3・タルトタタンと動画撮影③

 タルトタタンはマイクの前に移動して、ヘッドホンを手に持つ。部屋の中、撮影のためにぽっかりと空いたマイク周辺のスペースに立つタルトタタンは、それだけで不思議と目を惹かれる雰囲気があった。

 小柄な体。小さくほっそりとした手足に、長い小麦色の髪。飴色の目は太陽の光を浴びているわけでもないのに、強く輝いているように見えた。

「タルトタタンちゃん、最初はシンプルめに撮影するから。歌うぞーって思ったら合図してね。曲流すから」

「はい、わかりました」

 白離の指示を聞いて、頷いてからタルトタタンはヘッドホンを耳につける。

 普通のカラオケと違い、撮影用なので、このヘッドホンから音が流れる。それを聞いてタルトタタンは歌うのだ。

 僕と白離にはヘッドホンから流れる音は聞こえない。だからこちらでは、タルトタタンの歌声だけが聞こえることになる。タルトタタンの目の前にあるマイクでは、そのタルトタタンの歌声をしっかり録音するのだ。曲の音はあとから、編集する時に入れるそうだ。

 歌を歌い録音するための機械や撮影するためのスペース等は充実していても、カメラは自前のものだ。僕とタルトタタンと白離、三人のスマホ、三台で今回は撮影する。

 タルトタタンと白離のスマホは定点カメラみたいな感じで、一カ所から動かすことなく一曲分を撮影する。僕のスマホでのみ、動きながら撮影することにした。

 この辺りはもう完全に手探りだ。何度かテストはしてみたものの、どうすれば良く撮れるのかや見栄えが良くなるかは何度も試して経験を重ねるしかない。

 カメラは自前のものだが、他の機材は揃っているこの部屋は、歌うタルトタタンのところをライトで照らしたり、ライブで見るみたいに色を変えて動かしたり、背景に風景を映したりと色々出来る。

 けれど最初だし、白離が言った通りまずはシンプルに撮影することにした。

 タルトタタンが綺麗に見えるように真っ白ではなく少しだけオレンジ色っぽいライトを当てることにした。背景は白いままだ。

 曲の雰囲気に合わせて今後変えるのもいいだろうし、今日このあと時間があれば別パターンも撮ってみたいと話をしてはいる。

 とはいえ、まずはシンプルに。歌いきれるように、撮りきれるように。


 タルトタタンが手を挙げて頷く。これから歌うようだ。

 僕はすぐにスマホ三台分のカメラを起動させ、動画の撮影を開始する。

 それを見て白離も機械を操作して、タルトタタンのつけているヘッドホンに曲を流した。

 僕たちに音は聞こえてこないけれど、タルトタタンの見ている画面がパッと切り替わり、動き出したことで音が流れはじめたことがわかる。

 それまで画面を見ていたタルトタタンは、ふと目を閉じた。

 画面には歌詞が出る。当然だけれど目を閉じたら歌詞は見えなくなる。けれどきっと、すべて覚えているのだろう。最初にカラオケで歌った時だって、踊りながら歌っていた。その時だって画面はほとんど見ていなかったのだから。

 そしてイントロが終わるのか、タルトタタンがす、と深く息を吸い、歌いはじめる。


 透明感のある、澄んだ声。

 懐かしい思い出の中の、大切な人の鼻歌を聴いているかのように、流れるようにずっと聴いていたくなる。深い森の中の静かな湖のように、心を穏やかにさせる。

 曲が聞こえず、タルトタタンの声だけだから、殊更強く感じる。

 上手い、という言葉だけでは表現することは出来ない。人を惹きつける歌声。

 カラオケの時と違いダンスがないぶん、歌に集中出来ていることがとても良かった。息切れもないし、不安もない。真っ直ぐで、眩しいくらいに。

 たくさんの人に知ってもらいたい。動画を少しでも多くの人に見てもらえるように、タルトタタンの魅力を少しでも多く引き出せるように、歌い続けるタルトタタンを僕は撮り続けた。






