俺ガイル新刊発売って幻覚じゃないんすか……?信じていいの……?



      4.



「一応土着信仰のていをとってるけど、客観的には魔女ってやつだよね」


 執務室然とした木製のデスクが鎮座まします空間は黒と茶と白のインテリアを主体として構成され、シックな印象を受ける。


 そのわきに休憩用として設けられているのか、天蓋付きのベッドがあり、神サマはそこに寝そべり、肘をついて皿のようにした手に顎を乗せている。


 神サマは十二、三歳の少女ローティーンに見えた。


 その肌は白く、静脈を透かして青くさえ見える。繻子めいた厚い生地で編まれた銀の貫頭衣は動きにくそうで、病床の患者に着せる病院服のようだった。


 髪も銀。

 というより白か。メラニンが欠けた色。


 目もまた色がなく、裂けるように縦長に開いた瞳孔を赤く血色ちいろが取り囲んでいる。


 俺は応えた。


「法人化してんだっけ」


「認可地縁団体だから布教活動禁止……世知辛いぜ……」


 よよ、と泣き崩れるそぶりをして、


「まあべつに信仰広めようとか考えてないんだけどね」


 顔を上げ、ぺろ、と舌を出す。

 赤く濡れたそれは、先がふたまたに分かれている。


 説法めかして、神サマは言った。


「恋愛とは畢竟『他人とは思えない』という接点から始まり、当然他人であるわけだから些少なりズレが出てくる」


 なにかと思えば恋バナかよ。話半分に聞いとこう。断定調でモノ言うやつにろくなやつおらんからな。


「──そこを厭うのか、ズレさえも受容するのか。そこが自己愛か他己愛かを隔てるあわいになる。求めうる自己同一性の多寡が主眼となるわけだね。同じでなくてもいい。あるいは、もっと同じでいたい。そのすりあわせが肝要であり、それ以外はほとんど重要じゃない。


 ボクはあれ、共同生活を送る上でポットでお湯使ったあとに水足さないやつは縊り殺したくなる。あとは特にないかな!」


「ご高説どうも。なに言ってるかわからんが、そんな人間いるのか」


 気づいたらふつうにやるだろ。


「世の中にはシャンプーや洗剤の詰め替えも誰かにやってもらうしかしたことのない人間がいるんだよ」


「怖すぎるだろ、世界」


「そこがきみの現時点での想像の限界値だね。自分と他人のあいだに横たわる常識へんけんの違いを知っていくのが人生経験ってやつさ。ヒトならざるボクが言うのもなんだけどね」


 神サマは冗談めかして片目をつむり、


「さて、」


 と切り替えるように手を打った。


「もっとも近しい他者たる親・きょうだいは遺伝子を共有している。だから『同じであって当然だ』と考えがちになる。自己と他己とのあわいが曖昧なわけだ。


 ──近親愛については、澁澤龍彦シブタツがその結論を自己愛の変形であると提唱しているね」(※『少女コレクション序説』参照)


「あー。俺ガイルでも似たようなこと言ってたな」


「そうなの?」


「四巻だったかな……」


『千葉住まいの兄妹は高確率でシスコンになるんだよ。俺の妹がこんなに可愛いんだから仕方ない。よく「俺、妹いるけど全然可愛くねぇし』とか言ってる奴いるけど、それあれだから、お前の妹だから可愛くねぇだけだから』。


 穿った見方をするなら「妹を可愛がるのは自分と似ているから」という一種の告発なわけだ。


 自称一般男子高校生がそこまで自分を客観視してるとは思わないが、作者の人そこまで考えてそうなんだよな。


「にしても自己愛か。俺にはないからわからんな」


「うん、まあ、そういうふうに作ってないからね」


「む……」


「自己愛とは、心と言い換えることができる。他者の価値観を肯んじるにはまず自分を肯定する必要があるからね。心の余裕ってやつさ。……けど、それをボクはきみたちに搭載した覚えがないんだよ。だって、自分にないものは作れないものだろう?」


