第11話 進まない治療

 相変わらずマクシミリアンはユリアの手紙に全く返事を寄こさなかったので、マクシミリアンの阿片中毒の治療に効果があったかどうか、ユリアはなかなか自分の目で確認することができなかった。


 ユリアは王妃ディアナの仲介で1ヶ月に1度マクシミリアンと会っているが、マクシミリアンに警戒されていた。彼はユリアから離れて座り、逢瀬の間、ほとんど会話はない。


 マクシミリアンの不自然な痩せ具合はまだ解消されていない。ユリアは王立病院のワン医師を週に1度訪ねて治療の進捗具合を聞いて、ディアナにも報告していた。


 ワン医師の治療を始めて2ヶ月後、約束の1年まであと半年という時のことだった。週1回のワン医師の定期報告が重苦しい雰囲気になった。


「ユリア様、治療は進めているのですが、効果がありません。殿下はおそらく隠れて阿片を吸っていると思います」


 そう言えば、最近ほぼ毎日城下へお忍びでアナと出かけてカフェに入り浸りだと公爵家の諜報員の報告があった。王宮で阿片を吸えないのなら、城下で吸っているのだろう。


「先生、中毒症状が進んで廃人になったらどうなりますか?」


「不眠、不安、幻覚症状などが現れて食欲や性欲が減退、どんどん痩せていきます。この段階で阿片の禁断症状が出たら、吐しゃ物も排泄物も垂れ流しになって人間の尊厳も何もない状態になります。そういう患者を私はもうたくさん見てきました」


「そういう話を第一王子殿下にしていただけませんか?」


「もう何度もしたんですよ。あの、その大変言いづらいのですが……殿下のおそばにいる令嬢が阿片中毒治療を妨げる存在のように思います」


「もしかしてブロンドで灰色の瞳の女性ですか? 彼女も阿片中毒患者なのですか?」


「私はその女性を見ていないので、容姿はわかりませんが、最近いつも殿下と一緒にいると言われている令嬢で……あ、いえ、申し訳ありません……」


「いえ、構いません。続けて下さい」


「話に聞く限り、その女性は阿片中毒ではないようです。自分では意識的にそうならないようにしているのか、少量の阿片では中毒にならないよう訓練を受けているのかもしれません。ですが、殿下には阿片吸引を勧めているようです」


「令嬢が阿片中毒にならない訓練をするものですか?推理小説のスパイみたいですね。そんなことは憶測ではないでしょうか?それとも証拠があるのでしょうか?」


「いえ、推測です。ただ、最初の1ヶ月は治療がうまくいきそうだったのです。2ヶ月目からその令嬢と殿下が外出するようになって治療に効果がなくなりました」


「殿下がその令嬢その令嬢――アナ嬢――と一緒に外出するのを先生はご覧になったのですか?」


「いえ、でも治療のために殿下の日常生活を記録するのを王妃陛下に許可をいただいて殿下付きの侍女にこっそり記録させています」


『こっそり記録』というのは、アナ(と正気な時はマクシミリアンも)が反発するからだ。


「その記録、王妃陛下の許可をいただいたら私にも見せていただけますか?」


 翌週の定期報告までにディアナの許可を得てユリアはマクシミリアンの日常記録を閲覧した。確かにほとんど毎日アナがマクシミリアンのところに来て外出している。


 でもユリアがいくらやめるように言っても、アナにはおろか、マクシミリアンにさえも嫉妬に狂った婚約者の戯言と言われるだけだった。国王はマクシミリアンをもはや見捨てているようだし、弟王子のヴィルヘルムも今や兄とは犬猿の仲だから、なんとか王妃ディアナに説得を頼むしかなかった。

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