1・タルトタタンとマネージャー③
タルトタタンを見ていると、何とも穏やかな平和な気持ちになるのだけれど、そういうのもタルトタタン自身が持つ良い部分なのだろうか。
普通、自分の家に帰ったら知らない人がいてこんな謎な話をされたのなら、もっと警戒すると思うのだけれど。少なくとももしもそういう事態に陥った時、僕はもっと警戒心が高い方だと思っていた。
結果はこのように、呑気に話をしながらお菓子を食べているわけだが。
話を聞いてみようと思ったり、信じてみてもいいかと思ったり、協力したいと思ったり。そういうのを感じさせるのもタルトタタンの人柄なのだろう。いや人じゃなくてお菓子だからお菓子柄になるのだろうか。まあ、面倒だから人柄でいいか。人型だし。
しかし協力といっても、実際アイドルとはどうやってなるものなのだろうか。マネージャーとして何をすればいいのかもまだわからない現状だ。
タルトタタンを食べるのを一旦中断して、ノートパソコンを持ってきて起動する。少し調べてみよう。
「これ、パソコンですか?」
牛乳までしっかり飲み終わったタルトタタンは興味があるのか、座布団を僕の隣に持ってきて座り、ノートパソコンの画面を覗き込む。
「そうだよ。ノートパソコン」
「わああ、すごい。触れます」
タルトタタンは興味津々といった表情で、人差し指でつんつんとノートパソコンをつつく。
別に何の変哲もないただのパソコンだ。触ったとしてもかたいというだけで、面白みのない感触だと思うけれど。
でもまあお菓子の状態のタルトタタンはノートパソコンに触るなんてことはないだろうし、今こうして人の形をしているからこそなのだろうか。
「スイーツアイドルについて、調べてみようと思って。アイドルってどうやってなるものなのかとか」
「なるほど!確かに、わたしもよくわからないので」
「僕もそうだからね」
インターネットを開いて、まずはショートケーキについて検索をする。『ショートケーキ』『スイーツアイドル』で検索すれば、すぐにアイドルの方のショートケーキの情報が出てきた。
「すごいですね!こんなに!」
「わかる。ネットってすごいよね。……あ、まとめサイトがある。これに所属とか経歴とか書いてあるかな」
どんどん変わるノートパソコンの画面にタルトタタンの視線は釘付けだ。
実際、インターネットがあると多種多様な情報を調べることが出来る。もちろん、すべての情報が正しいわけではないけれど。ノートパソコンに限らず機械やネット関係に疎い僕でさえも、インターネットのない生活は不便だと思う。
「ショートケーキさん、相変わらず可愛いですね。まさに正統派アイドル!って感じです」
「確かに。でも思ったほど情報書いてないね。芸能関係の事務所には所属していないみたいだし、マネージャーについてもやっぱり書いてない」
他のサイトも色々検索して見てみるけれど、書いてある内容はどこも似たようなものだった。
これまでどこでライブをしてきたとか、どのテレビに出たとか、そういう情報はあるけれど、ショートケーキ本人についてはあまり記載がない。身長とか性格、これまでしてきた発言等、表面的なものばかりだ。ただ活動できる温度や大体の時間が書いてあったり、ショートケーキ自体の保存方法が書いてあったりは、スイーツアイドルならではだなと思う。
チーズケーキや、他の名前を聞いたことがあるスイーツアイドルについても調べてみたけれど、どれも同じ感じだった。
「みんな、芸能事務所とかには所属せずに、フリーで活動しているみたいだ。それぞれのマネージャーが何とかしてる、のか?」
「みたいですねえ」
思っていた以上に、やることは多そうで大変そうだった。
「マネージャーさん、マネージャーさん、ショートケーキさんの色々、見ていいですか?」
そして当の本人であるタルトタタンは既に脱線して、純粋にショートケーキのアイドル活動を見ようとしている。ただのファンじゃないか。
自分がどうやってアイドルになるのかを調べるのはもうすっかり頭にはないのだろう。画面の向こうのアイドルに夢中だ。まあ、見ることも勉強にはなるだろうけれど。
僕は大人しくノートパソコンの所有権はタルトタタンに譲り、明日になってから色々考えよう、と本日は思考を放棄することにした。
残っていたお菓子のタルトタタンを頬張る。
(……おいしい)
そういえば、そんなこと久しぶりに感じたかもしれない。
リンゴもパイも香ばしく焼き上げられていて、おいしい。記憶の中にあるあの味には、決して及ばないものでも。
隣ではタルトタタンが、動画を見て楽しそうに笑っている。
そのことが、一人で食べるよりもずっとおいしく感じさせてくれるのかもしれないと、そう思った。
大学がちょうど春休みだったおかげで、幸い今のところ時間はたっぷりある。
