分割2クールアニメ、途中で追うのやめがち


      ☆




「──ってのがこないだあったっす」


「なるほど。私を視ても動じなかったのは、すでに耐性がついていたからなのですね」


 俺たちは『トンネル』をくぐり、本館の内部にいた。


 等間隔に配列されたランプのオレンジの光が影を揺らす。

 影はひとりぶんしかなく、毛足の長いカーペットを沈み込ませるのも足跡のみだ。


 実像のない案内人は両儀式が着てるみたいな薄い生地の着物、浴衣っていうか長襦袢? を尻尾みたいに引きずっている。


 聞けば、


「断面が見えないように」


 とのこと。


 腰より下の下肢がないのであれば、たしかに『中身』が見えるだろう。

 人体を蓋として捉えたことがないから盲点だったぜ。


 襦袢の色は白く、死装束じみていた。


 溶け込むような白地の帯には赤糸で刺繍がされている。

 花の絵で、曼珠沙華という選択がいかにもな感じだ。


 此岸彼岸の橋渡し、案内人とはそういう意味か。文化圏どこだよここ。


「ミズキのやつにヘドハン食らったときに視たのもけっこうなモンだったっすけど」


 いっぱいいたトライポフォビア。まあ、そっちは慣れたけどな……。


 俺はてけてけと床を這い蹲って進む案内人を歩きながらに見下ろした。


 歩行によって互い違いに隆起する肩胛骨が羽のようだ。


 手押し車の要領でピン、と張られた背筋には脊椎が浮いて見えた。


 肩から伸びて緩やかに歪曲し、骨盤に沿って再び盛り上がりかけたところで断ち切られている。


 だから、曲がらず、真っ直ぐに見える。

 帯で隠れているってのもあんだろうが、見事なもんだと感心してしまう。


「なにか妙な視線を感じる……」


「あーいや、髪きれいっすね。俺天パだから羨ましいっす」


「とっさにすらすらよくそんなでまかせができますね。褒め言葉と受け取っておきますが」


「嘘ではないんすけど」


 ホントのことも言ってないだけだ。猫毛、好き。頭蓋骨のかたちがよく見えるから。


「最低ですね」


 軽蔑するようなまなざしをして、ボブカットの案内人はつん、とそっぽを向いた。


 目、鼻が大きく、眉は短くて太く、面長の輪郭、いわゆる犬顔ってやつだ。

 冷ややかにしていても、どこか突き放しきれない甘さを感じる。


「つーか心読んでね?」


「読んでる、というか……そもそもですが、視えるなら聞こえるもの・と思考停止していませんか?」


「……? あー、そっか。幽霊って実体ないんだもんな」


 振動源がなけりゃ鼓膜に音が伝わる道理がねえか。


「光子として実体はあるのですけどね。ただ質量を持ちませんから、自ずから影響を及ぼすことはありません。認識とは虚像の補完ですから、脳が『言っているように感じる』──そういう錯視です。


 視える、ではなく視える。言葉を交わしているように思いますでしょうが、それはあなたの頭の中で結ばれた、鏡の共振作用にすぎません」


 ヒトはヒトの言葉を思いたいように思うものだ、みたいな話だろうか? いや知らんけど。

 学習できないやつはだいたい思いこみで話進めてるから気をつけたいな。


「でもインターホンで聞こえたのあんたの声だよな。視えてなかったけど聞こえてたのはどういった理屈だ?」


 心読まれてるんなら慣れない敬語使う意味もねえか。


「視ているのは、あなたばかりではないということです」


「あん? 霊媒ってのは俺ひとりじゃねえのか」


「霊媒は、もともとお一方しか存在しません」


 いつしか扉の前に立っていた。


 樫製の重厚なつくりで、漆が塗られてつやつやと光沢を放っている。

 ノブは金属だが鉄ではなく、もしや青銅だろうか。


 真新しい十円玉というか導線の色というか、うーむ教養のなさが露呈するな。とにかくあんな感じの色だ。合金はロマンだ。


 脇に備え付けられた呼び鈴を押すように指示されたので(ふだん手が届かないのにどうしてんだろうな)押すと、ふたたび、ブザーめいた音が手元で発生する。


「主人の名を告げておりませんでした」


 いやがらせかな、と眉をひそめる俺の足下で、案内人は職分を果たすようにしとやかにくちびるを開く。


火宮ひのみや焔花サクラ。このクニの統治者を任じるものです」


 ようするに神サマなわけだ。騙されたよ。知ってたら入ってなかったな。


 入っていいよ、と声が聞こえた。


 それもまた、実体のない錯覚にすぎないのかもしれないけど。

 聞こえなかったことにしていい? ダメ? だめかー。はい、入ります。


 俺はノブに手をかける。とたんに静電気が走ってばちっとなったので痛っとなって気力が萎えた。


「見てるとおもしろいですね、あなた」


「うっせえ!」


「ヒトの部屋の前で騒がないでほしいな」


「ごめんなさい!」


 乾燥した空気は敵だった。

 除湿器効かせてんのか、なんならクーラーも稼働させてるのか、この中やたらと寒いんだよな。


 肌着と変わらぬ着衣率で平然としている案内人は、たしかにヒトではないのだろう。


 俺は、はあ、とためいきする呼気でついでに手のひらを湿らせ、ノブを捻り、中に入った。

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