3・タルトタタンと動画撮影④

 動画編集に集中するために、夕食に牛丼を購入してから帰宅した。

 牛丼はタルトタタンのリクエストである。某有名チェーン店のものだが、食べてみたかったそうだ。

「ほろほろなチキンカレーも、気になります!」

 と最後まで牛丼にするかカレーにするか悩んでいたが、まずは王道から攻めることにしたようだ。ちなみに両方、という選択肢もちょっとあったようだが、一人前のスイーツアイドルを目指す身としてはそれはやばいと思ったのか諦めていた。大食い路線はやはりNGらしい。

 僕個人としてはタルトタタンがもりもり食べている姿を見るのは結構好きだ。おいしそうに食べるし。

 それにしても、タルトタタンはきっかり毎食食べているが、果たして食事を摂らないという日は来るのだろうか。たぶん、そんな日は来ない気がする。

 そういえばいつの間にか、タルトタタンの髪飾りのリンゴは黄色から赤色に戻っていた。


 スマホで撮影した映像のデータと、録音したタルトタタンの音声データをノートパソコンに取り込む。編集はスマホでも出来ないことはないけれど、パソコンの方がやりやすいと白離が教えてくれたからだ。

 実際に白離がゲーム動画を編集する際には、パソコンであれこれやっているらしい。

「でもまずはYour Tubeのアカウント作んないとだよね」

「……ハイ」

 白離の言葉に頷く。動画についてもそうだが、色々な目処がたたずそこでも詰まっていたのだった。

「とりあえずおれが仮で入力するから、それ見て修正する感じにする?」

「お願いします……」

 まあ、アカウントの作成は初回だけだから。動画の編集や投稿は覚えないとどうにもならないものだけれど、アカウント作成についてはもう白離に任せてしまおう。その方が断然早い。

 迷いがないのもそうだけれど、タイピングも速いのだ。

 白離はタルトタタンと僕の意見を聞きながら、さくさくと入力を進める。

 途中からすっかり僕は置いていかれて、白離とタルトタタンがあれこれ話し合っていた。


 アカウント名はそのまま『タルトタタン』で、チャンネル名が『甘くておいしい!タルトタタン』…………って、なんだこれ。


「写真どうする?あっ、これいいかな」

「いいですね!」

 二人はすっかり盛り上がっていて、僕はしっかり蚊帳の外である。マネージャーのはずなのに。

 今はタルトタタンの写真を選んでいた。丸い部分のアイコンというか、プロフィール写真の部分だ。よく目に入る部分なので、大事な写真だ。

「……ぁ」

 思わず小さく声が漏れてしまった。小さかったから二人には聞こえなかったようだけれど。

 白離とタルトタタンがたくさん撮った写真の中から選んでいたのは、今日僕が撮ったタルトタタンの写真だった。

 我ながら上手く撮れたとは思ったけれど。こんなにも多くの写真の中から見つけて選んでもらえたことが、とても嬉しい。


「よし、作成終わり!じゃあここからは小麦の仕事だ!動画、編集しよー」

 無事にアカウント作成は終わり、白離がそう話しながら笑う。

「うん。頑張って覚えるよ」

 正直あまり自信はないけれど。

 アカウントの作成だって、悩んで全然形にも出来なかった僕とは違い、白離はさくさくと簡単そうに終えた。けれどいつまでも白離に頼りきりでいるわけにはいかない。なりゆきとはいえ、僕はタルトタタンのマネージャーなのだから。タルトタタンのために出来ることは少しでも、一つでも、多い方がいい。




 夕食に牛丼を食べる、という行為を挟みつつ、うんうん唸りながら動画の編集をし続けて、気付けばすっかり真夜中になっていた。

 白離は僕の家に泊まっていくと、家族に連絡を入れていたらしい。いつの間に。しっかりした子である。

 タルトタタンの動画は『First song風』と『歌ってみたよ』の二つのタグを付けるように編集した。歌ってみたよはそのまま、既存の曲を歌ってみるという動画だ。

 投稿するにあたってタグは結構大事みたいで、多くの人に見てもらうためにも考えて付けた方がいいらしい。

 あとはタルトタタンはスイーツアイドルなので、『スイーツアイドル』と、これからの周知を兼ねて『タルトタタン』、チャンネル名の略称として『あおタル』と付けることにした。あおタルについては、これはタルトタタンの希望である。チャンネル名である、甘くておいしいタルトタタンのそれぞれの頭文字だが、あおタルだけでは何のことかわからないのでは?と思いそう話したものの、タルトタタンはあおタル推しのようだった。謎のこだわりである。

 歌っている動画は、相談の結果本番一回目のものを投稿に使うことにした。

 一回目に撮ったものは二回目、三回目と違い笑顔や振りが入ってはいないけれど、本番用に通して撮影した三回の中ではもっともタルトタタンがのびのびと歌えていたからだ。

 表情は真剣なものでにっこりとした笑顔は歌の最中はないけれど、ずっとやわらかい。そして歌い終えたあと、ほっとしたようにタルトタタンが笑うのだ。その笑顔がとても印象的だった。

 僕がすることは単純なことで、この三台のカメラで撮影したタルトタタンをどれほど良く見せるか、と、言ってしまえばそれだけだ。

 画面の明るさやコントラストを調整したり、どのカメラのどこをいつどんな風に流すのかを試行錯誤したり、あとは曲の情報を入れたりサムネイルを作ったり……いくらシンプルめに動画を作る、といってもやることはとても多かった。世の動画投稿者さんたちはすごい。

