第14話 長距離狙撃
屋根の上から見える野生ホムンクルスは三体でした。
いずれも村の中央にある井戸の周りに集まっています。セフィラの語ったとおり、目で物を見ているわけではないのか屋根に登った私に気づいた様子はありません。
「当たるでしょうか?」
一番近い目標との距離は五十メートルほど。優れた狩人の弓ならば楽に届きますが、私は狩人でもなければ狙撃魔法に優れた黒魔法使いでもありません。
「うーん……とにかくやってみましょう」
攻撃を外したとき、命があるか怪しいです。
だけど観察してても、望ましい成果は生まれません。ここは覚悟を決めて挑むべきでしょう。
無骨な銃を握りしめ、三日月のような形をした引き金に手を添えます。
少しだけ指が震えるのは、何度もホムンクルスに殺されてしまった体験が原因でしょう。前衛で命を賭け金にして勇者や剣士がいかに勇敢だったのか、改めて実感できるというものです。
(大丈夫。大丈夫……きっと成功する、上手くいけばお風呂にも入れるんだから)
私は失敗した時のことよりも、輝かしい未来を想像します。
初めての討伐を成功させて村を開放し、食事と入浴と楽しみ、セフィラとスキンシップをするのです。
私との交流を嫌がっても、危険を冒した成果を盾に迫れば成功確率は低くないはずです。あの未成熟な五百歳の肢体を思う存分、撫でまわせると思うとテンションが上がります。
『おい、アリス。なにか息が荒いが、なにか
「……失礼な。これでも勇者の仲間ですよ、邪心なんてありません。清く正しい白魔法使いなんですよ」
『なんて信用できない白々しいセリフなんだ』
「……」
セフィラに信じてもらえませんでした。
私が白魔法使いであって聖職者じゃないからでしょうか、それとも真っ赤な嘘だからでしょうか。
「まあ、とにかく始めますね」
穂先を伸ばすようなイメージで銃の筒を、ほとんど動かないホムンクルスのいる場所に向けます。
グッと引き金を絞ると、キィンッという乾いた金属音がしてホムンクルスの近くの地面が弾けました。命中しなかったのです。
「ひゅっ」
喉の奥が緊張で震えます。すぐにでもホムンクルスが反応し、襲い掛かってくる想像に心臓が縮むような錯覚を受けました。
「あ、れ?」
しかし予想とは異なり、ホムンクルスは穴が開いた瞬間に身じろぎをした以外は、ほとんど行動をしませんでした。『野生のホムンクルスCはボーっとしている』という状態です。
『どうした? なにをボンヤリしている。当たるまで撃て』
「だ、大丈夫なんですか?」
『そこは索敵範囲外だ。その周波数の音には反応しないように作られているから気にせず、命中するまで繰り返せ。ただし、近づいたり大声を出すと襲い掛かってくるぞ』
イヤリングからの声に声をひそめると、新情報が出てきました。初耳です、なんで重要情報なのに教えてくれなかったのでしょう。
「なんだか、納得いきません」
『いいからさっさと駆除しろ。日が暮れてしまうぞ』
「セフィラが安全だって教えてくれないから、無駄に緊張したって分かってます?」
私は不満を感じながらも、レバーを引きます。
銃の中から、先端を失った弾が屋根に転がります。かすかな冷気を宿しているのか、ひんやりとしたものを感じます。
「えっと、レバーを戻して、弾を込めるんでしたよね」
銃を構えて再び目標に狙いを定めます。
そのまま引き金を落とすと、また金属音が弾けて、ホムンクルスの近くの地面がさく裂しました。
またハズレたようです。
そのまま同じことを繰り返すと、ついに肉色の粘土を思わせる体表がビクリと跳ねました。命中したようです。
「やった。やりましたよ。また一匹退治しましたよ」
『……ん、ああ……よかったな』
枯草のように萎れていくホムンクルスに快哉をあげます。
だけどイヤリング越しに聞こえてきた声は、あまりに気のないものでした。まるでうたた寝していて、私が話しかけたことで起きたような声です。
「返事が雑ですけど、セフィラ。私が頑張ってるのに寝てませんでしたっ⁉」
「い、いや……別にまったく儂は寝たりしてないが……ふわぁぁ」
