第26話 お飾りの王妃の行く末
北の塔のディアナの部屋にやって来る者は、食事を持ってくる牢番と3日に1回入浴の介助をする侍女達の他はいない。それも牢番は扉の窓から食事を差し入れるだけなので、ディアナとまともに顔を合わせるのは侍女達ぐらいだ。だが、その日、扉を開けて入ってきたのは、予想に反し、夢にまで見た愛しくて憎い男だった。
「陛下?!」
「ディアナ、喜べ。ヴィルヘルムが、そなた達が死ななくともよい方策をたてた。そなた達はしばらくしたら別人として生きていくのだ」
「えっ?!別人として?!……ヴィルヘルムが……?!」
ディアナは、助命された侍女と2人で離宮へ移送されることになった。表向き2人はそこで極刑が課されるまで幽閉されるが、処刑を待つまでもなく2人は亡くなることになる。その後、2人は辺境の王家直轄領に移され、別人として死ぬまで生きていくのだ。
「ユリア嬢がそなた達を死なせないでほしいと必死にヴィルヘルムに嘆願したのだ。だが、ヴィルヘルム自身もそなた達に生きていてほしいと思わなければ、その嘆願を聞き入れはしなかっただろう」
「ヴィルヘルム……わ、私は子供の頃からあの子を冷遇していたのに?!」
「そんなそなたでもあの子にとっては母だ。そなただってヴィルヘルムに冷たいばかりではなかったであろう?」
ディアナは泣き崩れた。
「いえ、私はヴィルヘルムの母である資格はございません。ヴィルヘルムの母はハイディです」
「いや、ハイディはヴィルヘルムにとってあくまで乳母であった。そなたにもハイディにも悪いことをした……済まなかった……」
ディアナはヴィルヘルムには心底申し訳なく思った。でもフリードリヒの謝罪は今更過ぎた。
「そなたは王宮にもう二度と戻って来れない。しばらくしてからマクシミリアンは獄死したと発表する。その後は辺境にある別の王家直轄領でやはり別人として生きて行くことになる。そなたと会うことも二度とあるまい」
「ユリア嬢はどうするのですか?」
「マクシミリアンとの婚約はもちろん破棄された。ラウエンブルク公爵家にはヴィルヘルムとの婚約を打診しているが、ラウエンブルク公爵が首を縦に振らない。娘を王族と結婚させたくないと言っている」
マクシミリアンの王位継承権と王子としての地位は剥奪され、ユリアとの婚約も王家とラウエンブルク公爵家の合意で破棄となった。ユリアは婚約破棄したくなかったが、公爵夫妻も兄のオットーもユリアを罪人の婚約者にとどめておくことを容赦できなかった。
「そうですか。2人にはかわいそうなことをしました……それで私達はいつ離宮に出発するのでしょうか?」
「3日後だ」
「最後に一目だけでいいので、マクシミリアンに会わせて下さい」
「ヴィルヘルムには会いたくないか?そなたはやはり非情な継母なのか?」
「今まで非情な扱いをしてきたのにどんな顔をして助命してくれた息子に会えとおっしゃるのですか。そんな私に彼に会う資格はございません」
「……そうか。マクシミリアンにはこの後すぐ会わせる」
「ありがとうございます」
「それからルードヴィヒのことだが……養子縁組することはない。獅子身中の虫をわざわざ王家に入れるようなものだからな」
「そうですか。陛下は本当に罪作りな方ですね。3人の女性とその子供達の運命を翻弄して……皆、不幸になりました」
フリードリヒは胸にチクリと痛みを感じて密かに嘆息した。彼はディアナには言わなかったが、ルートヴィヒが将来シュタインベルク王国に害をなす可能性が大きいと見て暗殺することにしている。
「……ディアナ」
フリードリヒが妻を呼ぶ声はかすれていた。
「昔のようにフリッツと呼んでくれないか」
「今の私達はそんなに近しい関係ではございませんでしょう?ましてや私は今や『罪人』です」
「……そなた達が本当にヴィルヘルムを害そうとしたとは信じたくなかった」
「信じなくてよいのです、私達がヴィルヘルムを害するわけがありませんから。冤罪なのです。でも陛下とヴィルヘルムに信じていただけないのなら、仕方ありません。私達の振舞いのせいですから、自業自得です」
フリードリヒは顔をゆがめた。
「だが、そなた達があの女スパイに騙されて利用されたのも事実だ。王家の存続のためにはそなた達を無罪放免とするわけにはいかなかった!」
「ハハハハハ!……私達がヴィルヘルムを殺そうとしたわけではないとわかっているのに、王家を救うためにスケープゴートが必要なわけね!お飾りの王妃が用済みになったら、最後にスケープゴートとして利用して捨てるのね!」
フリードリヒは下を向いて声を絞り出した。
「違う……10年以内だ……ヴィルヘルムが王位に就いて安定した治世を送れるようになったら、余もそなたの元に行く」
「フフフ…陛下もおかしなことをおっしゃいますね。今でも今更なのに、10年も待てというのですか?待ちくたびれますわ」
ディアナは今更妻に寄り添う夫を信じられなかった。でも夫を求める気持ちも心の奥底に残り火のようにくすぶっている。二つの相反する気持ちがディアナの中でせめぎ合っていた。
「もっと早くできるように善処する」
「前国王が身元のわからない怪しい女と辺境で同居するわけにはまいりませんでしょう」
「そなたが心配する必要はない。全て片を付けてから行く。さあ、マクシミリアンに会いに行こう。来なさい」
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