推し、国民の父親になる

名瀬口にぼし

推し、国民の父親になる

 大学から帰ってきてすぐに、私は宅配ボックスに入っていた箱を開けてテーブルの上に中身を広げる。

 届いたのは、男性アイドルグループ『ヤマトイチ』のサード・シングル『キミと天上天下』の百枚分である。


 私はCDを一枚一枚開封し、封入されていた特典券のシールを専用の二つ折りのハガキに貼る。

 三角形の小さなシールであるが、ぎっしりと隙間なく並べば壮観だ。

 約二時間かけて百枚のシールを貼った私は、アルバイトの給料を全額注いだ結果の彩りを眺めて、満足して息をついた。


(これで私は、クチタケくんの子供が産める)


 ヤマトイチのサード・シングルの特典券は、百枚集めると希望するメンバーの精子をもらうことができる。地下アイドルの場合は本人から直接もらえることもあるらしいのだが、ヤマトイチは真っ当な大手企業の大人気国民的アイドルなので、もらえる精子もクリーンで清潔な培養凍結精子だ。

 最近の人工授精の成功率は100%に近いので、ちゃんとしたクリニックで授精すれば私はほぼ間違いなくヤマトイチの圧倒的センターで一番人気エースのクチタケくんの子を授かるだろう。


(今まで子供がほしいって思ったことはないんだけど、クチタケくんの子供なら話は別)


 私はまだいないお腹の中の子に手を当てて、釈迦如来坐像よりも完璧なクチタケくんのアルカイック・スマイルを思い浮かべた。

 クチタケくんは今の日本で一番人気な男性アイドルなので、希望するファンが全員クチタケくんの子供の母親になれば、クチタケくんはチンギス・ハンを超えるアルファオスとして名を残すのかもしれない。


(でもクチタケくんの血がこれからの日本を作っていくのは、創世神話みたいでちょっとステキ)


 これから生まれてくるクチタケくんの子供たちのことを考えて、私は穏やかな気持ちになる。


(私も絶対に、幸せにするよ)


 ハガキを端末で電子送付して、私はクチタケくんとその子供に未来を誓った。

 クチタケくんは国民の彼氏で、夫で、これから父親にもなる。

 私が推したのは、そういう人なのだ。

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