第10話 救世のための実験

「おはよう!」


 目を覚ました私は、セフィラに挨拶するために昨日の部屋を訪れます。

 

 適当にあてがわれた寝室が、前の物置だったことは不服ですが朝の挨拶は大事なので大きな声を掛けます。


「あれセフィラ、起きてますか?」


 机の横には試作型の魔物がいますが、セフィラの姿がありません。

 椅子で眠りこけていたら悪戯のチャンスなのですが、彼女の姿はありません。


「君、セフィラを見なかった。ちょっと寝起きを見たり、寝言とか聞いてみたいんだけど」


 何気なく魔物に話しかけると、粘土のような魔物は形をかえて、その体表に口を作ります。


【この変態め! 女のくせに幼い子供に興奮するとか病気だぞ】

「なっ!?」

【容姿は幼い女性に老成した魅力を求めるとかそもそもバランスが悪いだろう】

「で、でもセフィラは老成してるわけじゃなくて、ちょっと偉そうで性格が終わってるだけだし……」

 反論した瞬間、シュッと魔物の一部が伸縮し、ビッと額を擦過します。

「きゃっっ⁉」


いきなり芽生えたばかりの性癖を責めてくる魔物の一撃に、しりもちをついてしまいます。

 なんでしょうか、この魔物は。自分の主人の魅力がわかっていないのでしょうか。それとも私に対する警告のつもりでしょうか。手も足もないのに生意気です。


「なにをやっているんだアリス。一晩寝て、二足歩行のやりかたを忘れたのか?」


 一人で対抗意識を燃やしていると、セフィラが背後から部屋に入ってきました。どうやら別室にいたようです。寝起きを確認し損ねました。


「おはようセフィラ。ちょっと床の温度を確かめてただけだよ」

「アリス。君の奇行は生来のものか、それとも蘇生してからのものなのか? 生きかえったときに、どこか壊れたんじゃないか?」


 呆れたような顔をする錬金術師を、私は体をのけぞらせて眺めます。毒舌は相変わらずですが、今日も嘘のように可愛い顔をしています。

 

(うーん、ほんとズルいくらい可愛いな)


 以前は、小さな女の子を胸が高鳴ることなどありませんでした。でも今は奇妙な生き物をみるようなセフィラの瞳にすら美しさを感じます。


(髪はサラサラだし、肌はぷにぷにしているし、睫毛は長いし、眉は整っているし……なんか素材の違いを見せつけられる感じだな)

 

 クセ毛くらいしか特徴のない自分の茶髪。その違うにため息をつきたい気分のまま立ち上がると、セフィラの目元にクマがあるのを見つけます。寝不足でしょうか。


「なに、夜更かしでもしてたの? 睡眠不足は健康の大敵だよ」

「アリスが嫌な現実を突きつけたから、いろいろと試算をしていたんだよ。明るいニュースなどなかったけどね」


 内容までは教えず、意味深に肩をすくめるセフィラ。聞きたいなら等価交換しろということなのでしょう。


「それで状況は悪いんですか?」

「質問のルールを忘れたのか……と言いたいところだけど、嘆きたくなっていることなど儂の顔を見れば君でも分かるだろう。一夜明けたのに気分は最悪だよ」

 

