◯月十三日の金曜日

さくご

◯月十三日の金曜日 nächsten Tag

補習仲間が現役アイドルだったらしいんだけど人間を信じていないのでいまだに嘘だと思ってる(※ググったら出てきた。消息不明だった)



      0.



 つまるところ、俺は幽霊じぶんに恋をしている。

 それは、いけないことなのだと思う。



      1.



 予兆があったとするのなら、その日が十三日の金曜日だったことだろう。


 補習終わりに教室に戻って身支度をしていると、前方の入り口から声がかけられる。


「と、まだ残ってた。……灰谷はいたにくん、なぜ校内で堂々と漫画を読んでいるの」


「精神をととのえてんスよ」


 俺はしおりをはさんで、読んでいたシリーズものの漫画を閉じた。


 電子書籍はバッテリー食うし、出先で冊数読むなら物理媒体のが選択肢として合理的だ。


 まあめっちゃかさばるけど、荷物なんざ漫画しか持ってきてねえから問題ないのである。


「そのしゃべりかた、やめて」


 補習常連で顔なじみになったそいつ、中林なかばやし亜華あかは不快げに細い眉をひそめる。


「はあ。失礼でしたかね、中林サン」


「……べつに、そういうことでもないけど。たんに、私が聞きたくないってだけ」


 どうにも歯切れが悪い言い方だ。プライベートに関わる問題なのか。


 正直興味はあるが、踏み込んだことを訊ねられるほど親しい間柄でもない。


 要望に沿って口調を変えたが敬語ってよくわからんな。


「ぎこちない……しゃべりづらいなら無理に変えなくても。いまはふたりしかいないし、タメ口でけっこう」


「ええ……嫌ですけど。俺、そういうキャラじゃないんで……」


「……キャラ作り、気にしてたの。転校したてで補習漬けじゃあ、人間関係の構築どうこう、前提段階で終わってない?」


 憐れみの目を向けてくる中林に


「レベルに合ってねえのは自覚してますよ」


 と肩をすくめて応じる。


 まあ、要努力といったところ、それが実を結ぶかは神頼みってやつだ。


「つーか、不可抗力なんですけどね……知ってんでしょう。社殿の管理維持は神子オレの役目だ」


 俺たちの棲む焔花サクラ島には神様がいる。


 そして俺は、神とヒトとの仲立ちを期待されて棲息を許されている。


 会ったことねえけど。でも、どこにいるのかってのは知らされている。


 焔花大社っつードデカい神社、山ん中だから遠いし毎日通いだしで、俺の放課後の予定は埋められてる。


 一応、宮司はべつにいるんだけど、暁兎あきとのオッサン、そりゃあもう忙しいらしいし、バイト代は出るから諦めて労働に勤しむほかない。


 おかげさまで、成績は落ちる一方だし、友人作りなんて以ての外である。


「社ん中いつもカラなんで、ほんとに神サマってのがいるのかは知らねえですけど」


「神様は土の下に根付くモノ。居る場所なんてさじ加減ひとつでしょう。いつおわしてもいいようにするのが管理人の役目じゃない?」


「……? そう、すね。あ、いや、ですね」


 やけに確信的な口振りだが、そういや中林こいつ、生まれも育ちもここなんだったか。


 いや、クラスの構成員は俺以外だいたいそうだが、そうでないものも校内にはちらほら含まれる。


 中林がそうでないのはけっこう意外だったから覚えていた。


「ま、きついんなら学校辞めりゃすむって言われてはいるんですが」


 それじゃつぶしがきかねえし、俺はこの土地で今後の人生を浪費するつもりはない。絶対に逃げ出してやる……。


 って、これこいつの前で言っちゃだめじゃないか?


 やっべ……と上目に窺えば、気にするふうもなく天板に手をかけ、


「バイトの子でも雇ってみたら?」


 と言いながら放り出された漫画を取り上げた。


「代わりがいねえから俺が……」


 って、まあ、事務関係なら外注でもありか。


「あー、そうすね、オッサンに相談してみますか」


 俺はスマホを出して連絡先を探しがてら時間を確認する。そろそろ……だな。


「もうバイト行くんで、それ返してくんないですか? 暗くなるとオバケいっぱい出るし、門限破っちゃうし……」


 居候の身はつらいぜ。まあべつに暗くなくてもいるところにはいるんだが。あんときのおっさんとか。


「バイトって、キャンセルできる?」


「? 仮病使ってバックレたことは何度かありますけど。穴空けるわけにはいかないんで、せいぜい遅刻の言い訳程度ですよ。一日でも空けたらどうなるかっつーのは、わりと脅かされてるからまあ、休めねえですね」