というわけで、タルトタタンと謎の出会いを果たしてから一夜明けて翌日。僕とタルトタタンは街へと繰り出した。
目的はタルトタタンの、アイドルとしての能力の確認だ。
「まちだー!!」
恐らくはじめて訪れた街に、タルトタタンは目を輝かせて大はしゃぎしている。
駅前は尚更、色んな建物もあるし人も多い。駅前から少し離れたところに商店街もあるのだけれど、きっとそこに行ってもまたタルトタタンのテンションは上がりそうだな、と思う。
昨日ショートケーキの動画を見て改めて思ったけれど、アイドルといえば歌って踊る、という印象が強い。もちろん今はそれだけではなく、ドラマや映画で演技をしていたり、ニュース番組に出演していたり、バラエティー番組で旅をしたりクイズをしたりと様々ではあるけれど、スイーツアイドルのほとんどは歌って踊る活動をしていた。
単純に歌って踊る活動、といっても、ショートケーキのように一人で王道アイドルみたいな活動をしているスイーツアイドルもいれば、チーズケーキたちのように複数集まってグループとして活動をしているスイーツアイドルもいる。歌う内容もポップなものから、演歌やロックと、それぞれだ。
まだタルトタタンがどんなスイーツアイドルになりたいのか、今はまったく何もはじまっていない状態だ。そのため、現状確認からはじめて、タルトタタンの希望を聞きつつ、得意を伸ばす方向で話を進めたい。
というわけで訪れたのが、カラオケ店である。
僕はあまり歌を歌うことはないから来たことはないのだけれど、このカラオケ店はチェーン店だしコマーシャルも見たことがある。一人で入るには勇気がいるが、タルトタタンがいるということもあって緊張しながらも無事に受付が出来た。
「すごいですね、マネージャーさん!ここがカラオケなんですね!」
「うん。ここなら歌もダンスも確認出来るって思って」
僕もだが、タルトタタンもきょろきょろしながらまわりを見て、借りた部屋へと入った。
カラオケ用の機械やテレビ、テーブルや椅子があるけれど、室内はそんなに狭く感じない。
テレビの画面には今流行っている歌が映り流れている。音量が大きく感じるけれど、扉を開ける前は聞こえてこなかったから、しっかり防音の部屋なのだな、と思う。
「マネージャーさん!食べ物と飲み物を注文することが出来ますよ!?あ、あの、ナポリタン!ナポリタン食べてみていいですか!?」
歌よりも何よりも、タルトタタンは真っ先に食事関係のメニューを大きく広げてこちらに見せてくる。
スイーツアイドルは食事を摂らなくても平気なんじゃなかったのか……と思いながらも、キラキラとした純粋な目で見つめられると何も言えない。というかこの姿を見て断れる人はいるのだろうか。
何というかこう、田舎出身の素朴な女の子が都会に来てちょっとお洒落なものに背伸びをしてチャレンジしています感が滲み出ている。
「まあ、時間はあるしね。食べてから検証しようか」
「ありがとうございます!マネージャーさん!」
にっこりとタルトタタンが笑う。この素直さはとても好ましく感じる。すぐにお礼を言えることも。
「はっ!」
急にタルトタタンが、真剣な表情になる。まるで何か重大なことに今気付いたかのように。
「どうした?」
「たいへんです、マネージャーさん」
ばっと勢いよくタルトタタンが広げて見せたのは、先ほどのカラオケ店のメニューだ。その一部を、タルトタタンの小さくて細い指が指している。
「フ、フライドポテトも……頼んでいいですか!?」
「…………」
「だ、だめですか?ダメです?」
タルトタタンはきゃんきゃんと鳴いて訴えかけて子犬のように、メニューと僕を交互に見る。
「スイーツアイドルって、食事しなくても平気って言ってなかった?」
「あうっ」
さっきは敢えて聞かなかったことを口にしてみると、タルトタタンは痛いところを突かれたというように短い悲鳴をあげた。そしてがっくりと肩を落とす。本当、感情表現が素直というかわかりやすいというか。
「ちゃんと残さず食べきれる?」
一応、聞いてみる。食べきる自信があるから要望をしたのだろうとは思うけれど。もしもの時は僕も食べるけれど、食材を無駄にしないという意識はとても大切だ。
するとタルトタタンは再び目をキラキラと輝かせ、何度も頷く。
「はいっもちろんです!」
自信に満ち溢れた、とても元気の良い返事だった。
ちなみにだが、このカラオケ店に来る前にしっかり朝食は食べている。朝食をタルトタタンも食べたそうにしていたし、僕一人で食べるのも気まずかったから、食事は不要という話は聞いてはいたけれど準備をして一緒に食べたのだ。
朝食後に片付けたりゆっくりしてから出掛けたが、昼食の時間にはまだ全然早い時間だ。一体この小柄な体のどこに、こんなに入るのだろう。謎である。
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