第15話 100年ぶりの入浴

「はぁぁぁぁぁぁぁー、生き返りますね」

「どうして儂まで……」


 飾り気のない水槽に湯をためただけの簡易浴槽で、膝を抱えたセフィラが不満げにつぶやきます。

 私は先に体を洗っています。100年ぶりの入浴は最高です。


「だって私だけじゃあ、浴槽を壊しちゃうかもしれないじゃないですか。それともセフィラはボイラーが壊れちゃってもいいですか? もう作れなくなってもいいんですか?」

「いいわけないだろう……人類文化圏が滅んだ以上、新しく素材を手に入れるのは難しいのだぞ。合成は錬金術師の分野だが、素材がなければ才気にあふれた儂でも作れぬのだからな」


 気怠そうに水槽で足を組み替えるセフィラ。

 タイル張りの室内には湯気が充満していて、水槽のほかにはホースが繋がれただけの水道と排水口、そしてドッドッドッドと音を立てるボイラーが部屋の片隅に鎮座しています。


 そんな無機質な浴場の中で、少女の足だけが艶めかしく映ります。小さいあんよを、モミモミしたい気分です。


「災厄の錬金術師でも元手がなければ何もできないんですね」

「儂らの扱うものは学問であり、科学なのだ。アリスやほかの魔法使いのように無から有を生じさせるようなおかしな人種と一緒にしないでもらいたいね」


 基本的なことを訂正するような基調で少女は語ります。

 確かな自負を感じさせる錬金術師の言葉に、視線を向けるとセフィラの体は水槽のなかで湿った髪をかき上げました。彼女の全裸も見たことがあるのに、水中の彼女からは違う色香のようなものを感じます。


(うーん、あいかわらず可愛いですね)


 どこか得意げな彼女の肢体はしなやかで、いますぐ水槽に頭から飛び込みたくなるくらい魅力的です。ホムンクルスの駆除と、その後の『大仕事』で疲労が溜まってなければ、と悔やまずにはいられません。


「なにかイヤらしい目をしているぞ。そんなに儂の体が珍しいのか?」

「私の故郷には年下の女の子は居なかったんですよ。パーティでも私が最年少だったんです」

「こんな子供の体など見ても楽しいものでは無かろうに」


 嘘言ってない私の言葉に、無関心に腕を伸ばすセフェラ。

 彼女は自らの魅力になどまったく気付いていないのでしょう。イヤらしい目で見られていることは知ってても、警戒心があまり感じられません。

 寝込みは襲えるかも、と脳内のメモに付け足しておきましょう。


「儂としては、蘇生をしたアリスにどんな変化があるか気になるところだが」

「えー、そうなんですかー? そんなに気になるなら、お姉さんがセフィラになら色々見てあげてもいいですよ?」

「ふむ、では解剖していいか? 脳の構造が気になる」

「ダメに決まってますね」


 とんでもないことを言い出す錬金術師にクギを刺します。

 うっかり頷いてしまえば、この言葉足らずの錬金術師は有言実行しかねません。私は『お医者さんごっこ』くらいにして欲しいところです。産婦人科ごっこが希望です。げひひ。


「それでセフィラ。汗は流せたんですが、身体用の香油とか石鹸はないんですか? 髪を洗ったから泡で見えません」

「そこにあるだろう、見えないのか?」

「うー、セフィラぁ。どこですかぁ?」

「そこだよ、そこ……ああ、違う。ええい、面倒なやつだな君は。目の前にあると言っているだろう」


 ぺたぺたと浴槽から這い出て、私の前にセフィラがやってきます。

 はい、実は見えています。目の前にあるのにわざわざセフィラを頼ったのは、彼女と『あらいっこ』をしたかったからです。


「そこですかー?」

「ひゃっっっ⁉ アリス、どこを触っているんだ。太ももにしがみつくな」

「疲れすぎて足がフラフラします。支えてくださいよぉー」

「や、やめろ……儂によりかかるな。重いんだよ」


 洗具を渡される前に疲労で不自由になったフリをして、セフィラにもたれかかります。


 かわいい悲鳴です。

 うへへへ、すべすべで柔らかいです。スキンシップ最高です。太ももはモチモチで、腰や臀部はほっそりしてます。


「セフィラ、どうせなら一緒にゆっくりしましょうよ。一仕事終えたんですからぁ」

「何を言ってる。まだ何も解決していないんだぞ。せめて農地だけでも回復させないと保存食も尽きるんだからな」

「そこはボチボチやりますよぉ。とりあえず、あの村は時間をかけたら元通りになるんですからぁ」


 疲れ切ったフリをしながら小さな膨らみを、バレない程度の力加減で後ろから揉みます。少しだけ硬さが残る柔らかさに、私の表情が緩んでいくのがわかります。


(でへへへ、これがセフィラのおっぱい♡ ちっぱい♡)

