第2話 部屋とワイシャツとストーンゴーレム
「ハニートースト!」
私は飛び起きながら、叫びました。
理由は定かではありません。おそらく『帰らずの迷宮』に挑む前に、そんな名前の美味しそうなおやつを食べ逃したからでしょう。
「あれ?」
見知らぬ光景に私は周囲を見回します。
石作りの簡素な部屋。まるで生まれ故郷を思わせる質素な作りの小部屋です。
「ここは……どこでしょう?」
故郷とは違う石室のような室内に首を傾げます。
どうして私はこんな所にいるのでしょうか? そもそも、私は何をしていたのでしょう。直前の記憶がはっきりしません。
「うーん、ってなんで裸なんですかっ!?」
視線を落とした瞬間、自分が一糸まとわぬ姿であることに気づきギョッとします。シーツすらかけられてません。ずっと裸で横たわっていたのでしょうか。
「うわぁ。しかもこれ、石のベッドだ。というか台座? 人が寝るところじゃないと思うんだけど……あたた、体が……私、こんなところでなにしてたの?」
体温を吸った石の台座から身を起こし、地面に足を下ろします。
「ひゃっ⁉」
立とうとしたのに、立てませんでした。へなへなの足は体重を支えきれず、そのままべしゃっと倒れこんでしまいます。
「~~~っっっ!!」
顎まで打ってしまい悶絶します。激痛です。ですが萎えきった足はバタバタさせることもできず、くにゃくにゃとしか動きません。手足がふにゃふにゃです。
「うう、なんですか。これは」
まるで夕方過ぎまで寝てしまった翌日のようです。いや、体感的にはその数十倍でしょうか。とにかく体が重くて仕方ありません。頭もぼんやりします。
地面をジタバタするだけで腕で体を支えることもできません。今の私ならゴブリンどころか、三歳児にも腕相撲で負けてしまうでしょう。
「こんな姿、パパには見せられません……は?」
実家の父の苦笑する姿を想像しながら、顔をあげた私は間の抜けた声を出してしまいます。
なぜなら、そこに石があったからです。
石室を構成するレンガサイズの石ではありません。もっと滑らかで大きくて、規則的に積み上げれた石の塊が――ゴリゴリと音を立てて動いていたのです。
「な、な、な……」
突然の事態に混乱します。これが何なのか知ってるのに、裸で立ち上がることもできないという状況に、魚みたいに口をパクパクすることしかできません。
石でできた人形の名は、ストーンゴーレムです。主に遺跡やダンジョンを守護する石でできた自動人形。
そしてゴーレムの主な役割は侵入者をペチャンコにすることです。
身長三メートルを超す石の体。その重さは芋虫みたいに這いつくばって立ち上がることができない私なら、何歩か足を踏み出すだけで、発育の足りない胸を完全な平らにすることができるほどでしょう。
「ち、近寄らないで!」
命よりも胸を心配をしかけた私は、這うようにして――いいえ、実際に這ってゴーレムとの距離を広げようとします。目も口もないのっぺりとした顔(?)からは一切の考えが読み取れません。
「う、うわ、来た。来たぁ」
だけど、どういう原理で動いているかも分からない石人形は部屋の平らに均しながらズンズンと近づいてきます。足の裏はおよそ50センチ、頭だろうとお腹だろうと踏まれれば命はありません。文字通り虫けらのようにサヨナラです。
「ぺしゃんこはやだー」
全国イヤな死に方ランキングの上位に入るであろう最後を想像しながら、頑張って這いずります。はい、無駄でした。捕まりました。
「わー、私は美味しくないです。食べないでくださいー」
恥も外聞のなく命乞いをします。訳のわからないまま死ぬのは嫌です。最後に立ち寄った街で見たハニートーストだって、まだ一口も食べてないのです。人生に未練たらたらです。
「へ?」
ジタバタともがいていた私は、ポイっと石の台座の上に乗せられてしまいました。
俎上の鯉というやつでしょうか。殺すなら汚れないように台座の上ということでしょうか?
いやです。抵抗します。一寸の虫にも五分の魂。人サイズの芋虫なら結構大きめです。
「ふんぬー」
私は逃げるために床に転がり落ちました。すごく痛いです。石の巨人に台座に乗せられました。また逃げ出します。台座に乗せられました。痛いのを我慢して落ちてるのにあんまりです。
「んなぁぁーー!」
三度目は途中でキャッチされました。おのれー、適応するんじゃない。だけど私は諦めません。野山を駆け回った村娘の根性を舐めないでください。
「これならどうだー」
反対側に転がり落ちて、なにやら透明な入れ物がたくさん並ぶ棚の下に隠れます。まるで暖炉に逃げ込んだ野良猫のようですが、背に腹は代えられません。
「わ、わーーーーー! フシャーーーーー!」
ゴーレムは構わず、手を差し込んできます。
猫の鳴き声を真似して威嚇しますが効果はありませんでした。軽々と捕まれ、あっという間に強引に台座に戻されてしまいます。
仰向けに寝かされた衝撃で息が詰まりました。裸の女の子に対する扱いがなってません。裸じゃなくてもなってません。
「……あれ? 変ですね?」
しかし悶絶していても、石人形は何もしてきません。それどころか、どことなく満足したような雰囲気を醸し出して、やってきた部屋の外に去っていきます。
「もしかして…………私が台座に戻そうとしただけ?」
痛む背中を呻きながら、恨めしく隣の部屋をのぞき込むもゴーレムが戻ってくる気配はありません。私が台座から離れると定位置に戻すために行動するのかもしれません。私は要介護者扱いだったのでしょうか。
改めて部屋を見回すと、出入り口が二つあります。どちらの部屋にも扉はなく、片方の部屋の隅には石人形がちょこんと三角座りしています。
訳が分かりませんが、とにかくジッとしてても仕方ないので行動することにします。
「うーん、ちょっとだけ実験……」
動かなくなった石人形を一瞥し、そろそろと地面に足を延ばします。微妙に高い位置にあって爪先がプルプル震えます。そして地面に指が触れた瞬間ゴーレムが動き出しました。
「なにもしてませんよっ!」
すぐに足を台座に引っ込めるとゴーレムが三角座りに戻りました。しょんぼりして見えるのは気のせいでしょうか。
もう二三度やってみても、結果は同じでした。回数を重ねるごとに、どことなくゴーレムがイラっとしているような雰囲気になっていくのは錯覚でしょう。
「うーん、困りましたね。このままじゃ、動けません。せめて服くらいは着ないと落ち着かないんですけど」
記憶は戻りませんが、せめて全裸だけはなんとかしたいところです。
幸いにして室温はちょうどいいので、風邪ひく心配はなさそうですが身を守るものがないというのは、あまりに心細いです。せめてワイシャツとかないでしょうか。
私は裸のまま台座をウロウロと四つん這いで動き回ります。柵の中の子犬のようです。
「わんわん、わんっ」
試しに犬の鳴き声を出してみます。さっきのネコの真似は通じませんでしたが、石人形の主人が
「わんわん、わおーん」
あったこともない亜人の真似を偏見だけでやってみます。吠えてもゴーレムは反応してくれません。だけど――
「君は、尻丸出しで犬の真似をする趣味があるのか?」
とても可愛らしい声が、後ろから聞こえてきました。
その声に振り返り、台座にいる私を見上げる女の子に叫んでしまいます。
「な、なんで裸なのーーーーーーっ⁉」
「失礼な。ちゃんと白衣を着てるだろう、君と一緒にするな」
そこにいたのは、全裸に白衣だけを羽織った小さな女の子でした。
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