階段島シリーズが好きです。あとサマータイムレンダを読み返しました
2.
山中に参道として設置された石段は数えたことないが百段は下らないだろう。
膝と肩に多大なダメージを受けながらのぼりつめた先、朱い鳥居をくぐれば、石畳に舗装された境内の景色は、びっしりと蒼に染まっていた。
……。うむ。
「やべーな、本持ってきすぎた。肩痛え」
必要以上の大声でひとりごちながら、俺は視線を下向きに固定しながら参道を直進する。
手水場に寄ってもよかったが、参拝にきたわけではないのでそのまま社殿の中に入る。
ほかのところがどうか知らんが、社殿内にはふつうにヒトが生活する空間が存在し、俺はそこで手を洗い、うがいをし、「あとで掃除するからどいてろよ」と声をかけ、「はーい」と絶対聞いてない生返事をBGMに作業着に着替え、社殿内に風を通すべくまず窓を全開にしていく。
すると見晴らしのよい景観を阻害する要因が目障りだ。手っ取り早く社殿の外の掃除を済ませてしまう。
景色に散らばる蒼を消去する
夕暮れの朱と、夜闇の入り交じった紫の空。白の石畳に散らばった翡翠石を掃き、参道脇の砂利と区別がつかないように均した。あとは、社殿の中の埃を落とすだけだ。
中で暇そうにしているソイツが邪魔なので「ちょっとどいてろ。終わったら持ってきたそれ読んでいいから」「わーい」とカバンから出した漫画を餌にして居住区から一時追い出し、俺はこたつの毛布をまくり上げ、畳の上に敷いたマットを掃除機がけする。
日用品を除菌シートで拭って、本殿の床でごろ寝するヤツを呼び戻し、そちらの埃も落としていく。
神サマは今日もいない。おみくじとかは売り子さんいるし、賽銭泥棒対策に見回りの警備員も雇っている。社殿の中に入ることが許可されているのが俺だけってだけだからな。
べつに許可されてないけどいるやつはいる
が、些細な問題なので気にする必要はない
トイレ、風呂、水回りをざっと掃除し、ゴミをまとめておく。それで、俺に割り当てられた職分は終わった。窓を施錠し、「またあしたー」という声に「そうだな。……いや、あとで戻るかもだ」と応じながら、俺は社殿の裏口から出て、鍵を締めた。
石段を下る。境内は古木の切り株がひとつ残されているだけで、視界は開けていた。だが山道は常緑樹が生い茂っていてひどく鬱蒼としている。傾いて消えかけの陽射しも星明かりも届かないくらやみなのもあって、のぼるときはそこまで気にならなかったが、段が苔生して滑りやすくなっている。
これも整備しないとだな。業者呼ぶか……? 参道だけでも頭上開けてたほうが無難だし、オッサンに相談してみよう。
焔花島の気候は高温多湿、火山活動の結果、溶岩流の堆積によって生まれた島……本州は言うに及ばず、ハワイとかこことは音が同じ桜島もそうか。
南国ってまではいかないが、どうも成り立ちはそっちに近いらしい。近いけど若干差異があり、動物の死骸かなんかの上に灰が降り積もり、さらにその上を固めるように土壌が形成された、というのが現在の通説となる。
国外の大学で植物学(だっけ?)を専攻していたという
もっとも、おかしなことに、この島にマグマ溜まりも火山口も存在しない。
その灰は、どこからきた灰なのか?
……まあ、噴火によって漂着した軽石が浮島を形成する事例もあるそうだ(ググった)。研究熱心な学者さんがたがそのうち解き明かしてくれるだろう。
荷物を置いてきたので肩にかかる負担はずいぶんと軽くなった。代わりに入れた掃除用具が中でぶつかってかちゃかちゃと音を立てる。
スマホのライトで足下を照らしながら、そういや着替えんの忘れたな、と作業着の襟が首にこすれるのを意識していると、階段の最後の一段を踏み終えていた。
ギャラリーを開き、さっき撮っておいた中林の落書きを確認する。
書いてある住所を検索すると、実際ここから五〇〇メートル圏内にあり、中林の家も八〇〇メートル圏内で、寄り道というのはどうやら嘘ではなさそうだ。
まあ俺の下宿先は反対方向なんだけど。
……門限、絶対間に合わんな。
あっちで連絡入れてくれるっつー話だが、一応暁兎のオッサンに『寄り道して帰る』とだけメールを入れて、俺はスマホをスリープモードに移行させた。
モバイルバッテリー買っといたほうがいいな。バイト代入ったら電気屋行くか。そんなことを考えているうちに、目的地にたどりついた。近ぇ。
住宅地から離れた一軒家。
たしかこの島にヒトが住み着いたのが四〇〇年前だかで、そこの開祖が星野、火宮は傍流だがどちらにせよ古い家には変わらんだろう。
その旧家の関係する家っつーからなんとなく武家屋敷みたいな平屋を想像してたが、現実に建っているのは二階建ての洋館だった。
……当たり前といえば当たり前か。近くても国交が断絶していれば文化圏も違うだろう。
……、いや?
