思考がついていきません。ただ「帰らずの迷宮、そんなの名前だけだよ。楽勝だって」そんなことをダンジョンに入る前に明るい彼女が言っていたことを思い出します。
「ちっ、油断した。ソウルバインド」
召喚士の頭を飲み込んでいく魔物に、ビーストテイマーが魂を束縛するスキルを仕掛けます。どんな魔物でも身動きできなくするスキルは、一瞬で魔物を包み込み、霧のように霧散します。
「そんなっ、ばかーー」
最優と名高かったビーストテイマーは最後まで言えませんでした。天井から槍のように降ってきた幾つものクリーム色の刃に心臓と肺と、喉と頭を貫かれたからです。
「セイル、くん?」
弟のように思ってきたビーストテイマーの無残な最後に、頭が真っ白になります。クリーム色の槍という支えを失った少年が投げ捨てられた人形のような亡骸をさらしているのに上手く声が出ません。
「え、え?」
「くっそーー! よくもみんなを!」
動かなくなった仲間を見て、勇者が駆け出します。
勇者の手には華美な剣が握られています。どんな強敵も切り裂いてきた聖剣です。
「援護する。奴は速いぞ、集中しろ」
「わかってる、トリプルタイムアクセル!」
「やつを倒して、蘇生させる。とどめを頼む」
三倍速になって斬りこむ者をサポートするため、大きな盾をもった戦士が魔物に砲弾のような勢いで突貫します。眩く輝く盾が、暗いダンジョン内を照らします。
その魔物は、人の肌によく似た色の粘土のように蠢く生き物でした。
目のようなものだけがあるグネグネとした不定形の魔物です。初めて遭遇したそれはダンジョン内にたたずみ、すっかり召喚士の頭部を捕食--
(ああ、そうです。あれは捕食です。ようやく思い出しました。なんで忘れていたんでしょう)
でも困りました。捕食されては私の蘇生魔法が届きません。私の魔法はたとえ灰になっても蘇生させることができますが、消化されてしまった対象までは復活させることができないのです。
そんなことぼんやりとした頭で考えている間に、重戦士が小さな魔物に構えた盾の隙間から槍を突き出しました。
だけど、粘土のような体の魔物はするりと槍をかわし、瞬きの間に槍を這い上がり、兜で覆われた彼の頭に取りつきました。
「しまっ!」
パン、そんな乾いた音がして戦士の頭がなくなりました。頭があったところにはトゲトゲになった粘土のようなものがあります。あの魔物が至近距離から変形し、頭蓋骨と魔法兜を内側から粉砕したのでしょう。あれではどんな頑丈な鎧も無意味です。
「ウルジェスー! くそ、許さない。神王裂煌閃斬」
少年時代からの親友を失い、半狂乱になった勇者が最強の奥義を放そうとします。
ああ、まずいです。あれが炸裂すればダンジョンどころか、周囲の地形すら変わってしまいます。
(私も死んじゃう)
なんとなく伝説の悪竜王を討伐し、彼は勇者として認められたことを思い出します。やはり頭が状況を理解できないままです。
「しねぇぇーーーーーー!」
裂帛の気合と爆光。小さな魔物は、放たれようとする攻撃を避けようともしません。
ただ、その形を滑らかに変化させ、勇者のよく知るウルジェスの顔になりました。顔を
「なっ、ウル――」
その驚愕に勇者の剣が止まります。勇者が親友に剣を振り下ろせぬまま、その体を七つに分割されました。ほんの一瞬にも満たない時間でした。
勇者だったものが地面に散らばり、あたりは血の海になりました。
「え、これ……全滅、した?」
私は呆けたように呟くことしかできません。
最強の剣士も、最高の召喚士も、最優のビーストテイマーも、最速の重戦士も、唯一の勇者も斃れてしまいました。
残るのは回復魔法を使える私だけ。ほとんど戦闘力のない、蘇生魔法使いの私だけです。
重戦士の顔になった魔物が、勇者の亡骸に取り付き、ムシャムシャと遺体を食べます。勇者が、戦士が、召喚士が、一人ずつ食べられていきます。
何もできません。ぺたんと冷たい地面に座り込み、次々と食べられていく仲間たちを眺めることしかできません。
やがて、勇者の姿をコピーした魔物がフラフラと立ち上がります。
「あ、あ……」
私を見下ろす感情のない目に、股間のあたりがジワリと温かくなります。奥歯がカチカチと音を立てます。
ひゅっと音がして、お腹が真っ赤になります。加護を施された強固な
(い、いたいいたいいたいいたいっ、いたいいたいいたいいたい。死ぬ、死んじゃう!)
痛みで叫び声すら上げられない私の見下ろし、勇者の姿をした魔物が去っていきます。死にゆく、私に興味などないのでしょう。
(いやだ。死にたくない死にたくない死にたくない。パパ、ママ……)
故郷で帰りを待つ両親に助けを求めても、真っ暗なダンジョンの地下十階まで両親が助けに来るわけがありません。
わかっています。頼りになる仲間たちは、みんな死んでしまったのです。食べられてしまったのです。
たった一人残された私は、瀕死の重傷をおったまま『帰らずの迷宮』に取り残されてしまったのです。
(死にたくない死にたくない、死にたくないよぉぉ)
息がつまり、空気が吸えません。血が流れ出るたびに、徐々に冷えて重くなっていく体を自覚しながら魔法を唱えます。
だけど、その効果は死にゆく体ではほとんど発揮することなどできません。
(いやだ。死ぬのはいやだ。まだ私、なにも楽しいことしてない。恋だってしたことないのに、死ぬのはいやだよぉぉ)
集中力は霧散し、詠唱すらままならぬ中、私は蘇生魔法を続けます。瀕死状態での魔法成功率が1パーセントもないことを知りながら、必死で魔法を唱え続けます。
(暗い、暗い。何も見えない、怖い、こわいこわいこわい)
やがて視界は真っ暗になり、ひどい眠気がやってきます。
「しに、たくない……だれか、たすけ……」
そして最後に呟いたとき、不意に足音が聞こえました。
「ほう、そんなに死にたくないか」
その楽しげな声を最後に、私の意識は闇の中に沈んでいったのでした。
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