第20話 アナの素性
王妃ディアナはアナをすぐに呼び出し、取引に応じることを告げた。アナは目に見えて喜び、すぐに取引条件である自分の素性を明かそうとした。
「貴女の素性を聞く前に言っておかねばならぬことがある。ルートヴィヒを必ず養子にできるとは約束できない。陛下が養子縁組に反対すれば、無理であることは分かるであろう?」
「わかっております。結果がどうなろうと王妃陛下は私の要請に応じて下さいました。それだけで約束を果たす義理は生じます」
シュタインベルク王国では、養子は夫婦でないととれないことになっている。独身だったり、夫婦の片方が養子縁組の書類に署名しなかったりすれば、養子縁組は成立しない。
「ルートヴィヒ様は、私の父方の従兄です。彼の母が私の実父の妹です。生まれた時から同じ家で兄妹のように育ちました。父の母は、シュタインベルク王国の伯爵家の出身で祖父が外交団の一員としてシュタインベルク王国に行った時に出会いました。私の母はミッドランズ王国出身ですが、私にも四分の一、シュタインベルクの血が流れていることになります」
アナの素性は王家の影も調べており、彼女がディアナに語った内容と齟齬はなかった。
シュタインベルク王国とミッドランズ王国の関係は、ここ数百年、ほとんど敵対状態だったのだが、数十年ごとに雪解けの時代があった。その時を狙ったかのように知り合って恋に落ちる者がいたのだ――ディアナにとって不幸だったのは、その中に彼女の愛した夫フリードリヒも含まれていたことだった。
ディアナは、アナがここまでルートヴィヒのためにする理由に興味を持った。ディアナはフリードリヒのために偽装妊娠だって引き受けたが、彼はそれに見合うだけの愛を妻に返してくれたことはない。
「ルートヴィヒは貴女にとってただの従兄ではなく、特別な感情を持っているのであろう?」
「……どうぞ陛下のお気に召すままにお考え下さいませ。私は彼に本当の父親を知ってほしいのです。彼は叔母の結婚相手に遠慮して育ちましたから」
「本当にそれだけか? 陛下は表立って実の息子としてルートヴィヒと接することはできないことは承知しておくように」
「もちろん存じております」
「陛下は……マクシミリアンが軟禁中、医師の診察も受けられずに餓死寸前だった。貴女も知っておろう? 何度も診察を許していただけるように陛下にお願いしたのだが、無駄であった。だから養子縁組できても、陛下に父としての愛情など期待できないというものだ」
「わかっています。それでもいいのです」
「貴女はそこまでルートヴィヒを想っているのか。それならなぜマクシミリアンと……? マクシミリアンを阿片中毒にして何をするつもりだったのか、白状しなさい!」
ディアナはマクシミリアンの酷い状態を思い出し、激情を止められなくなった。だがアナは本音を話すつもりはないようだった。
「人の気持ちはすっきりと分類できないものです。ルートヴィヒ様は、幼い頃から一緒に育った従兄ですけど、殿下は戦友みたいなもの、でしょうか。お互い、愛を求める魂に共鳴したというか、なんというか、うまく言いあらわせません。殿下はユリア様を愛していますが、私にも共感を持ってくださったのだと思います」
「……ふぅん、魂の共鳴に阿片が必要だったというわけか」
ディアナはアナの言うことがただの言い訳に聞こえ、皮肉を言った。
「いえ、あれは殿下が悪い仲間達ともう始めていました。私のような素人が止めるのはもう無理な段階でした」
「なんとでも言えばいい! 貴女がマクシミリアンの阿片中毒を悪化させたのは間違いないと私は思っている。でも今後一切マクシミリアンと関わらないと約束したら、養子縁組の話は別物として考えてやろう」
アナは今後、マクシミリアンと関わらないことをディアナに約束したが、彼の今の健康状態を考えればそれは遅きに失した。
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