第18話 思いがけない訪問

 王妃ディアナに先触れなしに女性が非公式の謁見を申し出てきた。普段なら、侍従がディアナにまで話を持ってこずに追い返すのに、何故か彼はおずおずとディアナに意向を伺いに来た。


「私のところまで話を持ってくるまでもないでしょう。いつものように追い返しなさい」


「そ、それが……名前を陛下にお伝えすれば絶対にお会いになると言って聞かないのです」


「……仕方ないわね。なんていう名前なの?」


 ディアナはその女性の名前を聞いて驚いた。――アナ・フォン・フェアラート――を聞いて驚いた。アナはマクシミリアンを阿片中毒にした張本人だからだ。


 ディアナはその名前を聞く前は謁見希望者を追い返させるつもりだったが、侍従に応接室へ通すように指示した。侍従は、本当に先触れなしの訪問をディアナが受け入れると思っていなかったらしく、訪問者を通せとディアナが命じたのに驚きの表情を隠さなかった。


「マクシミリアンを阿片中毒にしておいて、よくのこのことやって来れるわね!」


 ディアナは心底憎そうにアナを睨んだ。


「王妃陛下にご挨拶申し上げます。フェアラート男爵が娘、アナ・フォン・フェアラートでございます。本日は、突然の訪問をお許し下さいまして、真にありがとうございます」


「そんな表面上の挨拶はもう抜きにして、貴女の用件を話してちょうだい」


「恐れながら、殿下は私と出会う前に既に阿片を嗜んでおられました」


「冗談は止めて頂戴。あの子は貴女に陥れられたのよ!」


「いいえ、冗談ではございません。以前よりよくない遊び仲間がおられたようです。それももう殿下の周りにはいませんが」


「皮肉を言いたいだけなら、帰って頂戴!」


「いえ、これからが本当の用件です。王妃陛下にあられましては、国王陛下にもう1人庶子がおられるのをご存知でいらっしゃいますか?」


 アナの爆弾発言にディアナは驚きとともに怒りを隠せなかった。夫である国王フリードリヒが第二王子ヴィルヘルムを自分の侍女ハイディに産ませたことはずっと彼女の心のわだかまりになっていた。更にまだ見知らぬ庶子を夫が作っていたとなると、やりきれない気持ちにどう折り合いをつけていいのか、分からなくなった。


「なんですって!? どこにいるの? 女なの? 男なの?」


「男性でいらっしゃいます。お年は20歳」


 21年前、フリードリヒは既にディアナと結婚していた。結婚2年目にしてまだ子供ができず、悩んでいた頃だった。ディアナはまた拳を強く握りしめた。


 だがアナの話だけでは、王の庶子を認めるには弱い。ディアナは、不貞をされた妻の顔から王妃の顔になった。


「でも本当に陛下の子とは限らないでしょう?」


「いいえ、陛下が認めております。陛下は、シュタインベルク王家の紋章のついた指輪をその男性に下賜しております。それにその方は若い頃の陛下にそっくりです」


 ヴィルヘルムはフリードリヒ似だが、ディアナの実子マクシミリアンはディアナ似だった。ヴィルヘルムが生まれてしばらくして誰もが『陛下にそっくり』と言うようになり、ハイディが別の男性の子供を実は産んだのではないかと一縷の希望を砕かれた時のことをディアナは思い出して苦々しくなった。


 だがフリードリヒがその男性を認知しているのなら、自分の個人的な気持ちよりも問いたださなければならないことがあるとディアナは気持ちを切り替えた。


「それで彼は今、どこにいるの?」


「ミッドランズ王国です」


 ミッドランズ王国は、今、シュタインベルク王国と敵対関係にある隣国である。


「その男性の母親は誰? どうして貴女がそんなことを知っているの?」


「お待ち下さい、順序立ててお話します。その男性の母親もミッドランズ王国にいます」


「貴女がその情報を知っている理由も話しなさい」


「せかさないで下さいまし。今、全てをお話するわけにはいきません。ですが、陛下が私の望みをかなえて下さるのなら、お話しましょう」


「望みは何?」


 ディアナは胡乱そうにアナを見た。


「その男性――ルイス・ウィンチェスター、シュタインベルク風に言えばルートヴィヒ様を陛下の養子にしていただきたいのです」


「私達の養子に?! 王位を狙うと言うのか?!」


 教会が婚外異性交遊を許していない以上、認知して実子にすることはできない。それなのに国王が率先して婚外子の存在を公表するわけにはいかない。ルートヴィヒを王家に入れるには、王家の遠縁として養子に入れるしかない。


