第12話 強制孤軍奮闘
「うわぁぁぁぁぁぁぁっっっ! どういうことですか、これはぁぁぁ!」
すっかり囲まれた野生化ホムンクルス(という魔物)に囲まれた私は、全速力で走ります。一秒たりとも気を抜かず、真剣に本気でガチダッシュです。
後ろでは野生ホムが
『ああ、すまん。どうやら転送先の座標がズレたようだ。まあ、大きな問題はないだろう』
耳元でセフィラの声がします。イヤリングを通じて声を届ける魔法でしょうか。
『ちょっと失敗したが、努力で挽回してくれ』
なんということでしょう。この最悪の状況は、少女のミスによるものだと自白されました。廃村のど真ん中に現れるという簡単な事前説明すら、してもらえませんでした。
いきなり敵陣の真ん中に放り出すとか悪魔でしょうか。彼女は災厄の錬金術ではなく、最悪の依頼者です。
『とにかくサクサク駆逐してきてくれ。その銃なら当たれば死ぬはずだ』
「私はまだ使い方すらちゃんと習ってないんですけどぉ‼」
手にした銃を意識する間もなく走り続けます。金属杖かくやという重量があって、今すぐにでも投げ捨てたい気分です。
『ああ、銃は捨てたりするなよ。座標をトレースしているからアリスのことを拾えなくなるぞ』
「トレースってなんですかぁぁ⁉」
意味不明なことをいうセフィラに悲鳴のような文句を言いながら、石作りの廃屋を走り抜け、牛小屋の横を駆けます。直後に牛小屋が吹き飛びました。「モー」といいながら痩せた牛が空を舞いました。
「うしさーーーん」
しかし牛さんと牛小屋の尊い犠牲により、迫ってきていたホムンクルスは私のいる場所を見失ったようです。
私の背後に砕かれた小屋の瓦礫が積み重なり、物陰になってくれたからでしょう。
(た、助かりました。こんなスリル、勇者一行以来ですよ)
依然として近くにいる気配はしますが、こちらの位置は把握されている様子はありません。ただし、私には仲間がいないのでピンチには変わりありません。人類より先に私の命運が尽きそうです。
『あー、アリス。死んだか? もう死んだか?』
「あなたの愛しいアリスは生きてますよ。でも、ちょっとでも動いたら首が無くなりそうです。あと出来れば小声でお願いします」
『声は問題ない。あれは振動を感知できないからな。だが人型の熱源を見つければ、襲ってくるはずだ。そういう風に作ったからな、その性質は野良になっても同じだろうな』
イヤリングから響く声に私は半眼になります。
セフィラの言葉は信用できません。気付いたらホムンクルスの真っただ中に放り込まれたのです、信用したらそれは変人でしょう。
「銃の……使い方を教えてください」
『ああ、本来なら等価交換だが今回はサービスだ。弾は込めてあるから、まずは右側にあるレバーを後ろに引け』
言われるままに、右側にはみ出た無骨なレバーを下げます。かちりという音がして、なにかが金属杖を思わせる銃の中に住み着いた感覚を伝えてきました。
「レバーを引きました。次はどうするんですか?」
『レバーを下げろ。それで撃てるようになる、あとは銃の先をホムンクルスに向けて引き金を引くだけだ』
ひどく端的な指示に不安しかありません。具体的だが、そのあとにどうなるのかすらわからない不親切さです。
『どうした? ホムンクルスはお前を探しているはずだ。さっさと撃たないと首か胴体かて手足とお別れすることになるぞ』
気軽なセフィラの言葉に、焦りが滲みだします。
私はあのホムンクルスの仲間に殺されたのです。なすすべもなく。あのときの恐怖に自然と呼吸が浅くなります。
(できるかな。私ひとりで……)
ドクドクと心臓の音が激しくなります。使い方もよくわからない銃を、うまく扱える気が全くしません。せめて訓練をしたかったと嘆いたところで、私を発見するなり殺そうとしたホムンクルスたちが手加減をしてくれるはずもないのです。
(じゃあ、せめて……)
『おーい、アリス。死んだのか、死んだなら返事をしろ』
「生きてますよ。というか、死んでたら返事もできないでしょう」
どこか呑気な声にあきれながら、腕の中の銃をぎゅっと握ります。直前に見かけたホムンクルスの数は二体でした。音も二つします
相打ちではダメなのです。だからこそ、ひどく憂鬱な気分になりながら、勇者一行の剣士が愛用した策を採用することにします。
「レバーは引いた。そして下げた……撃てるはず、ですよね」
『撃てるぞ。それには安全装置なんかつけてないからな』
なんのことか分かりません。ですが、とにかく撃てる保障だけはしてくれています。
「はぁ、はぁ……」
背後でずるずるとホムンクルスが這いずる音がします。錬金術師の工房にいた魔物の末裔が、ずるずると死を引きずるように近づいてくるのが聞こえます。
ここに隠れていれば、一秒後かあるいは数分後には野良ホムンクルスが、私に死を突き付けるでしょう。つまり考えている時間も迷っている暇もないということです。
「ああ、もうっ! ほんとセフィラって最悪ですからね!」
私はこれが辞世の句にならないことを願いながら物陰から飛び出します。
私に気づいたホムンクルスが動きます。工房で見たフォウスほどの素早さではありませんが、C級冒険者では太刀打ちできないでしょう。
「昨日から転がってばっかりですよ」
首を斬り飛ばそうとする触腕を、すんでのところで前転して回避します。長い杖をもって地面を転がった経験はあるのでバランスを崩すことはありません。
「うまく、いっけぇ!」
ホムンクルスに銃の先を向け、躊躇わず引き金を引きます。
これで効果がなかったら、セフィラを恨みます。
乾いた雷鳴が炸裂して、粘土のようなホムンクルスの体が爆散しました。瞬きする間に枯死していくので、効果はあったようです。
「あ、」
だけど、安堵の間もなく胸を押されました。
見れば何かが胸の中心を貫いていました。鋭く、長く、細い、木の枝先のような触腕でした。心臓の位置を、正確に貫通していました。二匹目のホムンクルスに刺されたのです。
「けふっ……」
体の中に熱いものが広がり、胃から逆流した血が口から溢れました。黒々とした死の気配が一気に近づいてきます。胸に赤いものが広がります。
(ああ、もうやっぱり上手くいかなかったじゃないですか)
痛みも恐怖も無視します。
震えそうになる手で、レバーを引き、抜けていく力をふり絞りってレバーを落とします。引き金の引いて、二度目の雷鳴が鳴り響きました。
私は、どうと地面に倒れます。
二度目の死の直前に見た空は、どこまでも美しい青色でした。
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