「タルトタタンちゃん、歌ほんと上手くてびっくりしたー!」

 撮影終了後、片付けをしながら白離がそう感想を述べた。

「本当ですか?ありがとうございます!」

 タルトタタンはその感想を聞いて、ほっと息を吐く。

 事実、練習の時よりもずっと良くなっていた。緊張は解れてのびのびと歌えていたし。

 通してでは三回撮影することが出来たのだが、その合間も集中を切らさないために感想は僕も白離もあまり言わないようにしていた。良かったとかお疲れさまとか軽くは言っていたけれど、声を掛けて良い状態を途切れさせたくはなかったから。

 撮ったのは三回ともショートケーキのデビュー曲だが、タルトタタン自身二回目以降は曲に合わせて笑顔を見せたり、手の部分だけ少し振りを入れたりと楽しんで歌っていた。

 このぶんだと、今日撮影した中でより良いものを選んで動画投稿出来そうだ。

「お疲れさま、タルトタタン。すごくいい歌だった」

「マネージャーさん……!ありがとうございます!ありがとうございます!」

 僕の褒め言葉にタルトタタンは感極まった様子で涙ぐんでいる。

「タルトタタンちゃん、おれの時と小麦の時で喜びの振り幅めっちゃ違うし!小麦、懐かれてるなー」

「まあ、マネージャーだしね」

 ご機嫌なタルトタタンは褒められてよほど嬉しかったのか、鼻歌を歌いながらにこにこしている。

 ついさっきまで練習でも本番でもあんなに歌っていたのに、喜びの表現方法も歌なんだな、と思い可笑しくなる。

 だからだろうか。片付けている時間さえ、楽しさが続いてずっと高揚しているようだった。


「よっし、じゃーあかねちゃんに挨拶して次の予約取って帰って編集しよー!」

「おー!」

「おー」

 拳を突き上げてやる気を見せる白離に、タルトタタンもその姿を真似る。僕もぐっと握って拳は作ったものの、ちょっと恥ずかしかったから小さく挙げるだけに留めた。


 忘れ物はないだろうかと最後に部屋を確認する。白離とタルトタタンは一足先にあかねちゃんがいる受付へと向かった。

 とはいえ機械関係は元々揃っていたし、持ち込んだものは大してない。スマホや財布等の手荷物だけだ。けれど確認してから追いかけると伝えてこうして一人で部屋を見たかった。

 時計を見ると午後四時にもうすぐなるところ。たった二時間の出来事だったのに、とても濃密なものだったな、と改めて思う。

 ここにはまた、近々来ることになるだろう。

 First song風の動画を撮るにしても他の動画を撮るにしても、自分たちで本格的な機械を用意するのは大変だ。ここには場所とマイクがある。少しでもいい環境で撮影して、録音して、タルトタタンの魅力を伝えたい。知ってほしい。

 いつか、もっとちゃんとした形で、歌わせたいと思う。

 CDとかダウンロードとか、そういう形で、タルトタタンだけの曲を。たくさんの人に、たくさんの形で。

「…………うん」

 頑張ろう、と思った。頑張りたい。

 今は売れているショートケーキだって、きっと紆余曲折あったはず。なりたい、と思ってすぐになれるものではないはずだ。歌にしてもダンスにしても。ショートケーキはデビュー曲から驚くほど人気が出たけれど、デビュー曲を出す前だって準備や練習を重ねているだろう。

 裏側にどれほどの苦労があったとしても、それは表には出てこない。

 アイドルの、スイーツアイドルの世界は夢みたいにキラキラと輝いているけれど、そこに至るまでにはたくさんのことがあるのだ。誰だってみんな、程度は違えど努力はしている。努力もせずに何とかなる天才なんて、本当に一握りしかいないのだから。


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