1・タルトタタンとマネージャー④

 注文後素早く運ばれてきたナポリタンもフライドポテトも、僕が手伝うこともなくタルトタタンは一人でぺろりと食べきった。最後まで、おいしいおいしいと何度も褒めて感動しながら。

 僕はとてもではないがまだお腹は空かない。けれどもりもり食べているタルトタタンの姿を見ているだけで、昼食をしっかり食べたような感覚になった。

「タルトタタンは大食い路線で行くの?」

 しっかり完食したタルトタタンに問い掛けると、真っ青な顔でぶんぶんと強く頭を振った。

「ぐっ……ち、違います。それはちょっと……」

 どうやら違うらしい。

 小さくて可愛くて大食らい、というのは一定の人気を獲得出来そうではあるけれど。話を聞くにタルトタタンの目指す一人前のスイーツアイドルとは、ショートケーキのような王道のアイドルのような感じがする。その中で、歌をメインにとか、目を引くダンスをとか、目指す方向は変わるのかもしれない。



 タルトタタンのお腹がしっかり膨れたところで、当初の目的を果たす。タルトタタンの能力の確認だ。

「ちなみに、タルトタタンって歌って踊れる曲はある?」

「スイーツアイドルの曲でしたら!」

「じゃあ、ショートケーキの曲流す?」

「はい!」

 端末を操作して、ショートケーキの曲を検索する。名前を入れればすぐに出てきた。

 歌う曲はタルトタタンに選ばせた方がいいだろう。ショートケーキの曲はこの一年ほどの間に色々出ているし。

「あ、これがいいです。ショートケーキさんのデビュー曲!」

 タルトタタンは迷わず指を差した。

「うん。じゃあ流すよ」

「はい!頑張って、歌って踊りますね!」

 元気に返事をしたタルトタタンは立ち上がり、マイクを手に取る。ついさっきまでナポリタンとフライドポテトをもりもり食べていたとは思えないほど、軽やかな動きだった。

 ショートケーキのデビュー曲は、いかにも王道アイドル、といった感じのとても愛らしい曲だ。

 明るい曲調に元気の出る歌詞、飛び跳ねるような可愛らしいダンス。このデビュー曲はショートケーキが歌う曲の中でも代表的なものだ。むしろこれが人気になったきっかけと言えるだろう。

 そんな人気のスイーツアイドルの曲をタルトタタンはどんな風に歌うのだろうか。


 イントロが流れ出し、タルトタタンはリズムに乗りはじめる。

 見た目だけでいうのなら、それだけでファンがつくだろうという可愛らしさがタルトタタンにはある。けれどスイーツアイドルは多くいるから、可愛いだけではタルトタタンが目指すような存在にはなれないだろう。

 す、とタルトタタンが息を吸い込み、歌がはじまる。

「……!」

 とても透明感のある、澄んだ声だった。

 一言でいうのならば、上手い。

 控えめで愛らしい見た目の印象そのままの、混じり気のない純粋な歌声。表現力もあり、抑揚も綺麗だ。どんどん盛り上がっていき、サビに入った途端、更に聞き惚れる。惹きつけられる歌声。

(これは……何なら、歌はショートケーキより上手いかもしれない)

 僕は歌にもアイドルにも、そんなに詳しい方ではない。流行っている歌を少し聞いたりする程度で、好きで追い掛けているアーティスト等もいない。そんなど素人な僕が聞いても、タルトタタンの歌は人を惹きつける魅力のある歌声だとはっきりとわかる。