「こんなに信用できない白々しいセリフは初めてなんですけど!」
銃を片手に叫びたくなります。
動かなくなった仲間に気付いたホムンクルスが、慌ただしく動き出してなければ苦情をまくし立てていたかもしれません。
「セフィラ、すごく活発に動き出したんですけど」
『攻撃を受けたことによる自動迎撃モードだ。一撃必殺でなければ、アリスの位置を特定して心臓を貫いていたはずだぞ』
「なんですか、その次々と出てくる新情報は」
軽く告げられた言葉を聞きながら、私は怒りを行動に移します。
一発、また一発と弾をホムンクルスに目掛けて発射します。動いているせいか全然当たりません。
「うう、寒くなってきました。お風呂に入りたいです」
平らな屋根に転がった弾の残骸が、私の周囲の温度を下げていきます。空っぽの弾が集まるとこんなに冷えるとは知りませんでした。
『弱音を吐いている場合ではないと思うが、しっかりと処理できているのか?』
「できてないですよ。動く生き物に命中させるのは難しいですから」
伸びたり縮んだりしながら周囲を破壊し、井戸や民家の近隣を徘徊する粘土状の生き物。加害者である私を探しているのでしょうが、激しく暴れるので近づく勇気がもてません。
『狙いやすい場所に移ればいいではないか。少し近づけば簡単になるだろう』
「そんな楽な話じゃないんですよ。あんなのに巻き込まれたら即死ですよ、普通」
周りの建築物である廃屋は、暴れまくるホムンクルスによって破壊され、高所を確保できる範囲が減っていきます。こちらの存在は露見していませんが、移動するのは得策とは思えません。
「ここにきて、急に難易度が上がったんですけど」
『頑張りたまえ』
「雑な応援ですね。ちょっと工夫してみないと」
私は地面にうつぶせになり、銃の先端を金属部分を屋根のヘリに預けます。これで撃ちやすくなりました。
「胸が小さくて助かったなんて思いませんからね……って、わぁぁぁぁ⁉」
胸を下にしても狙撃の邪魔にならないことに哀愁を感じていると、隣家のレンガが高速で飛来して顔の横をかすめました。ダジャレみたいな言い回しですが、頭に直撃してたら死ぬところでした。
「は、はやく終わらせないと、遠くにいても余波で殺されちゃいますね」
私は息を吸い込み、できるだけ手早くホムンクルスに連射を仕掛けます。経験上、こういう戦いは時間との勝負です。
(うう、ほんとに冷えますね)
一発外すたびに冷気を帯びた弾の殻が落ちて、空気を冷たくしていきます。
弾を放つたびに生まれる『これ』が何なのかも私にはわかりません。だけど、死にたくないのでひたすらレバーを動かしては、銃から弾を放ちます。
正確さには劣るぶんだけ早く、数をこなすことで狙いの甘さをカバーします。
無心で撃つこと数分。少しずつ近づいてくるホムンクルスに体の内側が冷えるのを感じながら、二体のホムンクルスに弾を撃ち込みます。
『終わったようだね。ずいぶん時間をかけたじゃないか』
「……ヘタクソなことくらい分かってますよ。言わないでください」
一方的な攻撃となった二十一発目で一匹を、三十五発さらに消費して二匹目を片付けることができました。
残弾が三発分しか残らなかったことを考えると、かなりぎりぎりだった気がします。あと二発外したら、決死の覚悟で突撃するところでした。
『アリス。残りは何発残っている?』
「3つだけですよ。質問だから等価交換していいですか?」
『これまでさんざん反古にしておいて、よく等価交換など言えたものだ。まあ、いい……何を聞きたいんだい?』
呆れたような口調のセフィラに、私は屋根で仰向けになりながら青空に手を伸ばします。
「すごく疲れたから帰ったら、一緒にお風呂に入りますからね」
『……そういうのは質問じゃなくて、宣告っていうものだよアリス』
そして、百年ぶりに見上げる空をみつめる私に、地下から出てこない錬金術師は心底イヤそうな声で返事をするのでした。
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