1・タルトタタンとマネージャー②

 残っていたタルトタタンを切り分けて、テーブルへ。

 一人暮らしということもあって、部屋は広いというわけではない。もちろん、一人で暮らすには十分すぎるほどだ。寝室も別にきちんとあるし。

 元々物が多い方ではないから、リビングも比較的すっきりしている方だと思う。

 リビングには足の短い小さめのテーブルが

あるが、椅子はない。一応、誰かが来た時のためにと座布団はいくつかしまっておいてあったから、テーブルに向かい合って座れるように座布団を配置した。床はフローリングで、テーブルまわりにはラグが敷いてあるけど、長く座るには座布団があった方がお尻や足が痛くならない。

 一人なのに椅子があるの邪魔だな、掃除するのも面倒だし、などと思って低いテーブルを買ったものの、フローリングは座ると痛い、というのは残念なことに一人暮らしをはじめてから知ったことだ。実家は和室だったから、床は畳で、座っても痛くなかったのだ。

 などと考えごとをしながら着々と準備をする。タルトタタンは座布団が準備された時点で物珍しげに見つめ、つんつんと触り、それから恐る恐る座ったのだった。


「えーと、タルトタタン」

「はいっタルトタタンです!」

 キッチンから呼び掛けると、すごく元気な返事が来た。

 タルトタタンは座布団の上に正座をしている。背筋もしっかり伸びていて、とてもお行儀が良い。

「飲み物、何がいい?」

「牛乳がありましたら、牛乳がいいです」

 僕が家にある飲み物を次々述べる前に、タルトタタンから返事が来た。早い。

「うん。牛乳はあるよ」

 念のため冷蔵庫を開けて牛乳をゆるく振ってみたが、元々900ml入っているパックの半分以上は残っていそうだった。

 それなら僕も牛乳でいいか、とコップを二つ出して牛乳を注ぐ。

「タルトタタンは、牛乳が好きなの?」

 テーブルに牛乳を注いだコップを置き、僕も座る。

 マネージャーが具体的にどんなことをしているかはこれから調べるけれど、まずタルトタタンのことをよく知る、というのは大切なことだろう。そう考えての問い掛けだ。お菓子も飲み物もあることだし、軽めの親睦会みたいなものかな。

「はい!もっと大きくなりたいんです」

「大きく、か」

 タルトタタンの見た目は、成長途上の少女、といった感じだ。

 幼女というほど幼くはないし、大人の女性というほど成長はしていない、未完成の女の子。

「スイーツアイドルって体はお菓子そのものって聞いてるけど、成長するものなのか?」

 素朴な疑問を口にする。

 僕のまわりにはスイーツアイドルはいないし、テレビ等で見掛けてもこうして話すのははじめてなのだから、ひとまず本人に聞いてみる。というか、生態が謎すぎる。

 さっきタルトタタンは僕が作ったタルトタタンがタルトタタンの体になっていると言っていたけど……というか頭の中で考えてもタルトタタンが多すぎてごちゃごちゃになるな。

「…………。……いつかは成長するかもしれません」

「…………」

 タルトタタンはあれほどキラキラ見つめてきた真っ直ぐだった視線をそっと逸らし、小声でぽつりと呟く。これからお菓子を食べようと意気込んでいた様子もどこへやらといった感じで、フォークを手にしたまま少々居心地が悪そうに固まっている。

 これはたぶん、というか間違いなく、たくさん食べたり牛乳を飲んだりいっぱい寝たりしても、成長しないのでは。何なら年を取るという概念もないのでは。

 体型関係のことは、あまり深く聞くのはやめておこう。

「……とりあえず、食べようか?」

「はい……微かな希望は捨てません」

 しゅん、と肩を落とした様子でタルトタタンは小さく頷く。どうやら本気で大きくなりたいらしい。単純に背丈が大きくなりたいとかそういうものだけではなく、大人の女性になりたいということだろうか。