 ただ…………。

「……はあっ……はあ、ど、……どうで、すか、マネ……さ……」

 曲が終わり、息も絶え絶えといった様子のタルトタタン。歌声も最初は良かったが、中盤以降はしんどそうで、後半には息切れして声も掠れていた。

 歌って踊るには体力がまるで足りていない。けれど、それ以上に。

「うん……。タルトタタン、ダンス、下手だね……」

「へ、へた!!!!」

 ちょっとオブラートにも包めないレベルだった。取り繕えなかった感想に、タルトタタンはショックを受けて崩れ落ちる。

 いや、けれど本当に。タルトタタンは歌は上手かったけれど、ダンスは驚くほど下手だった。

 振り付けはしっかり覚えているのだろう。動こうとはしているものの、リズム感というものが恐らく絶望的にない上に、体力不足によって体もついていっていない。出だしからダンスに関しては目も当てられない感じではあったが、後半はもうこれはダンスなのだろうかというレベルの代物である。

 ショートケーキは息も切らさず、軽やかに踊っていたように思う。同じスイーツアイドルでも見た目や性格が違うように、出来ることや得意なこともまるで違うのだな、と改めて感じた。

 とはいえ、このダンスに関しては、努力でどうにかなるものなのだろうか。

「とりあえず、歌って踊れるスイーツアイドルはちょっと保留にしよう」

「はい……」

 しゅん、と落ち込むタルトタタン。とはいえ、自分でもダンスがいまいちということは自覚があるのだろう。そう言われる覚悟はしていたように見える。

「でも、歌はすごく良かったよ。上手かった」

「ほんとですか!?」

 途端、落ち込んでいたタルトタタンが元気に声を上げる。めちゃくちゃ嬉しそうな顔をしている。何というか、切り替えが早い。

「本当。だからダンスは後々の課題にするとして、まずは歌を歌うスイーツアイドルとして活動していくのがいいんじゃないかな」

「わたしが、歌をメインにしたスイーツアイドルに……」

「うん。アイドルがする活動って色々あるけど、素人の僕では出来ることが少ない。でも歌なら、動画投稿をしてみるのがいいんじゃないかと思うんだ」

 僕は考えていたことをタルトタタンに伝える。

 例えばモデルや演技をする仕事は、当たり前だが伝手がない。歌が歌えるならライブ活動は出来るけれど、路上でやるにしろどこかの会場を借りてやるにしろ、色々手続きもあれば資金も必要になる。

 すぐに出来る活動といえば、動画投稿だ。歌やダンスを投稿している人はたくさんいる。素人もプロも含めてだ。それで見てくれた人がファンになってくれれば、動画以外でライブ等をする時にも来てくれるかもしれない。知名度は大事だ。

「動画って、昨日見たショートケーキさんのみたいな感じのやつですか?」

「そう。 Your Tubeっていう動画投稿サイトがあるんだ。昨日タルトタタンが見てたショートケーキの歌う動画はそこのやつ。他のスイーツアイドルもそこで多く動画を投稿しているから、受け入れられやすいんじゃないかな」

「それをすると誰でも……たくさんの人が、わたしを知ってくれて、歌を聞いてくれますか?」

「どのくらいの再生数になるかとかは、僕は動画投稿したことないからちょっと予想が出来ないけど。でも何もしないよりは、確実に」

 本当に、マネージャーになったくせに無知で申し訳ないと思う。

 けれどせっかくタルトタタンが僕を選んでくれたのだ。だから僕はタルトタタンが望む限りは出来るだけ頑張りたい。やれることをやりたいと、そう思う。

「マネージャーさん、ありがとうございます。タルトタタンのために一生懸命考えてくれて」

 大したことの出来ない僕なのに、タルトタタンはとても嬉しそうに笑う。

 だからきっと、頑張りたいと思うのだろう。この子を応援したい。望むことを叶える力になりたい。

 僕はマネージャーでもあるけれど、タルトタタンのファンでもあるのだろう。

「わたし、精一杯頑張ります!」

「うん。僕も頑張るよ」

 この一生懸命な女の子がたくさんの人の前で歌えるように。たくさんの人に歌を聞いてもらえるように。

 一人前のスイーツアイドルを目指しているというタルトタタンの力になりたいと、強く思った。

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