3・タルトタタンと動画撮影①

 動画の撮影をする場所として白離が案内してくれたのは、カラオケ店だった。

 市内にカラオケ店は何店舗かあるが、僕とタルトタタンが先日行ったカラオケ店とは違う店だ。

 約束の午後二時より少し前にお店に到着し、中へと入る。

「あ、あかねちゃん!こんにちはー」

 先導して入店した白離が、ぶんぶんと大きく手を振る。僕とタルトタタンは白離に続いて中へと入った。

 お店の中には、屈強な体をした男性が一人、立っていた。かなりの強面でスキンヘッド、背も随分と高い。シワとかもあまりなくて若々しく見えるから、すごく威厳はあるが年齢的には三十歳前後くらいだろうか。

 そんな怖そうな見た目の男性に、白離はへらへらといつものように笑いながら近付いていった。度胸があるというか、ハートが強いというか。僕はちょっと見た目で躊躇して入口側で足を止めてしまったが、ちらりとタルトタタンの方を見るとタルトタタンもまた固まって更に視線があちこちに泳いでいる。僕よりもずっと動揺していた。

「おう、白離。変わりねえか」

 怖そうな男性は見た目そのままの低音ボイス

だったが、思いの外表情はやわらかい。

「すごい元気だよー。受験も受かった!」

「そいつはめでてぇな!よくやった」

 男性はにかっと快活に笑うと、白離の頭をぐしゃぐしゃと力任せに撫でる。それを受けて白離はくすぐったそうに笑っていた。

 二人が親しいようだ、ということはわかった。わかったが、白離のコミュ力はすごいな。


「あ、この人このカラオケ店の店長さんなんだ。名前は茜霧島さん。あだ名はあかねちゃんね。で、こっちがおれの従兄弟の小麦と、今日動画撮るスイーツアイドルのタルトタタンちゃん」

「よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします!」

 僕が挨拶して頭を下げると、タルトタタンも慌てて同じように挨拶をする。

 それにしても、『あかね』が名字で『きりしま』が名前なのだろうか。逆ではなくて?でも白離は『あかねきりしまさん』と呼んでいたしなあ。

「おう、よろしく。ちなみに茜が名字、霧島が名前だ」

「あっそうなんですね」

 まさかのご本人による説明だった。口や顔には出していなかったと思うから、初対面の相手からはよく聞かれる質問なのかもしれない。

「気軽に、あかねちゃん、と呼んでくれ」

 にやり、と彫りの深い顔で笑顔を見せる。何というか、何かしらのよろしくないことを企んでいるように見えてしまう。とてもカタギには見えない見た目ではあるけれど、白離とはとても仲が良さそうだし、自ら『あかねちゃん』呼びを推奨してくるくらいだ。見かけによらずといっては失礼だろうけれど、人当たりは良いのだろう。

 最初は顔の圧で気付かなかったけれど、よく見ると着ているエプロンもとても可愛らしい。幼稚園や保育園の先生が来ているような、赤い大きなチューリップのアップリケが胸のあたりについたエプロンだった。

「あと例のモン、用意出来てるぜ」

 本当に、よろしくないことを企んでいるようにしか見えない。もしやわざとなのだろうか。だとしたら、すごくお茶目さんなのでは。





 あかねちゃんに案内されたのは、このカラオケ店の中の一室だった。例のモンとはもちろん、部屋のことである。健全なカラオケをするための部屋であって、よろしくないことを行う部屋だったり怪しい粉だったりでは決してない。

 案内された部屋はとても広々としている。

 テーブルと椅子、カラオケ用の機械が置いてある通常の部屋と比べると、倍ほどの広さを感じる。部屋の中も全然違う。カラオケに来た、というよりは、どこかの録音するためのスタジオに来たようだ。もっともそんなところには行ったことはないので、想像でしかないけれど。

 カラオケらしくテーブルや椅子もあるし、カラオケ用の機械もある。けれどそれよりも広くスペースをとっているのは、まるでプロが使うような立派なマイクとその周辺の機械だ。撮影が出来るようにぽっかりと、歌うための場所がある。

「これ、見たことあります!Your Tubeで見た、First songのやつですよね?」

 タルトタタンがびっくりしたように、けれどものすごく嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねながらそう話す。

 どこかで既視感があると思ったけれど、それか。

 First songはYour Tubeの中でとても人気のチャンネルで、著名人がワンテイクで歌を歌う動画だ。自分の曲を歌う場合もあれば、誰かの曲をカバーして歌う場合もある。いずれにしてもプロが一回で歌いきる姿はとても見応えがある。動画自体は録画だが、カットせずに撮影しているため、ライブで聞くような歌声だ。

 かなり人気が出たから、プロではない一般の人たちもFirst song風の動画を撮ったりをしていた。

「おう。First songがしばらく前から流行ってるからな。一般でも撮影出来るように、一部屋だけ作ったんだ。いいだろ」

「すごいです!すごいです!」

 最初はびくびくとどもりながら挨拶をしていたとは思えないほどのハイテンションで、タルトタタンはあかねちゃんに笑顔を向けている。

 人見知りはするけれど、どんな人相手でも慣れるのは早いタイプなのかもしれない。

 そのまま意気投合した感じで、タルトタタンとあかねちゃんは機材やマイクを触ったり使い方を聞いたりしている。

「な、小麦。これなら動画撮影にぴったりだろー」

 はしゃぐタルトタタンの様子を見て、白離はにっこりと自慢げに笑う。

「ぴったりどころか、すごすぎ。めちゃくちゃ本格的だし」

「そのへんは、あかねちゃんのこだわりらしいんだよね。プロが使ってるのと遜色ないもの揃える!って意気込んだって。タルトタタンちゃんは歌上手かったし、一発撮りもいけそうじゃない?と思って。小麦的にも、編集の手間が少なくて良さげだし」

 確かに思い出してみると、First songの動画はシンプルな感じだ。もちろん、First song風の動画もだ。

 もっとも大きなテーマがワンテイク、一発撮りであることだし。

 同じ歌う動画を作るにしても、ミュージックビデオのようにするとしたらもっと見栄えのするように考えてやらなければならなくなる。それも確かにいずれはやりたいことだけれど、とてもではないが初心者向けではない。

 まずはシンプルなもので経験を重ねることはとてもいいことだと思う。

 動画的にも、タルトタタンの歌がとても引き立つし。

「うん。ありがとう、白離。僕一人だったらこんなところがあるって知らなかったし、動画についてもだいぶ悩んでいたと思う」

「ふふん。持つべきは頼れてかっこいい従兄弟だろー」

「うんうん。持つべきは頼れてかっこいい従兄弟様だ」

 感謝の意を込めて白離を褒め称え、わしわしと頭を撫で回す。すると頼れてかっこいい従兄弟様は、途端にはにかんで笑う。

 普段は年上の僕よりもしっかりしているのに、こういうところはしっかり甘え上手な年下なんだよな。まったく、可愛い従兄弟である。


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