「ルートヴィヒ様は、国王陛下に認知されていますが、正式には国王ご夫妻の子ではなく、王子の地位にはありません。第一王子殿下はまもなく廃嫡されるでしょうから……」


「誰のせいでっ! よくもおめおめとそんなことを私に言えたものだっ!」


 ディアナはアナの言うことを最後まで聞かず、激怒してアナの頬を平手打ちした。


「私とのことがなくても早晩、第一王子殿下は次の王位継承からは外れました。なにせ素行がよくありませんでしたから」


 ディアナは激昂してアナのもう一方の頬も平手打ちした。


「お気は済まれましたか? 第一王子殿下が廃嫡されれば、立太子されるのは第二王子殿下です。第一王子殿下の愛するユリア様も第二王子殿下のものになります。それでよろしいのでしょうか?」


「何を言いたい?」


 ディアナはアナを睨んだ。第二王子ヴィルヘルムがディアナの実子でないことは、ディアナの他はフリードリヒ、王家の侍医、ヴィルヘルムの実母、離宮でディアナを世話した侍女しか知らないはずであった。ところが、マクシミリアンとヴィルヘルムに親切ぶってヴィルヘルムの実母の話をした人間がいたように、国王夫妻が思っているよりもその話は広まっていた。


「陛下が思われるよりも事実を知っている人間は多いのです」


「今のミッドランズ王国は我が国の友好国ではない。その国の人間を王子として迎えることはできまい」


「ルートヴィヒ様は、血筋で言えば、四分の三はシュタインベルク人です。彼の母方の祖母はシュタインベルクから嫁いできました。彼は母方の伯父であるウィンチェスター侯爵のもとで保護されています」


「それでも彼が育ったのは、ミッドランズ王国であろう」


「ルートヴィヒ様はシュタインベルク人の祖母に育てられたようなものです。シュタインベルク王国の文化にも精通しています」


「何が目的なのか言いなさい。王位を狙っているのでなければ、それほどにまでして彼を私達の養子にする必要はないであろう?」


「いいえ、決して違います! 彼の育ての祖母はもう亡くなりました。例え陛下が父と表立って名乗れなくても、彼を陛下のそばにいさせてあげたいのです。王位継承権については、国王陛下の実子であると公表できない以上、養子は王位継承権を持ちませんから、杞憂です」


 ディアナには家族の情のために国王の庶子を国王夫妻の養子にさせたいとアナが必死になることが信じられなかった。裏があるはずだとディアナは思えて仕方なかった。


「祖母が亡くなっても、彼の実母がいるであろう?」


「彼女には新しい家庭があります」


「なるほど。彼は父親を求めている。では、彼を養子にすることで、私とマクシミリアンにどんな利益があるのか、説明しなさい」


「ルートヴィヒ様は、第一王子殿下の味方になりましょう。側近としてお仕えし、殿下が王位に就き、ユリア様とご結婚できるように尽力するでしょう」


「そんな力が養子になったばかりの彼が持てるわけがないであろう? 第一、ヴィルヘルムもいる」


「第二王子殿下のことは何とでもなります。ルートヴィヒ様は優秀です。必ず第一王子殿下の力になります。でも王位への野心は彼にはありませんから、ご安心下さい。あくまでもを支えたいと思っておられます」


「弟ねぇ……なぜ貴女はそこまで彼のために尽力する? 貴女は彼を……?」


 アナは不敬にもディアナの言葉を遮って話し出した。


「その点は、なぜ私が彼の素性を知っているかに関わってきますので、陛下が彼の養子縁組を受け入れて下さるのなら、話します」


「よかろう。でもこちらでも貴女の話の真贋を調べさせてもらう。私が貴女の望みを聞き入れることになったら、貴女がルートヴィヒの素性を知っていた背景を話してもらおう」


 その時のディアナはシュタインベルク王国王妃ではなく、マクシミリアンの母としての心情を知らず知らずのうちに優先していた。

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