「その『作った』ってのがまずわからないんだけどな」


「あー……きみ、マインクラフトってやったことある?」


「ない」


「ボクもない」


 話終わったな。


「んー、じゃあレゴブロックならわかるかな」


「足で踏むと痛いやつだ」


「片づけなさい」


「はい……」


 呆れたように目を細め、神サマは指を振り上げると、弧を描くように頭上を巡らせる。


「ようはそういう感じ。素材を使って組み上げたのさ。ヒトも、モノも」


「なに言ってるかぜんぜんわからん……」


「きみが他人ヒトを好きになれないのは、きみ自身のせいじゃないってことだよ」


 放たれた一矢はなにげないようで、すとん、と胸の奥に突き立った。こいつ……


「なにを知ってる」


「そんなに威嚇しないでほしいな。子犬みたいでかわいがりたくなっちゃう」


 神サマはにたにたと頬杖をついて悪い大人の笑顔を浮かべ、掲げた指を下まぶたに添えた。充血した眼底が剥き出しになる。


 あっかんべーのゼスチャー。


 なめやがってよ……。


「大したことは知らないさ。視えることを言ってるだけ。──告られたんでしょ? つきあっちゃえばよかったのに」


「それが姉になりたてのやつからじゃなかったら考えなくもなかったけどな」


 昨年親父が再婚して、俺には母親と姉ができた。


 産みの親とは死別だったから、欠損家庭と呼ばれる中じゃ円満なほうだったんだろう。


 新しい家族の人ら、父子家庭こっちとは比べものにならないくらい厭な目にあってきたらしいからな。


 その上で、母親は寄りかかる先を見いだした。ならこちらも、と姉が考えるのは自然なことではあったのだろう。

 問題を解消するのに身近な対象を利用するのは理に適っている。


 ……寄りかかられる側の耐久値を勘定に入れていなかったのは目利きが悪いと言わざるを得ないが。


「自立志向の強いヒトほど見えてる地雷に引っかかりやすい傾向があるよね」


「俺はろくでなしの自覚があるけど地雷って言われるほどじゃねえよ!」


「『私はいままでうまくやってきたのだからパートナーを選ぶ目も確かなはずだ』こういう心理状態、なんだっけ、正常性バイアス?」


「俺のこと災害扱いするのやめてくれない?」


「実際、災害みたいなもんだよ。人間じゃないものに目をつけるなんてさ。ついてないねぇ、お互いさまだけど」


 同情めかして「なむなむ……」と拝んだあとで、神サマは不意に窓の外を指さした。


「ときにきみ、霊体アレらがどう見える」


「どうって……」


 二階建ての洋館、ない足場を踏みしめて黒目しかない眼で覗きこんでくるヒトのようなもの。


 あたまが大きく、眼の数は右と左でみっつとよっつ。口と鼻は存在していなかった。

「色のはなしだよ」──差し挟むように、声がする。


「そりゃ……蒼く見えるが」


 得たり、とばかりに神サマは口唇を歪める。


「『掃除用具』は持ってきてるね?」


「ああ、まあ」


 夜はオバケがいっぱい出るからな。


 カバンのファスナーを下げる。


 中身はほとんど職場に置いてきたから、傾けて転がり落ちるのは二、三個ほど余った翡翠色の石ころのみだ。


 手のひらサイズで、勾玉状。ひどく硬質で、靱性に富み、落としても割れることがない。


「それは骨灰だよ」


「? ああ、合成ダイヤモンド的な?」


 なんか遺骨を鋳溶かしてアクセサリーにするサービスがあるとか小耳に挟んだな。


 俺は骨は骨として慈しむタイプだからあんまし興味ないが。


「霊媒のね」


「あ?」


「じゃないと干渉おそうじできないだろう?」


 ここで云う掃除とは、境内に吹き溜まる霊体オバケの除去を指し示す。


 石をぶつけると吸収されるみたいに消えて、残った翡翠石は玉砂利と混じって地面の一部として再構成される。


 最初のころは大変だったな……。おかげで一度でもサボるとどうなるかの実感は湧いたので得難い体験だったとも言えなくはない。


 多すぎる。二度とやりたくねえ。


 でもそうか、オバケに質量がないならぶつけられるのはなんだって話になるか。


霊媒みえるひと、っつーか神子オレっていったいなんなんだ……?」


「菌糸類だよ」


「うん?」


「冬虫夏草っていいよね」


「わかった、説明する気ねえな?」


「んー、寄生植物の株分けというか、この島自体がいまなお生き続ける恒温動物の肉体を基礎部分として構成されてるんだよね。なので年中通して高温多湿。その上に根付いたカビみたいのが霊媒ボクらであり、植生だ。本質的に、霊媒とは植物に似通った性質を持つんだよ」