 今のタルトタタンの姿のような、子供と大人の境目の期間は、通常とても短い。

 こういう、未完成だからこその魅力というのもあるとは思うのだけれど。



 気を取り直し、お菓子を食べることにした。

 僕が作っていたタルトタタンと、先ほど冷蔵庫から出して注いだばかりのよく冷えた牛乳。時間帯的にもう、夕食だ。

 でもまあこのタルトタタンは甘さは控えめな方だ。味見はしていないけれど、同じレシピで作っているから。キッチンにまだ残りがあるし、夕食がこれでもいいだろう。

 タルトタタン(少女)も、早速タルトタタン(食べ物)を頬張っている。

「うーん、おいしいです!」

 ほんの数十秒前までは少々落ち込んでいたのにそんな姿はもう見る影もなく、頬をリンゴのようにほんのり赤らめて、タルトタタンは笑顔でもぐもぐと食べ進めている。

「マネージャーさんの愛情を、ひしひしと感じます」

 タルトタタンは一口一口を噛み締めながら、嬉しそうに食べている。

 一瞬、共食いという単語が浮かんだが、それは飲み込んでしまいこむ。言ったら怒られそうな気がしたし、共食いともちょっと違うような気もした。

「そういえばマネージャーさん。マネージャーさんのお邪魔にならないようにするので、わたしも住まわせてほしいんです」

「え?」

「あの、わたしたちは人間とは違うので、ご飯を食べなくても普通に動けるので!」

 突然の問いについ聞き返してしまうと、快諾を得られなかったと思い焦ったのか、タルトタタンは矢継ぎ早に説得の言葉を発した。

「お腹空かないのか?」

 どうしてだとか他に聞くことはあっただろうに、気になって食事の話を聞き返す。仕方ない。普通に気になってしまったから。

「そういった感覚はないですね。気持ち的な感じ、でしょうか。おいしそうなものを見たら、お腹が空いた気がする、みたいな」

「へえ。不思議」

「でも、生存とかに必要がなくても、こんな風においしいものを食べるのはわたしは大好きです。だから、ありがとうございます」

 おいしい、という第一声の通り、喜びを溢れさせながら食べているタルトタタンを見ていると、嬉しく感じる。

 まあ食費が掛からない、という点で負担が少ないのはいいことだけど、今みたいに食べるのが好きでおいしいおいしいとにこにこされたら、ちょっと僕一人で食事をするというのはどうかなと思うが。

 それよりも気になる問題点がある。

「タルトタタンはアイドルを目指しているし、女の子でしょ。僕は見ての通り、男だし一人暮らしだ。その状態で一緒に住むのは良くないんじゃない」

 これに関しては無名の状態だろうと問題だろうし、更にファンがついたりしたら余計にだ。推しのアイドルが男と同居しているとか、実際何にもなくてもそうは受け入れられないだろう。

「特に問題はないかと。わたしは人間の女の子の形をとっていますが、そもそもわたしたちに性別という概念はないんです。どちらでもないといいますか、まあ、人間ではないですし」

 僕の言葉はタルトタタン的には思いもよらなかったみたいだ。不思議そうに首を傾げたあと、当たり前のように問題はないと断言した。

「そういうもの?」

「はい。ショートケーキさんのところもマネージャーさんは男の子ですし、チーズケーキさんたちは男の子の姿をしていますけど、マネージャーさんは女性です。みなさん、一緒に住んでいるはずですね。もちろん、他の方たちも。基本的にはマネージャーさんと同居です」

 そうなのか。というかスイーツアイドル同士って、何らかの繋がりがあるのだろうか。

 ショートケーキにしてもチーズケーキにしても、マネージャーの姿は見たことはない。スイーツアイドルの中でも有名でテレビ等でもよく見掛けるけれど、マネージャーの話や姿は聞いたことはなかったし映ってもいなかったと思う。

 問題ない、とあれほどきっぱりとタルトタタンが言うのなら、大丈夫なのだろう。


「うーん、牛乳もおいしいです!」

 いつの間にかすっかりタルトタタン(食べ物)を食べ終えたタルトタタン(少女)は、これまたおいしそうに牛乳をごくごくと飲んでいた。

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