2・タルトタタンと写真撮影②

 十分もすればもはや僕をそっちのけで、タルトタタンと白離は盛り上がって話をしている。

 出だしの怯え具合が嘘のようにカーテンから出てきたタルトタタンは楽しそうに笑っている。

 すごい。流石コミュ力モンスター。

「おれのことは、はっくんって呼んでいいよー」

「わかりました!はっくんさんですね!」

「あはは、はっくんさん!タルトタタンちゃんおもしろー!」

 などとあだ名で呼び合うほどである。

「うんうん、なるなる。とりあえず、大体の事情はわかったよ」

 この十分ほどの話し合いで、白離はしっかりと現状を理解してくれた。

 タルトタタンが一人前のスイーツアイドルになりたいこと、そのためのマネージャーが僕だということ、歌は上手いがダンスは下手だということ、まずは動画投稿をして活動しようと考えているけれど全然進んでいないこと……ざっくりまとめると、このくらいか。

「じゃあおれも、小麦の手伝いするよ。動画投稿とか、おれしてるし」

「えっそうなのか?」

 初耳である。白離は色々と好奇心旺盛で、活発で行動的だ。スポーツにせよ何にせよ、多くのことに興味を抱いてやっているとは思っていたけれど。

「うん。たまにだけど。はっくん名義でゲーム配信とかしてるんだよね。そこそこチャンネル登録者さんもいるよー」

 慣れた様子でスマホを操作し、白離はYour Tubeの画面を見せてくれる。『はっくんのゆるっとゲーム配信』というわかりやすいチャンネル名だ。アカウント名もそのまま、はっくんで、いくつもの動画が公開されている。

「わー、すごいですね!」

「うん、すごい」

 僕とタルトタタンの反応はまったく一緒だ。

 チャンネル登録者数とはつまり、白離が公開する動画を待ち望んでいる人がこれだけいるってことだよな。どのくらいの人数が多いのかとか基準は僕にはわからないけれど、二十万人ってものすごく多く感じる。岡市もだけれど、彦根市の人口よりも多い。

「まあそんなわけで、おれ出来るし!それに小麦、こういうの苦手でしょ」

「正直、調べてみたけどさっぱり」

「だよなー!だと思った!」

 けらけらと白離が楽しげに笑う。

 僕は昔からこういった、機械関係が苦手だ。スマホにしてもパソコンにしても、設置や設定や使い方指導まで、白離にお世話になっている。慣れるまでも結構掛かっている。

 逆に白離は機械やインターネットにめっぽう強い。

「教えてくれると助かる」

「おっけーおっけー。任せて!」

 ぐっと親指を立ててウインクをする。白離の態度は軽いものだが、頼りになることは間違いない。頼もしいし、心強い。


「とりあえず、ダンスは後回しにして歌を投稿する感じなんだよね?何歌う予定?」

「ええと、まだ考え中ですけど……同じスイーツアイドルのショートケーキさんの曲、とかでしょうか」

 白離に問い掛けにタルトタタンは首を傾げながらそう答える。本当に悲しいことに、現状何もかも未定なのである。

 先日タルトタタンが歌ったのはショートケーキのデビュー曲だ。あの歌は確かにとても上手に歌えていたと思う。

「あと、あの、わたし……みんなを元気にする曲を作りたいです!」

 ふん、と気合を入れるようにタルトタタンが強く息を吐く。

 曲を作りたい、というのは今はじめて聞いた。ずっと考えていたのだろうか。

「白離、曲って自分たちでも作れるものなのか?」

 多くの曲は様々な楽器を使って作られている。ピアノだけ、ギターだけという曲ももちろんあるけれど、一般的に多く広まっている曲は色々な音がしていると思う。

「今って結構、簡単に曲作れるよ。アプリをダウンロードすれば。まあ曲自体を作るって作業は簡単にはいかないだろうけど……でもボーカロイドとかで自分の作ったやつ公開してる人とかいるし」

「そうなのか?」

「そうそう」

 白離は軽やかに、けれど自信ありげに断言する。

「でもそのためには、スマホかタブレットかをタルトタタンちゃんも持った方がいいと思うよ。曲作るのってすごく時間掛かると思うし、小麦のスマホをずっと借りて使うってわけにもいかないでしょ。タルトタタンちゃん自体との連絡手段もあった方がいいと思うし」

「ああ、なるほど。それは確かに」

 春休みが終われば僕は大学へ行くことになるし、それにこのぶんだとタルトタタンと白離が連絡を取れる手段があった方が良さそうだ。

 どうだろう、と思ってタルトタタンを見ると、タルトタタンはすでに目をキラキラさせてこちらを見ていた。期待というものをたくさんたくさん詰め込みました!と言わんばかりに。

「わ、わたし、スマホ持ちになれるのですか!?」

「タルトタタン、もしかしてスマホに憧れが?」

「あります!あります、すっごくあります!」

 ぶんぶんと首が取れるのではと心配になるほど、強く上下に頷く。

「あはは、タルトタタンちゃんって面白いなー!」

 スマホの何にそこまでの憧れを抱いているのかは謎だ。

 そしてその楽しげなタルトタタンの様子が笑いのツボに入ったらしい白離は、同じく楽しそうにしながら笑っている。


 とりあえず、やることの一つは決まった。まずはタルトタタンのスマホを買いに行こう。アカウント登録とかあれこれは、帰宅後でいいだろう。

「そういえばちょっと聞きたかったんだけど、スイーツアイドルって何で岡市にしか来ないの?東京とかの方が、アイドル活動しやすそうだけど。

 思い出したように白離がタルトタタンに問い掛ける。

 言われてみれば、確かに。聞いてみようという意識もなかった。

「それはですね、滋賀県岡市だからですよ!」

 タルトタタンは迷う様子もなく即答した。が、答えになっていないような気がする。白離もそう思ったようで、首を傾げている。

「滋賀県岡市、だから?」

「はい!わたしたちは縁がないとこうして姿を現すことが出来ないですから」

「縁?」

「はいっ」

 元気にタルトタタンが返事をするが、結局よくわからない。

「あっもしかして滋賀県岡市って、シュガー県お菓子的な?砂糖とお菓子!」

 笑いながら白離が冗談を話す。それを聞いて僕は思わず吹き出して笑ってしまった。滋賀県がシュガー県とか、あまりにも無理矢理が過ぎる。よく思いついたなあ。

「はいっそうです!」

「え?」

「えっ」

「日本で縁を繋げられたのは、滋賀県岡市だけでしたので!」

 タルトタタンはにこにこと笑顔で頷いている。とてもではないが、嘘をついていたり、冗談を言っているようには見えない。

 とはいえ、あまりにも理由がくだらない上に真偽の確かめようがない。ただ事実として、滋賀県岡市でしかスイーツアイドルの出現は確認されていないのである。

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