「うむ……」


「霊を視るというのは光を視るということだ。植物は光合成するよね。その逆。日光を受けて二酸化炭素を酸素に還元する機能の反対は呼吸だ。──霊能。それは、呼吸いきするみたいに自然に、霊、つまり魂を扱う技能を指すわけだね」


「ほう……」


「少し踏み込んで話そうか。死した霊媒の骨灰の色が翠なのは、霊媒の体に葉緑体に似た細胞小器官が組み込まれているからだ。ボクは脳緑体のうりょくたいって呼んでる。霊媒のうりょくしゃの髪色に変化が見られるのは脳緑素のうりょくそのせいだね。きみの髪は赤茶色でそんなに不自然じゃないけど、植物由来の色素だから、青だったり緑だったり、あるいはピンクだったり、人体にありえない色が表出する場合もあるから、多く迫害の歴史を辿ったわけだ。染色のバリエーションと文明の発達で受容の精神が育まれつつあるのは喜ばしいことだね」


「そっすね。やったあ!」


「きみ適応能力偉いヒトの話テキトーに聞き流すのうまいね。社会出てもやっていけそう」


「そんな! ぼくなんかまだまだですよ!」


 なんか知らんが褒められたっぽいから乗っておくぜ。


「まあそのうちボロ出るからヒトの話はちゃんと聞いといたほうがいいよ」


「あっはい。……ごめんなさい!」


「そうだなあ」


 と神サマは頬杖をついて片目を瞑る。


「たとえばここに来る前に言っていたこと──暁兎アキトの『高校辞めればいい』、っていうのは『バイトもあるんじゃ通うの大変だから、浮いた時間で自主勉強して高認取ったらどう?』って意味じゃない?」


「ああ、言われたっすね。でも学費払ってもらってる身で辞めるのは身勝手だから……」


「払ってるほうが言ってるんだよ。頑固ものか」


「しかし神主やるんなら学部とか決まってるしな……。資格って取んなきゃなんだろ?」


「実態はともかく一応神道ってことになってるからね。自治体として社会に組み込まれている以上規定には沿わないとだけど、宮司がいるわけだし、首長も選挙制に変えていこうって流れがあるから必ずしも道は一本じゃないって、そういう話だよ。


 ……少し年長者っぽいことしようかな。バイト雇ってみなさい。希望者すぐ近くにいるよ」


 言いながら、神サマは服の袖から野球ボールを取り出した。


「あっ、そういやそれがあった!」


「忘れないでねえ。あとそろそろ祓ったほうがいいかな」


 首が伸びていた。頭が風船のように肥大している。表皮に貼られたシールみたいに眼が引き延ばされて、ぴり、と裂けた目尻から血が流れている。


 その色はあおく、茎を折り曲げた植物が垂らす汁のようだった。


 ぼんやりと蒼く燐光する多眼のモノはすでに窓から内側に侵入している。結界とかねえのここ。


 声は聞こえない。


 というより、口がないから俺が『利けない』と判断しているということなのか。


「教えてあげる。霊媒は、やめることができる。きみのお父さんがそうしたようにね」


「……親父のこと知ってんのか」


「付き合う手前の幼馴染みみたいなものだったよ。ぽっと出のヤツに取られちゃったけどね」


「いや親のそういう話聞きたくね~!」


 母親の記憶ぜんぜんねえけどアグレッシブだったのかな!


「思春期だなあ」


 と呆れたふうに言い、神サマは両手を上げると指をひとつずつ立て、


「ここで二者択一問題を出そう」


 と言った。

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◯月十三日の金曜日 さくご @sakugo_sakusaku777

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