第10話 治療法を求めて

 婚約解消まで1年猶予期間をもらって以来、ユリアは王立図書館に行ったり、公爵家のかかりつけ医のつてで王立病院の医師に聞いてみたりして自分なりに阿片中毒の治療について調べてみた。でも阿片中毒は、シュタインベルク王国ではまだ深刻な社会問題としてとらえられておらず、治療方法の情報はないにも等しかった。


 阿片中毒が深刻な社会問題となって遂に革命まで起きたキン共和国になら、もっと治療情報があるだろう。だがあいにくユリアはキン語を理解できないし、行くには遠すぎる。今からキン語を勉強していたのでは1年の期限には間に合わない。


 キンの大使館も革命のごたごたでシュタインベルク王国では閉鎖してしまい、一番近くの大使館は大陸一の大国オブライエン帝国まで行かないとない。だが帝国までは馬車はおろか、近年開発されて売り出された自動車でも気軽に行ける距離ではないし、汽車はまだ通っていない区間が多くて不便である。


 治療情報以外にも、どうやってマクシミリアン本人が阿片中毒を自認して治療に意欲を持てるかどうかも大問題だった。なにせユリアが行ってもアナに追い返されるし、できることなら愛しい婚約者の愛人など見たくはない。


 かと言ってもユリアがただ手紙を送っただけではほとんど返事が返ってこない。それに前回のように国王にマクシミリアンと会えるように毎回仲介してもらうわけにもいかなかった。


 そんなある日、父がユリアに阿片中毒治療の情報収集が進んでいるかどうか聞いてきた。


「それが我が国では情報がなくて……キンの大使館も革命以降シュタインベルクでは閉鎖していますし……まだまだ阿片中毒は我が国では他人事なんでしょうね」

「昨今の喫煙喫茶の流行を見る限り、他人事ではもうそろそろすまなくなってきている。阿片の流通・消費の禁止と阿片中毒治療の研究が我が国でも政策として必要だろう」

「せ、政策ですか?! そんな大それたことは私には何もできません……」

「何も全部自分でやれというわけではないのだよ。私達のような立場では、人をうまく使うことも大事だ。私にだって頼ってくれていいのだよ」

「頼っていいのですか?」

「もちろん。ユリアは私のかわいい娘だからね」


 久しぶりに小さい頃のように父の手で頭をポンポンとしてもらってユリアは荒海のようにすさんだ心がおだやかな湖の水面のようにないでいくのを感じた。


 公爵家には王家のように諜報や時には暗殺すら請け負うような影はいないが、私設騎士団内に諜報任務を行う者がいる。ユリアは父から許しを得て騎士団の諜報員を使って喫煙喫茶の調査をすることになり、貴族街にも平民街にも喫煙喫茶が少なからず蔓延していることがわかった。特に貴族街の喫煙喫茶は一見して喫煙喫茶とはわからず、普通のカフェを装っており、常連客にのみ奥の個室で阿片を提供しているので、地下にもぐっている喫煙喫茶はもっとありそうだった。


 この調査結果や他にも独自に調べた結果を持って公爵が国王に上奏した結果、治療用阿片以外の流通・消費の禁止と阿片中毒治療の研究を進めようという方針になった。しかし、厄介なことに今や阿片はオブライエン帝国の一大産業になっており、一気に禁輸に持ち込むことは国力で圧倒的に差のあるオブライエン帝国との紛争の種になりそうだった。残念ながら一気に治療用阿片以外を禁止するのは無理な状況であるので、まずはオブライエン帝国が自国で中毒患者にどのような対策をしているのか国を挙げて調査しようということになった。


 阿片中毒の治療方法は、キン共和国やオブライエン帝国に専門家がいるので、医師を派遣して治療法を学んでもらうとともに、シュタインベルク王国の王立病院にも専門家を招聘して自国でも専門家を育成しようということになった。


 阿片中毒治療の確立は、思ったよりも長期計画になってしまったが、キン共和国から王立病院に招聘された医師ワン先生を王妃ディアナに紹介してマクシミリアンの治療を助けてもらうことになった。


 長男を溺愛するディアナはマクシミリアンに避けられていてここ何ヶ月も会えずにいたが、それでも聞こえてくる最近の不穏な噂で彼の健康状態を心配していた。ユリアにマクシミリアンの今の健康状態を打ち明けられ、それほど悪化していたことをディアナは初めて知り、マクシミリアンに嫌がられても強制的に干渉することにした。

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