2・タルトタタンと写真撮影③

「トゥットゥルー!タルトタタンはスマホを手に入れた!」

 右手でスマホを高くあげ、左手は腰に、足は開いて仁王立ち。そして自ら効果音まで発したタルトタタンの表情はたいへん満足げだ。白離も便乗して、歓声を上げながらタルトタタンへ拍手を送っている。

 が、ここはスマホを購入したお店の目の前だ。外へ出てすぐの奇行だった。

 当たり前だが人の往来はそれなりにある。通り過ぎる人たちはくすくすと微笑ましげに笑っている。変な目で見られるよりはずっといいけれど、恥ずかしいことに変わりはない。

 しかしこうして改めて街へ出てみると、やっぱりタルトタタンはアイドルに向いているのだなと実感する。

 タルトタタンの見た目は可愛らしい。けれど見た目が良いからといってそれだけで多くの人から好感を抱いてもらうことは難しいと思う。けれど今のようなタルトタタンの奇怪な行動を見ても、岡市の人たちの視線はあたたかいものだった。それも老若男女問わずだ。

 タルトタタンは成長したい、大きくなりたいと言っていたけれど、この子供でもあり女性でもある絶妙な少女の年代は、あらゆる世代から受け入れやすいのだろう。孫を見るように、子を見るように、妹を見るように、あるいは懐かしい思い出や、初恋の女の子でも見るように。

(そうだ……たぶん、少し似ている)

 最初はそうは思わなかったけれど。こうしてリラックスして明るく話すタルトタタンの姿は。

「?マネージャーさん?」

「!」

 びく、と無意識に体が跳ねた。タルトタタンの声量は控えめだったというのに、ものすごくびっくりしてしまった。僕の体が震えたことにタルトタタンもまた目を丸くして驚いている。

「ごめん、ちょっと考えごとしてた」

「そうなんですか?」

「うん、ごめん。大丈夫だよ。何の話だっけ」

 心配そうに表情を曇らせるタルトタタンに、問題ないというように笑いかける。するとタルトタタンも安心したのか、ふと力が抜けたように微笑んだ。

「はっくんさんが、動画投稿するなら今日試しに撮ってしまいましょうかって。あと、ハナッター?というものも、やった方がたくさんの人に見てもらえるかもしれないからはじめたらどうかってことと、あとそのハナッター用の写真とか、撮ろうかってお話を」

 思いの外盛りだくさんな内容だった。気付かないうちに僕は随分ぼんやりしていたようだ。タルトタタンも心配になるわけだ。

 ハナッターといえば確か、短い文章を投稿するタイプのSNSだったか。

「うん。いいんじゃないかな」

 頷いてタルトタタンの頭を撫でる。何より、タルトタタンが楽しそうなのがいい。

「えへへ」

「動画と写真か。写真はやっぱり、琵琶湖の近くとかがいいかな?景色綺麗だし。動画は……」

 試しにといっていたが、どこで何をどう撮るのだろう。

「ふっふっふー。動画の撮影場所には、おれ、あてがあるんだ」

「らしいのです!」

 怪しげに笑う白離と、何故か自慢げなタルトタタン。……大丈夫だろうか。

 僕の微妙な反応を感じ取ったのか、白離は少々不満げに頬を膨らませてみせる。

「小麦、おれの人脈をなめちゃダメだ」

「?すごいなって思ってるけど」

 白離が人付き合いが上手なのも、懐っこいのも、とても良いことだと思う。白離の長所だし誰にでも出来ることではない。あてがあると白離が言うのならば大丈夫なのだろう。大丈夫ではないのは僕の方だ。

「……こむ兄のそういうとこ、ほんと人たらしだと思う」

「え?」

 何だかちょっと拗ねたように呟かれた白離の言葉は、ごもごもしていてよく聞こえなかった。

「とにかく!小麦たちがスマホの契約してる間に、ちょっと電話しておいたんだ。そしたら二時から空いてるって言うから、予約した。だからそれまでの間に、写真撮ったりしようよ」

