秋になれば(最終話)

 一ヶ月ほどが経った。

 あれから次郎は京子を一度も見ていない。毎晩欠かさずにヘクトーと散歩しているが、彼女が化けて出てくることはもうなかった。

 ヘクトーは河川敷の砂利道を散歩するたびに、京子をさがすような素ぶりを見せる。それは次郎も同じで、つい河川敷に目が彷徨う。もう出てこないとわかっていても、ふと彼女をさがしてしまうのだった。


 あの夜、京子は実家に顔をだすという話をしていた。その話をふまえて、年賀状や暑中見舞いの礼をことづけたのだが、彼女はちゃんとそれを実家の親御さんに伝えてくれただろうか。京子はあれで意外と抜けている。伝え忘れているような気がしなくもない。


 ところで、京子が大学三年生という若さで死んだとき、次郎は友人ありながら、彼女の葬儀には参列しなかった。京子の突然の死をどうにも受け入れがたく、参列を辞退したのである。広島にある京子の墓を未だに参っていないのも、彼女の死を認めたくないからだった。

 自分でも身勝手なしょうぶんだとほとほと呆れる。

 だが、京子が化けて出てきたあの盆以降は、次郎の心境にももろもろの変化があり、彼女の死を冷静に受け入れられるようになった。同時に日々の生活費を節約するなどして、とおの費用も貯めはじめている。もうすぐ京子が好きだった秋が本格的に到来する。紅葉が美しい季節に、ヘクトーを連れて広島まで墓参りにいく予定だ。


 確か大学二年生の秋だったはずだが、京子がこんな話をしたことがあった。

「広島にはええところがっとある。いつかあんたとヘクトーを案内しちゃりたいが、まともに歩けんウチにはきっと無理じゃろうね」

 京子の部屋に泊まった日のことで、ヘクトーを散歩させている最中だった。彼女はいつもどおりに杖をつき、足を引きずりながら歩いていた。

「ほんまに不便な足じゃ。杖がないとなあんもできん。あってもなごうは歩けんしの」

「実際のところどうなんだ? その足は治りそうなのか?」

「さあ、どうじゃろうか。ようわからんね」

「なんだか他人ひとごとだな。でも、まあ、いつかは治るだろう。治って歩けるようにもなる」

「ほうじゃとええがね。もし、歩けるようになりゃあ、広島を案内しちゃるよ」

「ほう、そりゃ楽しみだ。期待しとく。ちゃんと案内してくれよ」

「いや、あんまし期待しなさんな。治るかどうかわからんしの」

 そう言ったときの彼女は、どこか楽しげな顔をしていた。


 彼女の墓には漱石の本を何冊か供えてやるつもりだ。墓を参ったあとは広島観光を考えている。京子がたびたび口にしていたくにまんによれば、広島にはいいところがたくさんあるらしい。京子の案内がないのは少々残念だが、ヘクトーと一緒にあちこち見てまわるのを、次郎は今から楽しみにしている。



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夏の散歩は夜にするとよい 烏目浩輔 @WATERES

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