第7話 セフィラの理由と、アリスの進化

「いやー、笑った。笑った……こんなに腹がよじれるほど笑ったのは、生まれて初めてかもしれないな」

「……セフィラの性格って、最悪ですね」


「そういうのは良くわからないな。儂に分かるのは研究のことだけ……だが、求められたから与えたのに、粗末に扱われれば腹も立つし、無様な最期を迎えれば溜飲も下がるというものさ」


 二人で天井を仰ぎながら言葉を交わす。黒い球は相変わらず放電を続けていますが、セフィラの態度を見る限り危険なものではないようです。


「勝手に期待して、勝手に『災厄』として扱ったのはいい。だが私の作品や理論まで貶す権利はない。そうだろう?」

「たしかに、誰が作ろうとできあがった『美味しいご飯』に罪があるわけがないですもんね」


「儂は料理の話などしてないんだが?」

「同じことです」

「ふむ……そういうものか」


 村でたった一つの食堂の娘として、そこは譲れません。美味しいご飯の前には万人が平等なのです。

 ただ、外見相応にキョトンとした顔は可愛らしく感じます。



「それで……この黒いの、何なんですか? さっき、質問にいっぱい答えたから教えてくれますよね?」

「これは先代の残した遺産。彼は『渡世の門』と呼んでいた。異世界に通じる穴を開くための道だそうだ」


 馴染みのない言葉にセフィラに顔を向けます。侵入者を排除してまで行っている研究のわりに、あまり強い関心を持っている言い方ではない気がします。


「異世界? なんで、そんな物を作ったんですか?」

「先代は故郷に帰るためのものだと言っていたよ。まあ、夢が叶わぬことに絶望して自分の頭を撃ちぬいて研究を投げ出してしまったけどね」


 小さな錬金術師は、凄惨な最期を些細な事のように話します。どうにも彼女は生と死に関して淡白な感性しか持ち合わせていないようです。


「セフィラはこれを守っていたんですね?」

「儂は託された宿題を終わらせる役目がある。異世界というものにまるで興味はないが、未完成品を放置するのはどうにも気持ちが悪いからね。他にも研究しているものは多いが、宿題はこれだけだ」


「その……先代というのは親、だったんですか?」

「親などではない。奴隷と売られていた儂を買い取って助手として、育てていただけだ。儂と同じ研究ばかりの人間で、お互いに名前を呼び合ったことすらないよ」


 それはお金で繋がっていた、私たちよりもずっと希薄な関係に思えます。


「それは……うーん、たしかに親とは呼ばないかもしれないですね」

「ホムンクルスを作れるようになってからは、ますます没交渉でな。自死する前の数カ月は一言も喋らなかったよ」


(それが原因じゃないですか?)


 口に出かかった言葉をグッと飲み込みます。大人は迂闊な言葉で子供を傷つけてはいけません。


「アリス。君、なにか失礼なことを考えてないか?」

「それは質問ですか。あと一つ私の質問が残っていますけど、等価交換してくれるならいいですよ」

「別に答えずともいい。詮索したところで愉快な答えは出てこなさそうだ」


 彼女は斥候スカウトのように反動をつけて飛び起きようとします。

 そのまま失敗して、死ぬ寸前の虫みたいに足を打ち付け――何事もなかったように普通に起き上がりました。痛そうですが、見なかったことしてあげましょう。


「……何も言うなよ」

「言ってませんよ」


 私を見下ろすセフィラの顔色は普段のままです。

 ですが、私は見逃しません! その耳が赤いことを、落ち着きなく足先を上下しているのを! たまりません。生意気な女の子が照れている、これぞ新境地です。


「何をニヤニヤしている。百年間眠って表情筋が緩んだのか」

「私は最初からこんな顔です」

「なんて不憫なやつだ」


 とっても失礼ですが、いまは可愛いので許してあげましょう。

 

「それで君はどうするんだ、アリス」

「何がですか?」

「蘇生したんだから、工房を出ていくのだろう。いつ出ていくんだ?」


 私を見下ろすセフィラが冷たい口調で話しかけてきます。もう出ていく日程まで言及してます。

 出ていけ、と言われてしまいました。


「出ていかないとだめですか?」

「当然だろう」


 ぐうの音も出ません。

 セフィラからすれば、私は工房に入ってきた強盗の一味です。蘇生中に『帰らずの迷宮』から放り出されていても不思議ではない身の上です。


「ですよね……」


 相槌を打ったものの、困りました。なにせ蘇生したのは百年後の世界です。

 雇い主の勇者一行も、故郷で帰りを待つ両親も死んでしまいました。

 恋人などは存在した経験がないので、その点は安心ですが目的が無くなってしまいました。


「魔王は……まだいるのでしょうか?」


 不意に旅の目的を思い出し、呟きます。

 勇者たちは魔王を斃す旅をしていたのです。百年後の世界でも魔王は存続しているなら一大事です。


「ああ、そういえば……君らは勇者とか言っていたな。魔王が何か知らないが、どうせ暇なら外の様子を見てみるか? 私も外を眺めるのは二百年ぶりだしな」


「え、外が見れるんですか?」

「ああ、素材採取用の魔物を工房の外部に離しているからな。この大陸の様子を確認するくらいなら難しいない」


 彼女はそういって白衣の埃を払い、部屋の外に出ていこうとします。

 

「あ、ちょっとセフィラ……待ってください。待ってって言ってるじゃないですか」


 私は一人だけでズンズン進んでいく錬金術師を追ってゴロゴロと床を転がります。そろそろ人間的な二足歩行を獲得したいところです。


「むぅ、もうちょっと頑張ってください私の足。ガッツを見せるときですよ」


 立ち上がろうとして、またコケました。ええい、こうなれば回復魔法です。


「ヒール! ヒール! ヒール! ハイヒール!」


 回復魔法を足にかけながら、ゴロゴロと転がります。

 地面を転がりながら回復魔法を連射する白魔法使いは史上初でしょう。傍から見ればヒールに特別な嗜好をもつ変人みたいですが、背に腹は代えられません。


「きもちわるいな、君」


 セフィラが巨大な毛虫でも見るような目で、見下ろしながら罵ってきます。大きなお世話です。


 転がること数百回転。回転しすぎて頭がグラグラして、肉体的な吐き気を覚え始めたころ、ようやく足に力が戻ってきました。


 いまならイケます。食堂の娘の根性をみせるときです。


「じゃーん、アリスは四つん這いを手に入れた!」


「うわぁぁっ……」


 セフィラに思いっきり嫌そうだな顔をされました。

 

「ほんとに犬みたいになってるじゃないか。勇者の仲間なら、ちょっとは人間らしくなったらどうなんだい? 儂の石巨人ストーンゴーレムだって二足歩行だぞ」

「失礼ですね。死体から始まったのに、立派な四つ足ですよ。着実に進歩してるじゃないですか!」


 歯に衣を着せない錬金術師に、ガウガウと反論しながら後をついていきます。

 四足歩行は歩きにくいですが、階段はラクチンです。違う角度でセフィラの太ももを見れるもポイントが高いです。

 

「はぁ、蘇生魔法なんて珍しいと思って拾ったのに、まさかこんな奇天烈な女だとは思わなかったよ。男なら速攻で溶かして素材にしたのに……」


 小さな錬金術師は、そんな怖いセリフを吐きながら鉄製の扉を解錠します。


「えっ!」


 セフィラによって開かれた扉。その先の光景に、おもわず私は硬直します。


 鈍色の檻のような部屋にいたのは、肉色の粘土のような生物。

 すなわち勇者たちを惨殺した魔物だったのです。

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