第13話 ホムンクルス狩り
「おお、アリス。死んでしまうとは情けない」
「……誰のせいだと思っているですか?」
蘇生した私は、目の前で退屈そうにしていたセフィラに不満を口にします。
「野良ホムンクルスのいるところの真ん中に放り込むとか殺す気マンマンじゃないですか」
「まあ、上手くいったじゃないか」
「……普通に死にましたけど」
生き返ったばかりの体に、ものすごく気怠さを感じます。
きっと死ぬ直前にかけた蘇生魔法のせいでしょう。前衛を担っていた勇者一行の剣士は、この『死ぬ覚悟で強引に突っ込む』戦法を愛用していましたが二度とマネしたくないです。
「ここはどこですか? 私は長女で得意な料理はオムライスです」
「先に等価交換になる情報を出しこれるくらいには、記憶は整理されているようだね。ちなみに何の興味もない情報だよ」
「だと思いました」
セフィラの言葉を予測して、先に情報を出しながら周囲を見回します。
身を起こせば、そこもセフィラの工房のようでした。部屋の作りは異なっていますが無骨で女の子らしさの欠片もない研究室っぽい内装は同じです。
「儂が空間転移でアリスを回収したんだが、ホムンクルスは駆除できたのかい?」
「二匹だけですよ。あと三体はいた気がしますけど、正確なところは死んでたんで分かりません」
「なんだ、半分も片づけられなかったのかい。アリスが勇者一行だったというから期待したのに」
「後方の回復役に何を求めているんですか。あと死んだからお腹がすきました。それください」
私はセフィラが食べようとしていたブロック状の固形物を齧ります。ふと勇者も戦士も、生き返ったあとは空腹を訴えていたのを思い出します。パサパサなのに、いまだけは美味しく感じられます。
「儂の食事なのじゃが」
「はい。ごちそうさまでした」
「ぶー! 儂は、お腹がすいたんだが」
「私が死んだ村にいって、小麦粉とか牛とか拾ってきますよ」
逃げるときに見かけた粉ひき小屋には、まだ小麦粉が残されていました。ホムンクルスに吹き飛ばされてしまった哀れな牛さんも、早く処理すれば保存食にはなるでしょう。
きっとホムンクルスは動物を食べないのでしょう。
「今度は死なないで欲しいものだね」
「私がセフィラのせいだってちゃんとわかってます? 遠くから狙えるのに、全然意味なかったんですけど」
「細かいことにアリスはうるさいなぁ」
「ぜっんぜん細かくないですよ。あと帰ってきたらお風呂入りますからね」
胸をなぞるとべったりと血の跡があります。傷は癒えるし、蘇生はしますが、流れ出た血や汗はそのままなのです。服も肌も血まみれで、殺人現場から生き返ったアンデッドのようになってます。事実、そうだと言えるかもしれません。
「アリスに貸す風呂などないぞ」
「つまりお風呂はあるんですね!」
「むっ……」
私の言葉に錬金術師の少女は、片眉をピクリをあげました。
図星のようです。セフィラは工房に引きこもっているのに、いい匂いがすると思っていたのです。
「……仕方がない。村のホムンクルスを一体回収して食料を確保してくれば、風呂くらい使わせてやろう」
「やった。じゃあ、交渉成立ですね」
百年間の間にお風呂に入れていないので、どうしても入浴に関しては譲れません。身だしなみ、というより習慣化したルーチンをこなさないと精神衛生的に悪いのです。
旅の途中でも私は入浴の機会をなによりも優先していました。貴族の催した祝勝会よりもお風呂を優先したほどです。
(勇者たちは迷惑そうでしたけどね)
生前に同じ釜の飯を囲んだ仲間のことを思い出し、一人しんみりします。
ですが、いまは落ち込むよりも先のことを考えなければなりません。まずは真っ当な食事、そしてお風呂です。
「さて、弾を補充しておこう。これならアリスが百発外しても問題はないはずだからな」
そういってセフィラは長い白衣を引きずりながら、銃に込める『弾』とやらを渡してきます。