「そうなのか。ありがとう、白離。すごく助かるし、頼りになるよ」

 腕を伸ばして白離の頭を撫でる。白離の方が年下だが、背は高いのだ。残念なことに。

 でも頭を撫でた時のやわらかい髪の感触も、ちょっと照れくさそうに視線を外す癖も、幼い頃から全然変わらない。僕にとっては可愛い、弟のような存在だ。

 例え僕よりも人当たりが良くて友達が多くてコミュ力ががあろうとも、弟分なのである。


 それにしても、午後二時が予約の時間か。

 今はちょうどお昼時だ。昼食を食べていくつか写真を撮って、そこへ向かうと時間帯的に良い感じだろうか。

「じゃあ、まずはお昼食べようか?何かリクエスト……」

 僕が二人に問い掛けようとするがその前に、タルトタタンの右腕が真っ直ぐ挙げられている。指の先までピンと伸びている、優等生の如き挙手だった。

「えすえぬえす、ばえ、するやつがいいです!」

 そしてスマホを左手で握り締めて爛々と目を輝かせているタルトタタンは、順応性がめちゃくちゃ高かった。






 というわけで、タルトタタンの希望を参考に白離が選んだお店で昼食をとった。

 待ち時間の間に白離に相談しながら無事にハナッターをはじめることが出来たタルトタタンは、早速運ばれてきた料理をカシャカシャ撮影していた。最早僕よりもスマホに詳しいのでは。

 ちなみに、今ここにいます!とハナッターに投稿するのはやめた方がいいらしい。

 僕はハナッターはやっていないし、食べたものの写真とかならその場で投稿するのが普通なのでは?と思っていたが、今いる場所がばれることは危険に繋がることだから、と白離が教えてくれた。

 言われてみれば、確かに。アイドルとしてまだ全然活動してはなく知名度がないにしても、タルトタタンは可愛らしい。現在地がわかったら押し掛けたり、ついてきたりする人たちも中にはいるかもしれない。もちろんそういう人ばかりではないけれど、気を付けるに越したことはない。

 そのため、タルトタタンは白離の教えに従って、写真をたくさん撮っていた。投稿は家に帰ってからすることにしたようだけれど、味の感想は忘れないようにとしっかりメモをとっている。

 そしてタルトタタンはしっかりと、デザートまで堪能したのだった。

 スイーツアイドル食べなくても生きていけます設定は、どうやら目の前の食欲には抗えないらしい。

 まあ実際、三人でお店に来てタルトタタンだけ何も食べずに待機、というのはあまりにも可哀想すぎるから。タルトタタンも食べたそうにしていたから、しっかり三人それぞれ食事を楽しんだ。


 琵琶湖からほど近い場所にあったお店はリーズナブルでおいしかった。景色も良かった。店を出るとそのまま琵琶湖の方へと向かって歩く。

「写真、せっかくだし琵琶湖バックで撮ろうよ」

 白離の先導で進んでいく。さっきのお店でデザートを頼まなかった白離は、食後に写真撮影スポットをインターネットで探してくれていたのだ。僕もいくつか候補地の写真を見せてもらった。

「こうして見ると、琵琶湖って綺麗だな」

 地元にいるともう当たり前のようにずっとあるものだから、綺麗だなあと時々思うことはあっても取り立てて気にすることもなかった。

 けれど先ほどのような色々な写真を見ると、こんな風に見えるのか、こんな場所があったのか、と思う。その後にこうして歩いてみると、普段よりもずっと綺麗に見えた。

「うん。それに天気もいいし、撮影日和だよな!」

「確かに」

「あ、服とかメイクとかどうする?」

「あー」

 そんな問題もあるのか。僕には思い至らなかった。

 ちらりとタルトタタンの方を見ると、デザートまでおいしく食べれたからか、大層ご機嫌な様子だった。まだ口の中の余韻を味わっているのかもしれない。にこにことしている。いつもの笑顔より三割り増しくらい、嬉しさが増しているようだ。