 どうやら寝ている間に一日が終わっていたようです。工房のなかには太陽が届かないので、いまが何時頃なのかはわかりません。


「このペースで地上が荒廃すれば生きられるのは、物資の限界までおよそ五十年足らず。あるいはもっと早いかもしれない」

「……それって私は頭数に入っていませんよね?」

「はて? なぜ儂が君が滞在することを前提に計算する必要があるのだ?」


 ほんとうに不思議そうに首を傾げられました。

 もちろんセフィラは私の生存など考慮にいれていません。ええ、わかってました。だって小さな錬金術師は冷たい人間です。最初から分かってましたとも。


「しかし、これで大きく『渡世の門』の完成する確率が下がってしまった。とても学者としては挑戦に踏み切れる数字ではないぞ」

「どれくらいの確立なんでしょう。質問じゃなくて独り言なんですけどね」

「アリス……君はどんどん私の決めたルールの立札を引っこ抜いていくな。せめて儂の定めた等価交換の規則に従おうという気はないのか?」

「じゃあ、質問していいですよ」


 不満をぶつけてくるセフィラに私は両手を広げます。ドンと来いの精神です。


「世界が滅びる寸前だというのに君は悲観しないのだな。まったく心底アホなのか、底抜けに馬鹿なのか判断に困る」

「なんで二つとも悪口なんですか? それに私が悲観的になったところで世界がよくなるわけじゃないでしょう」


 世界は危機に瀕していますが、いまさらジタバタしても事態は好転しません。ならば落ち込むことなく自然体で対処する方が結果も良くなるはずです。


「物は言いようだな」


 彼女は私の横を通り過ぎて、昨日と同じ椅子に腰かけます。足を組んでリラックスするくらいにはお気に入りの場所なのでしょう。


「それで、どうにかなるんですか?」

「その質問には答えられない。対処できるかは未知数だ。儂は天才だからな」


 思わぬ言葉に瞠目します。

 セフィラが作り出し、逃げ出し、野生化した魔物にも対抗策があるというのです。さすがは数々の悪名を轟かせる『災厄』の錬金術師です。アフターケアも万全ということでしょうか。


(百年くらい放置されて、世界が滅亡寸前になっていますけど……それは言わないでおきましょう)


 ドヤ顔をしていますが、突っ込みたい気持ちを抑えます。

 ここで揶揄してもセフィラの機嫌を損ねるだけです。立派な大人は揚げ足をとって子供を苛めたりしないものです。


「世界を滅ぼしかけているんだ。救うことだって難しくはないさ」

「どうするんですか?」


 等価交換のルールを無視して質問をしますが、彼女は少し得意げに人差し指を立て――


「勝手に繁殖した魔物を効率的に駆逐するのさ。そのための道具も作ってきた」


 机の上に転がる見たこともない物体。腕輪に似た装飾品に、イヤリングの外観をもった貴金属、そして細長い金属の筒。それらが彼女の合図によって不格好な小人たちで運ばれてきます。


「これが駆逐するための道具なんですか? これは質問ですけど、等価交換はお断りですよ」

「……君、ついにルールまで無視するようになってきたな。まあいい、どうせ質問しても昨日よりも面白い答えなんてなさそうだ」


 なんだか失礼なことを言われました。でもセフィラが定めた決まりを無視しているのは事実なので構わず続けます。


「そんなのでどうするんですか?」

「こうやるのさ」


 彼女はそういうと、彼女には不釣り合いなほど大きな金属筒を抱え上げます。金属の筒の後方には木製のストックが取り付けられて、筒部分にも大量のパーツを備えています。金属の杖、というにも奇妙な形をしているというのが私の印象です。


「この中には、ある種の薬が入っている。それを、高速で射出して対象に打ち込むのさ」


 セフィラはそういって金属の棒から突き出た三日月状の部分に指をかけて――引きました。


 パァンッという破裂音が響きます。耳が痛くなる音に顔をしかめる間もなく、机の上にいた魔物が弾けました。


 粘土のような体の大半が四散し、ブルブルと震えてから力なく萎れていきます。


『アリス。いちばんはじめに、きみに出会って……きみの……脳を奪わなくてよかったよ……』


 萎れていく魔物がなにか感動的なのか、怖いセリフなのか判断がつかない言葉を私に発します。この魔物、私の脳を奪うつもりだったんですか。怖いんですけど。


「ふむ。死んだか、死滅まで五秒ほどか、効果は十分のようだな」


 枯れた植物のようになって完全に動かなくなった魔物。それを見つめてセフィラが、満足したようにうなずきます。


「……え、なんで殺したんですか」

「そんなの実証実験に決まっているだろう。何を言っているんだ君は」


 自分の魔物を殺しておきながら、眉一つ動かなさい錬金術師。だけど倫理観のないセフィラは、私の言葉に肩をすくめます。


「……ほんと、貴女って性格終わってますね」


 私に攻撃した魔物が死んだことに悲しさなんて覚えません。感慨を覚えるほどの愛着なんてありません。

 だけど、どうしようもないほどヒトデナシな彼女に、私は正直な感想を投げかけるのでした。

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