最近建ったとこでなくても生活様式は似通ってるし、言語面も特に不自由した記憶ねえな……。
なんならここに洋館あるのおかしいまであるしな。開発指定区域の均質化の流れにはそぐわない。つうか神社の近くに建てるものじゃねえだろ。
……どんな物好きが住んでいるのやら。
赤茶けた煉瓦で構築された塀の上には有刺鉄線が張られ、壁に沿うようにバラ科植物の蔓が伸びている。
格子状の門扉は俺の背がまるで比較にならないほど高く、三、四メートルはあるだろう。
脇にはカードキーのセキュリティセンサーと思しき装置とインターホンがつけられているのみで、所在地を示すようなものは見当たらなかった。
……ここで合ってるよな? 住所は間違いないはずなんだけど。
「……切れたし」
確認を取ろうと中林に通話を申し込むが、都合がつかなかったのか呼び出し音が鳴るか鳴らないかのうちに切られた。
ふむ。
まあ、とりあえずチャイム鳴らして用件だけ聞いてもらう感じにするか。人違いだったら謝りゃいいし。で、その後の対応はセンセイにぶん投げる。
……よし、それでいこう。
俺はインターホンのスイッチを押した。ビーーー、と、バスケットボールの試合で使うブザーの音に近い、来訪を告げる音が広い庭に反響する。
警笛さながら、歓迎よりも、威嚇の意図のほうが強い感じだ。招かれざる客だってのは確かだが、こう脅され続きだと未成年傷ついちゃうぜ。
音の尾が途切れた数秒ののち、インターホンの向こうで操作音が入り、こちらの端末に音声が受信される。
『……どちらさまでしょうか』
「灰谷サマです……っと」
うっかり名乗っちまったけど、はて。そういやおつかいとだけ聞いて内容知らねえな。
まあいい、インターホンにはカメラがついてるし、こっからは見えんがこんだけ広い敷地だ、監視カメラもどっかしらにあんだろ。
なにしろ関係者だってことを見込まれての依頼。身元を隠すところではなくここは立場を明確にするべきところだろう。
自己紹介はちゃんとしなくちゃだな。
「……すんません、
『素敵な言葉遣いですね』
いじめだ。
『聞かない名前だと思えば、そういう素性でしたか。……さて、ミズキからはそのうち挨拶に向かわせる子がいる、との報がありましたが。あなたがくだんの子ですか……』
カメラ越しに、じろじろと見定めるような視線を含んだ沈黙。
ミズキ、とは
「『子』って言うけど、聞いた感じ、アンタ俺とそう
『おや。そう聞こえますか』
「え、違うんスか?」
十代みたいに聞こえる。
『十四ですが』
年下かよ。なんで溜めたんだよ。いや、立場的はあっちが目上なんだろうからべつに態度変える必要はねえんだろうが。勤労少女、偉いぜ。
まあ俺も働いてるが……。うっかり着替えそこねてたけど、ドレスコードとかあんのかね。ダメって言われたらそんときゃ帰ればいい話だ。
「で、入れてもらえんですか?」
『……少々お待ちください。主人に確認して参ります』
「うす」
通信が途絶える。……このあいだにこっちも用件確認しとくか。さっきぶっちぎられた通話アイコンをタップ。呼び出し音が数秒、ぷつ、と今度は受理される。
『電話したいならその旨を事前にメッセージで告げるのがマナー』
「謎マナー講師……」
教師だけどな。
「や、あんま時間ないんで繋がらなかったらそれでいいや、と」
通話先の送話口、背後でざわざわと喧噪がする。
「? なんか騒がしっすね。どこいるんスか?」
『病院だけど。月のものが重くて……』
「せ、せくはら!」
『興味本位でプライバシーを暴こうとしないこと。それで、本題は?』
くそ、教訓っぽくかわされた……
「あのっすね。いま屋敷の前にいるんスけど、そういやおつかいってことだけ聞いて中身抜けてたなーと」
『……言ってなかったっけ?』
「おい……」
『ド忘れしてた、ごめんなさい』
「まあ……謝んならいいっスよ」
『ありがとう』
くすり、と笑む気配。
『大した話じゃないんだけどね。失くしものしちゃって』
「はあ。どういう……」
ことなのか、ものなのか。二重に意味づけて問いかければ、教師は
『ボール』
と一言答えを返す。
「なんすかそれ」
『だから野球ボール。門の外で遊んでたら敷地内に入っちゃって。私、社会人で立場あるから怒られたくなくて……』
「それで脅して生徒に行かせんの、バレたら懲戒処分じゃねえの!?」
『私学だから融通きくもん……』
もんじゃねえが。もみ消しじゃねえか。
思ったより最悪な理由に語気を荒げていると、こちら側でインターホンに通信が入る。
『──灰谷さま。主人からの伝達です。「入っていいよ!」とのこと』
「軽っ! いや許可くれたところはありがたいんだけど、門前払いでけっこうっつーか」
入りたくないな。俺も怒られたくないので。っていうかいつのまにか通話切れてる……あ、あの女ァ……!