「ねータルトタタンちゃん、その辺はどうなの?」

 白離が直接タルトタタンに問い掛ける。タルトタタンは話はきちんと聞いていたようで、小さく頷いた。

「基本的に、スイーツアイドルはメイクはしないですね」

「えっそうなの?ショートケーキちゃんも?」

 少し驚いた、というように白離が声をあげる。

「はい。わたしもしていないですし、ショートケーキさんもしていないです。わたしたち、食べ物ですし、メイクはちょっと」

 タルトタタンは両手をクロスさせて、バツの形を作り首を振る。どうやらメイクは完全NGらしい。

「食べ物の誇り的な……?いやでもこの見た目でメイクしてないってやばいな。普通にナチュラルメイクしてるのかと思ってた。すご……」

 僕にはメイクの良し悪しはわからないが、白離はとても驚いたようで独り言を呟いている。ともかく、タルトタタンにしろショートケーキにしろスイーツアイドルはメイクをしていないが、しているのと遜色ないくらい可愛いということだろう。


「あとわたし、服はこだわりがあるわけではないので着替えてもいいんですけど、これ、わたしの一張羅なんです!」

 ふん、とタルトタタンは胸を張る。

 出会った頃から着ているシンプルな服だが、確かにタルトタタンによく似合っている。華美すぎず、シンプルながら可愛らしく、愛らしい。

「うん。よく似合ってるし、僕も服はこのままがいいと思う」

 頷き、タルトタタンに同意する。お気に入りの一張羅だというのなら、やはりそれで写真を撮って、SNSやアカウントに使うのがいいと思う。

 タルトタタンは褒められて嬉しかったのか、ほんのりとリンゴのように頬を赤くしてへらりと笑った。

「よーし、じゃーれっつ撮影!」

「「おー」」

 白離の掛け声に二人で返事をする。何だかこういうの、楽しい。わからないことだらけではあるけれど、とても。そう思った。




 写真撮影は順調そのものだった。

 というのも、

「琵琶湖ー!!大きくて!綺麗です!」

 と琵琶湖をはじめて間近で見たタルトタタンのテンションが上がりまくり、ずっと弾けるような笑顔だったからだ。

 とにかく今はたくさん写真を撮って、あとは家に帰ってから確認や調整をするそうだ。

「こんだけ撮れれば、いいのあるだろー!よし終わり!」

 しばらくの撮影のあと、白離がそう宣言して少し離れた場所に立っていたタルトタタンにもオッケーサインを送る。一仕事終えた白離はとても満足そうだ。

 白離が今日撮ったタルトタタンの写真を見せてもらうと、本当にえげつない量だった。一面タルトタタンの写真でいっぱいである。

「うわ、本当に大量。……こんなにいるものなのか?」

「いるいる。一番いいタルトタタンちゃんをこの中から探すんだよー。慣れてきたりちょっとお金に余裕が出来たら、プロにお願い出来るといいなあ。素人が撮るのと、全然違うから」

「そうなんだ」

 単に写真、といっても色々複雑なんだな。白離が撮ったタルトタタンの写真はどれもこれも可愛らしいけれど、この中から更に選りすぐるのか。


 ふと顔を上げて、タルトタタンの方を見る。

 タルトタタンは琵琶湖の方を見つめていた。僕の方から見ると琵琶湖はタルトタタンの奥側にある。だから今は後ろ姿しか見えず、どんな表情をしているのかわからない。写真撮影が終わったから、タルトタタンはゆっくり琵琶湖を見ているのだろう。

 今日は本当にいい天気だ。湖の表面が太陽に照らされてキラキラと輝き、側に立つタルトタタンの姿をやさしく照らしている。空は青く、雲は白く、少しだけ冷たい風が吹いていた。ゆら、と蜃気楼のように、二つに結われたタルトタタンの長い髪が揺れる。

 僕は何となく自分のスマホを取り出し、カメラのレンズをタルトタタンに向けた。僕のスマホは白離のものより型が古いから、写真撮影では使わなかった。後ろ姿のタルトタタンと琵琶湖。上手くピントも合わずに、ぼんやりとしている。

 カシャ。という音に気付いたタルトタタンが振り返る。僕はまだ、スマホをタルトタタンに向けたままでいた。

 カメラ越しに写真を撮ったのが僕だと気付くと、タルトタタンは少しはにかんだようにそっと微笑む。

 カシャ。

 その音で、僕は今見たままのタルトタタンの時間を切り取った。

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