「ええい、うっとうしい。アリス、胸を揉むのを止めろ、儂は家畜ではないのだぞ! 揉んでも乳など出るわけないだろう」

「あでっっ! 痛ぅぅぅセフィラ、肘打ちは反則ですよ」


 すべすべの胸を堪能していると、顎に一撃を入れられてしまいました。痛みとともに『セフィラの母乳』という魅惑の言葉が頭を反響します。

 ですが強力な肘打ちのせいで、柔らかな体を堪能できなくなりました。


「それで、なぜ時間をかけたら元通りになると断言できるのだ。あの村は滅亡しただろうが」

「いつつ……大丈夫ですよ、再建はできますよ!」


「何を根拠に言っているんだアリス」

「だって、村全体に蘇生魔法かけてきましたから!」

「…………はぁ?」


 私の言葉にセフィラの表情が変わりました。題名をつけるなら『何を言ってるのこのバカ』というところでしょうか。明らかに呆れています。美少女に呆れられるのは、意外にもいいものだという新発見です。


「あの村は完全に無人だったぞ。人骨に蘇生魔法をかけたところで無意味だろう」

「無意味なんかじゃないですよ。意味がありまくりますよ」

「嗚呼……蘇生に時間がかかりすぎて頭がおかしくなったんだな、可哀そうに……」

 

 ひどく失礼な言い草です。でも否定できないので、訳知り顔で微笑を浮かべることにします。実家の食堂に来ていた無職の叔父さんがしていた表情の真似です。


「なんだ……その顔は」

「嘘だと思うなら確認してみればいいじゃないですか?」


 いぶかしむセフィラに私は言い放ちます。

 その態度に錬金術師は眉をひそめ、浴槽から引きずり出した四角の板っぽい物で何かを操作します。


 直後、浴室の味気のない灰色の壁が光を帯びます。私は眩しさに目を細めつつ、彼女の様子を伺います。


「は……?」

 

 予想通り、彼女は驚いていました。

 壁に映し出されているのは廃村。どんな方法をつかったのかは理解できませんが、セフィラは壁に私が訪れたの村の景色を投射しているようです。


「どういうことだ?」

 

 珍しく瞠目する彼女に、私は胸を張りたい気分になります。

 これでセフィラも私のすごさが少しは分かってくれたはずです。


「なんで、村人どもが生きているのだ?」

「そりゃ、私が村に蘇生魔法をかけたからですよ」


 彼女の目に映る光る壁。

 そこには元気に走り回る子供の姿がありました。

 不思議そうにあたりを見回すカップルや、呆然と立ち尽くす老人や、感涙にむせびながら抱き合う親子、折れた槍を手にして唖然とする若者などがいました。


 誰もかれも生きています。ついでに言うと絶命した牛も生き返っています。


 みんな状況が呑み込めないのか、不思議そうに周囲を見回しています。

 蘇生したての人々の、見慣れた反応です。


 欠点があるとするなら、衣服は復元できないので全員が全裸ということです。恥ずかしいので、個人的にはできるだけ映像に視線を向けない方向で調整します。


「アリス、君は肉体を失った人間すら蘇生できるのか。いや……これだけの広範囲、それだけの無差別さは本当に『蘇生魔法』といえるのか? こんなものは人に許される領域ではない」

「どうですか。だてに勇者パーティーの一員じゃないんですよ、私……まあ、食べられた人は無理なんですけどね」


 私の言葉を聞き流しながらセフィラは、呆然と彼らの生存を確認しています。


(あ、女の子もいる。でもやっぱりセフィラの方がかわいいですね)


 生き返った幼い村娘のお尻には興味がありますが、いまは遠くの臀部おしりよりセフィラの体を舐め回すように眺めるのを優先します。


「すごいでしょう。私の蘇生魔法は」

「…………」

 

 錬金術師の視線が、私に向きます。突然の熱視線です。


「な、なんですか?」


 裸のままドヤ顔で宣言する私を、セフィラはじっと見つめています。そんなに見られるとドキドキします。


「アリス」

「な、なんですか?」

「君を脳を解剖していいか?」

「ダメに決まっているでしょ!」


 そして私は、当然のように語る『災厄』の錬金術師の提案を拒否したのでした。

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