2・タルトタタンと写真撮影①
絶賛、悩み中である。どん詰まりといってもいい。
「ごめん、タルトタタン。僕、機械に詳しく、なかった……」
「ま、マネージャーさんー!!」
力なくテーブルに突っ伏す僕を、タルトタタンが心配する声が聞こえる。だが起き上がる気力も最早枯れていた。
歌を歌い、動画投稿をしよう、という方向性が決まったまでは良かった。
けれど動画の作り方から何から諸々初心者である僕は、早々に挫折しかけている。インターネットで調べたり動画を見たり本を読んだりと色々してみたけれど、正直あまり理解出来ていない。
「はは……このままじゃ動画投稿出来るの、いつに……なるのか……」
「マネージャーさん、気をしっかり!」
動画を作れる目処が立たないとと思い、Your Tubeのアカウント登録さえまだしていない。ともかくまずは動画をどうにかしないと。しかしどうやって撮影してどんな風に編集したらいいものか。
参考にと他のスイーツアイドルの動画を何度も見たけれど、誰も彼もがこだわって、すごく立派な動画を作っていて、ひたすら圧倒された。
ただ撮ればいい、というわけではない。人の目を惹きつけ、タルトタタンの魅力をしっかり引き出さなければいけない。どうしたものだろうか。
ピンポーン、とふいに音が鳴った。
恐らくはじめて聞く音にタルトタタンはびっくりしたのか、驚いて固まった猫のようになっている。その姿を見て、ちょっと和んだ。
「な、何ですか!?」
「今のは来客を知らせる音だよ」
「お客さんですか」
「うん。ちょっと待ってね。誰だろう」
玄関に向かうと、扉の向こうから僕の名前を呼ぶ、よく知った声がする。
エントランスからの知らせじゃない時点で、しっかりここの部屋番号と暗証番号を把握している人が来客者だ。思い当たる人物は、両親以外には一人しかいない。ちなみに両親はそういう時、ちゃんと連絡を先にくれるタイプなので除外だ。
玄関の扉を開けると、やはり予想通りの人物がそこに立っていた。
「やっほー小麦!」
懐っこい笑顔と、キラキラした金色の短髪。Tシャツの上にゆったりとしたパーカーを羽織り、下はゆるっとしたスウェットパンツというラフな格好。四歳年下の従兄弟の男の子だ。
「
「来ちゃった!」
冗談めかしてわざとらしいウインクをする。この従兄弟、
白離は従兄弟だが、幼馴染でもある。同じ岡市に子供の頃からずっと住んでいるから、よく一緒に遊んでいた。それはお互いがこうして成長しても続いている。
少し前までは白離が高校受験だったから会う回数は減っていたが、無事合格して以降はこの春休みの間、わりと頻繁に家に遊びに来ている。
「来るなら来るで連絡しなよ。用事があるかもだろ」
「えーっその時はその時で、その辺で遊んでるからいいんだよ」
にこにこと笑いながら、勝手知ったると言わんばかりに白離は家の中に入っていく。
白離はいつもこうなのだ。けれど生来の人懐っこさからなのか、嫌な気は全然しない。むしろ懐かれていてちょっと嬉しいとさえ感じてしまう。可愛い弟のような存在だ。……背は僕よりも高いが。
「……あ」
あまりにいつもの流れすぎて失念していたが、部屋の中にはタルトタタンがいるのだった。
白離にはまだタルトタタンのことを話していないし、もちろんタルトタタンにも白離のことを話していない。完全に初対面だ。
「あー!!」
恐らくタルトタタンに気付いたのであろう白離が大声を上げる。見ると、タルトタタンはカーテンに隠れてびくびくしながらこちらの様子を窺っている。猫か。
「誰あれ、むぎ兄の彼女!?」
そうきたか。じゃなくて。
「違う」
妙な誤解をされるわけにはいかないから、即座に否定する。
動画投稿等で活動前とはいえ、タルトタタンはスイーツアイドルだ。恋愛ごとは御法度、……なのだろうか?というかそもそも人間ではなくお菓子なのだが、そこがどうにかは、うん。ならないな。
「え、照れ隠し?」
まだ事情を知らない白離は、ちょっと考えている僕のことをまだ疑っているようだ。
「いや、本当に違うから」
ちらりとタルトタタンを見ると、もうすっかりカーテンに隠れて姿が見えなくなっている。先ほどまでは様子を窺うためにまんまるになった飴色の目がじっとこちらを見ていたのだが、今はタルトタタンを構成する体部分は何一つ見えない。
だというのに何故カーテンのところにいるのがわかるのか、というと、姿が見えなくてもカーテンがこんもりと人型に膨れているからである。
タルトタタンとはじめて会った時は僕にすぐ話し掛けてきたし、人見知りをする様子もなく、自分の主張もしっかり伝えてきた。けれどこの様子を見るに、もしかして本来のタルトタタンは少し人見知り気味なのだろうか。僕としてはタルトタタンは初対面の気持ちだったけれど、タルトタタンからだと、どうにも以前から知っていたような話ぶりだった。お菓子のタルトタタンの製作者、というその関連においてだけれど。
白離もこんもりとしたカーテンの中身がとても気になっているようだが、家の中にはずかずか入ったもののタルトタタンに必要以上には近付かない。
何というか、昔から距離の取り方が上手いのだ。コミュ力があってこその技なのか、そういう血筋なのか。いやでも白離の妹はタルトタタンと同じようなちょっと大人しい感じだったな。
「白離。あそこにいるのはタルトタタン。この間、急だけど家に来たんだ。白離はスイーツアイドルって知ってる?」
ひとまず現状の説明をしよう、ということで白離と話をする。タルトタタンは落ち着いたら出てくるかもしれないし、こうして僕が白離と話をしていれば、悪い人ではないのだと理解してくれるだろう。
「あーそんなに詳しくないけど、ショートケーキちゃんとかでしょ?突然岡市に現れた。まあ岡市民ならみんな名前くらいは知ってるよね。地元のアイドルだし」
「そうそれ」
「…………まじか!!」
白離は目を丸くして驚く。そのままの表情でカーテンの方を見て、それからまた僕の方を見てくる。こくりと頷いてみせると、白離は感心したように息を吐くと興味津々といったようにまたカーテンの方を見る。
スイーツアイドルが何故かここにいる、という中々信じがたい話だが、白離はあっさり信じてくれたようだ。
「タルトタタンかー。ねえ、タルトタタンちゃんって呼んでいい?あ、おれ、塩見白離!色の白に離れるの離で、白離ね。小麦は従兄弟で、おれの兄ちゃんみたいな感じなんだー」
白離はこんもりとしたままのカーテンへと、にこにこと笑顔で話し掛ける。太陽のような笑顔と物怖じしない明るい声。その表情こそタルトタタンからは見えていないが、懐っこい感じに敵ではないと判断したのか、そっとカーテンがずらされてタルトタタンの顔が見えるようになる。
体はまだすっぽりカーテンの中だが、随分な進歩である。
「マネージャーさんの、従兄弟さん……?」
「マネージャーって小麦のこと?うん、そうそう。よろしくなー!」
白離はゆっくり近付いて、タルトタタンの前に右手を差し出す。握手だ。
タルトタタンは戸惑いを見せながらも、おずおずと手を差し出した。
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