「そう、なら終わったあとでいい」


 奥付の余白になにやら書き書きと……


「ってぇ、なにしてんだアンタ!!!!」


 っつうか油性マジックじゃねえか。思っきし裏移りしてるう……。


「こっちがおつかいの住所で、」


 中林は素知らぬ顔でメモの内容をそらんじた。


「こっちが私んちの住所。コトが済んだら来て。渡したいものがあるから」


「ちょいちょいちょい、」


 いままでこんな言葉遣いしたことねえんだけど、だいぶ混乱してんな俺……


「勝手に予定決めねえでもらえますかねぇ! ってか門限あるっつってるでしょ」


「気にするのそこなの。まじめ……」


 中林は吐息した。


「心配しないで。こちらから連絡入れておくから。そもそも、行ってほしいのは御山おやまのすぐ近く、私が入れない場所」


「アンタが入れないんじゃ、俺が入れる道理もねえだろ」


「入れない理由は、」


 と、中林は指をひとつ立てた。


「私有地だから、というのがひとつ。もうひとつは、所有している名義が『火宮』だから。地元の権力者に楯突くと住みづらくなるのは田舎の常識」


 どこもそうなんだろうか。嫌な常識すぎる……


「で、俺にお鉢が回ってくるわけか」


「跡取りなんでしょう? なら、どうとでも言って入れるんじゃない?」


「……場所次第だろ。どっちつかずの跡目候補だし、いまんとこ、俺自身になんかの権利があるわけじゃねえんで」


「そう。ま、そっちはダメだったらダメでいい」


 軽く言い、念押しのように続けた。


「いい? バイトが終わったら私の家に来て。これは決定事項」


 差し向けられた指、マニキュアの塗られた尖った爪は光源を鈍く反射して実に凶器的だ。


 脅しじゃんね。


 俺がこの島に来てから会ったの、まず脅迫から入るヤツしかいない気がしてきた。


「断ったらどうなる」


「さっきの補講で配った小テストだけど、採点したら合格点に一問ぶん届いてなかったな~」


「…………そっすか」


 まあ、俺が悪いなそれは。


「提案を呑んでくれたのなら、目を瞑らないこともないけど……」


 まったく、なんと卑劣な……


「マジすか。やります」


 中林は「よろしい」と満足げに微笑み、取り上げた漫画を返してくる。


「ところで、さっきから敬語外れてる」


「む……教師センセイ相手にマズいですかね」


「タメ語でいいって言ってるでしょ」


 つん、と顔を背け、数学教師・中林亜華副担任は長い髪を翻して歩み去る。


 その拍子に、インナーに入れたカラーアクセントが垣間見える。


 色がブルーなのは、自分の名前が嫌いだからか。


 最初の自己紹介の時に『“あかちゃん”って呼んだらころす』っつってたしな。


 脅しじゃんね(二回目)。


「そうだ」


 教室を出る間際、中林は立ち止まって半身だけ捻り、こちらを向いた。


 タイトスーツが映える痩身、振り向く角度の関係か、服の上からわき腹を支える肋骨が浮いて見えた。


「……どこ見ているの」


「や、なんも?」


 骨フェチなんだよ。


「……」


 どことなく警戒度を強めた目つきで胸元をかきあわせる教師。


 そんなとこ見るかよ。脂肪分は燃えりゃなくなっちまうからな。皮も肉も消えれば残るのは骨だけだぜ。


「せくはら」


「……視線が不快だったんなら謝りますけど、そっちはパワハラだろ、センセイ。つか、器物損壊……買ったばっかなんですけど、これ」


「ごめんなさいね。ちょうど違反物持ち込みの生徒が目の前にいたものだから……」


 校則は法律に勝る。それが学校という場における不文律ではあるが、


「ここそんな校則ガチガチでもねえだろ」


 休み時間とか、ふつうに雑誌開いてるやついるしな。


 氏族経営の私立校だから融通がきくって話で、俺が入れられたクラスの空気はそれなりに緩く、よくも悪くも期待されていない感じがあった。


 俺当主候補らしいからいずれは経営にも関わるんだろうか。無理そう。


「俺の楽しみが汚された……ベンショーッスよベンショー」


「仕方ない……」


 ものっそい億劫そうにため息し、中林は踵を返すとつかつかと歩み寄ってくる。


 金銭のやりとりはアウトくさいから冗談なんすけど。


「不逞のヤカラに教えるのは気が進まないけど、」


 タイトスーツのポケットからスマホを出すと、コツン、と液晶画面がこちらを向くように立てて、中林亜華は連絡用アプリケーションを起動し、QRコードを表示させた。


「ほら、読み取って。用事終わったら連絡ちょうだい」


「あー、俺それ入れてねえわ」


「……。だから友だちいないんだよあなた」


「教員にあるまじきチクチク言葉だろそれ。容量に余裕がねえ……って、それはこっちくる前の話だったか」


 家を出るときに使ってたスマホは置いてきてしまった。なので、いま使っているものはこちらにきてより買い与えられたものだ。


 生活必需品だからな。


 俺はまあ、親父との定期連絡、直属の上司であるオッサンらとの連絡手段として使う以外はアラームと時計と検索と電卓機能、……なんだかんだけっこう使ってんな。でもなあ、


「SNSって、時間吸われるだろうからあんま好かねえんだよ。身内相手ならメールと電話でもそんな料金かからんし」


「交友関係を広げる意思が一切見受けられない……いいからいま入れなさい」


「待て。Wi-Fi飛んでるとこじゃねえと通信制限ギガが……」


「職員室いきましょうか? パスワード教えるから」


「……」


 そこまでされるのは恐いな。


「わかりました。ストア行きゃいいんですね……」


 アカウントを作成し、連絡先を交換。プライベートに踏み込まないという暗黙の了解はどこにいったのか。


「…………」


『ともだち一覧』にひとつだけ表示されたアカウントを見て、俺はなんとなく、後戻りできない空気が醸造されている気配を感じ取った。


「じゃあ、俺いくんで」


「あ、そうだ」


「なんすか」


 そんなわけないのにな。


「家には、私ひとりだから。遠慮しないでいい」


「その情報いらなかったな……いや、家族いるって言われても困るけど!」


「ふふ」


 と中林はあまり表情の動かない細面にえくぼをつくると、今度こそ教室を立ち去った。


 ……いや、弁償っていうか押し売りだったなあれ……。

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