銃とやらの原理はわかりませんが、つまりは魔力を使わず魔法が撃てる杖のようなものなのでしょう。複雑な機構を備えているようですが、効果があるなら詳しく分析する必要もありません。
「あの、セフィ――」
言いかけた瞬間、視界がゆがみます。気付けば見覚えのあるの廃村の入り口に立っていました。何が起こったのか疑問に思う余地もなく、無断で転移させられたのです。
「ひ、一言くらい何か言ってほしいんですけど」
私は銃を片手に抱いたまま、深い理不尽さを噛み締めます。あの可愛い錬金術師はコミュニケーションをなんだと思っているのでしょうか。
もっと積極的に交流をしなければ、いざというときに大変なことになるのを知らないのでしょうか。
「……決めました。帰ったらセフィラとお風呂に入ります。洗いっこします!」
目の前の無人の廃墟を前に、私は決意を固めます。
あの没交渉の少女にコミュニケーションの何たるかを、脇の下から太ももの内側まで教え込まねばなりません。
そのためには、野生化したホムンクルスを一気に狩りつくす他はないでしょう。村に巣食う魔物たちには、その犠牲になってもらいます。
『なんだか、不穏なことを言ってなかったかアリス』
「気のせいです!」
訝しむ声が耳元で聞こえましたが、軽やかに否定して駆け出します。一緒に入浴するのが『不穏』なことであるはずがありません。
女の子同士の健全なスキンシップを目指しているのです。不審な要素などあるはずもありません。げへへへ。
「事前蘇生ヨシ、銃ヨシ、気力ヨシ、目的ヨシ。すべて万全ですね」
『戦術とかないのかい、君は』
「そんなの必要ありません」
全てを備えた私にセフィラのツッコミが入りますが、問題になりません。
元気いっぱいに駆け出した私は、回復魔法で体力を底上げしながら村の中央に向かいます。
「えいやっ、と」
さきほど転移させられた村の広場が見下ろせる場所を探して、ジャンプします。
『ほお、君はバッタだったのか』
「誰がバッタですか!せめてカモシカといってください、それに強化魔法くらい白魔法使いならだれでも使えます」
筋力の強化は白魔法を使う術師の嗜みです。これでも勇者一行のメンバーなので、蘇生しかできないわけではないのです。
フィジカルに優れた重戦士や勇者とは比較にはなりませんが、ビーストテイマーとの腕相撲では負けたことはありません。
「さて、と――」
私は手ごろな廃屋の上に着地して、広場を見渡します。
そこには、先ほど見かけたホムンクルスが何をするわけでもなく存在しています。日光の当たるところに集まり、何をするわけでもなく
「あんなところに集合して、なにをしているのでしょう? 井戸端会議でしょうか」
『アリス、君はバカか。日光を吸収しているに決まっているだろう、光合成だ』
「バカとはなんですか。こうごーせいとか知らない言葉を使わないでください。自慢ではないですけど、私に学なんてありませんよ」
『ほんとに自慢ではないな……アリスにわかるように説明するならば、私の作ったホムンクルスは少量の光と水さえあれば、活動できるように作られているのだ。低燃費で植物のように長生きなのだよ』
へえー、と私は呟いて――首をかしげます。
食事を必要としないということは、無制限に増えることが出来るということではないでしょうか。
『自動で拠点を守り、儂以外を生き物を攻撃するように調整されているからな。要所を守るには最適なのだ』
「で、それが各地に蔓延って世界が滅びかけていると」
『…………』
返事がとたんに途切れました。都合が悪くなると、黙ってしまう性格なのでしょうか。はい、最悪です。
「じゃあ、とにかく村を確保しましょう」
『…………』
息遣いしか届かなくなった耳飾りに声をかけ、私は屋根の上で木製の部分を肩に充てるようにして静かに構えるのでした。
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