すかさずスタンプ爆撃をしかけたらブロックされた。大人はいつだってぼくらとの対話を拒否する!
「っていうかなんか聞いてません? 遺失物預かってるとか……」
『「真顔でスマートフォンを連打する姿はなかなか鬼気迫るものを感じて、正直許可を取り下げたくなったよ」だそうです。門の外で立ち尽くされるのは目障りなので、帰るならば帰る。入るならば入る。そちらの自由意志次第だと、勝手ながら判断いたします』
「勝手に判断していいんすか」
『対応はこちらに任されております』
むぅ、じゃあ帰っていいかな……、しかし補講がな……。
や、こっちくるぶんは点数関係ないんだっけ。帰る理由しかねえな。
「あんたはなんも聞いてないんすね?」
『主人からは、なにも』
こっちからはなにも引っ張り出せない、と。捨てられたか、どうかしたか。
責任者の対応待ちだな。
「じゃあ入れてくれます? さすがに人の持ち物聞いといて知らんぷりはできねえ」
大人って疲れてるからそういう日もあるんだろうな、としみじみ思う今日このごろだ。
『横暴な目上がいると、苦労しますね』
「なにしてんだボケがとは思う」
含む笑みをこぼす気配。
ロックが解除される。
ひとりでに門扉が開いて、内側に空気を取り込んでいく。
よく手入れされているのか、軋む音すらほとんどしない。ただ、視界がひらけるだけだ。
格子の隙間から見たより思いの外殺風景だ。
金持ちの庭だから芝生が敷かれているものだと思いこんでいたが、等間隔に茂った植樹林を脇に添え、歩道にはアスファルトが敷かれ、車道部分は再生ゴム製のブロックで舗装されている。
様相としちゃ国会議事堂みたいな感じだ。
車道と歩道は生垣で分けられていて、俺は歩道を通る。
暁兎のオッサンに渡されたから興味本位で読んだ聖書にアスファルトって単語が頻繁に出てきて驚いたのを思い出す。
紀元前からあるんだな。発見した古代人、偉大。それに比べて現代人はよお……!
俺は消費行動の加速する資本主義社会への憤りを表明するとともに、神話時代より文明を築き上げた過去の残像を踏みつけている無自覚を思い返し、おのれを恥じた。
ところで俺は生垣を作る植物の名前を知らない。常緑樹っぽくはある。そんなもんだった。
あとで調べるか、とメモ帳アプリを立ち上げて『生垣 ググる』と打ち込んだ。それきり視線を切って、洋館を臨む。
二階建てなのは遠目にも見えたが、そのうしろにもうひとつ館が建っていて、どうやらそちらが本丸のようだった。
寂れ具合が違う。
くすんだ窓ガラスに補修跡があるが、外部から刺激を加えられたのではなく、たんに経年劣化で脆くなったのだろう。
窓に灯った光はなく、ドアは蝶番ごと外され、トンネルみたいに穿たれている。
住居ではなく、砦か、門のような役割なのか。どこの戦地?
「使用人用の離れですが」
「うわびっくりしたぁ」
灰鼠色に劣色したレンガ造りの壁……というかコンクリで塗り固めてるっぽいなこれ。その上でヒビが入ってる。
割れた窪みにキモめの虫が棲息しているのをうへぇと見ていると、階上から声が反響しながらに降ってくる。
足音はなく、埃を払うような、かさ、とした音が断続的に起き、やがて床で止まる。
「私がドアを開ける腕を持ちませんので。外観はこうですが、中はそれなりに住みよいものですよ」
声が低い。周波ではなく、その位置が。
「案内を仰せつかりました。アキラと申します」
這うようにして顔を覗かせたその女には、足がなかった。というより、腕が足だった。都市伝説に云われるテケテケってやつに似た感じだ。
「言い忘れていましたが、十四というのは享年ですので、悪しからず」
この島には、神様と、幽霊がいる。
まあ、どっちも視えないって点じゃ似たようなモンだろ。
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