「やっと出来た……」

 何度も見直し、確認し、ようやく一つの動画が完成した。

 タルトタタンはその間、僕を応援してくれたり、SNSの投稿をしたりしていたけれど、たくさん歌って疲れたのかしばらく前に寝落ちている。

 リビングは明るいから寝室の布団に運んでおいたので、タルトタタンがこの完成した動画を見るのは明日のお楽しみだ。

「お疲れ、小麦」

「ありがとう。白離がいてくれて良かったけど、こんな遅くまで掛かって……」

「いーよいーよ!おれ、結構この時間までゲームしてたりするし」

 時計を見ると、もうすっかり零時を回っている。じわじわと眠気を感じているし、白離の目も少し眠そうにとろりとしている。

「動画出来たし、あとは投稿するだけだね。いつ投稿する?」

「うーん……とりあえず今日はもう遅いし、明日……いやもう今日か……」

 日付的にはもう夜中の零時を過ぎているのだから、切り替わっている。

 けれど不思議と、眠るまでが今日で朝起きてからが明日、という感覚がある。起きた状態で日付を跨ぐというのは奇妙な感覚だな、とよく思う。

「結構、動画を投稿する時間帯とかも大事なんだよねー」

「え、そうなのか?」

「そうそう。Your Tube見てる人たちによるっていうか……例えば子供とかだと幼稚園とか学校に行く前に見てたりするから朝見る子が多かったり、会社のお昼休み……はまあその人によるんだろうけど、あとは会社とか学校が終わった帰宅後の時間とか。んー……タルトタタンちゃんの場合歌だし、子供も知ってるショートケーキちゃんの曲だし、朝の方がいいかな?」

「何か、動画って本当に色々あるんだな……」

 本当に、世の動画投稿者さんたちはすごい。

 白離の言う通り、この動画で歌っているのはショートケーキの曲で、子供から大人まで幅広い世代に人気だ。だとしたら、朝の方がいいだろうか。

「……うん。朝にしよう。それに、タルトタタンを驚かせたいな」

 すっかり寝てしまったタルトタタンは、まだ完成した動画を見ていない。それが朝起きた時には投稿されていたら。

「それは……タルトタタンちゃんの反応がめちゃくちゃ楽しみなやつ!」

「そうそう。タルトタタンから、動画に関することは全部僕に任せるって、寝る前に言質とってるし」

 だいぶ寝惚け眼状態のタルトタタンから、ではあるけれど。言質は言質だろう。

「悪い顔してるなー小麦!」

 そう言いながらも、白離もイタズラめいた子供のような笑顔を見せている。

 というわけでほんの少しの悪巧みをして。動画は朝の七時に投稿されるように予約して、僕と白離は就寝した。











 揺れている。

 ゆさゆさ、ゆさゆさ、そんな感じに。

 ゆりかごのような揺れではあったけれど、ゆっくりと目を覚ますには十分な振動だった。とはいえ頭の中はぼんやりと霞がかかっているようで、まだ寝足りないのか体も鉛のように重い。

 夢も見ず、泥のように眠った。

「マネージャーさん……マネージャー、さん」

 そして今起こされている。タルトタタンに。

 うっすらと目を開けると、僕をじっと見つめてくるタルトタタンの飴色の目は、涙を滲ませていた。眉はすっかり漢数字の八の字になっている。けれどその涙や戸惑いに、悲しみの気配はまったく感じない。それほど明確な嬉しさを含んでいたから。

 なるほど。これが、泣き笑いというやつか。

「わたしの歌、投稿されてました」

「……うん」

 どうやらサプライズは成功らしい。

「もう、見てくれた方たちもいました」

「それは良かった」

「コ、コメントを、くれた方もいて……」

 そこまで話して、ほろほろとタルトタタンの大きな目からこらえきれない大粒の涙が溢れた。ぐしゃり、と梅干しみたいに顔がしわくちゃに崩れて、思わず僕は笑ってしまう。

 絶対これ、スイーツアイドルとして人前でやっちゃダメな顔だ。

「う、うれし、い、です……嬉しい……!わああああん!」

 タルトタタンは小さな子供のように、わんわんと声を上げて泣いた。

 すごく眠かったのにすっかり目が覚めてしまった。けれど頭と体はとても疲れているのに、かつてないほど心地良い目覚めの朝だと思った。

 ふと見ると、白離も起きてしまったようだ。布団から上半身を起こして、へらりと笑っている。

「サプライズ、大成功!ってやつだね」

「ここまでギャン泣きされるのは想定外。ほらタルトタタン、鼻かんで」

「スイーツアイドルは鼻水なんて出ません!」

「出てるじゃん」

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃのタルトタタンの鼻にティッシュをあてがうと、ちーん、としっかり鼻をかんだ。やっぱり出てるじゃん。

 まあ体はお菓子なわけだし、厳密にいえば普通の鼻水の成分とは違うのかもしれないけれど。タルトタタン自体、いつもお菓子のタルトタタンの、少し甘い匂いがするし。けれど鼻から水っぽいものが出ていたら、それは鼻水だよな。

「アイドルだって人間だし、鼻水は出ると思うよ。タルトタタンはスイーツアイドルだけど」

 僕がそう話すと、タルトタタンは眩しいほどの笑顔を見せた。

 泣いていて、目も鼻もリンゴのように真っ赤でぐしゃぐしゃだったけれど、朝日を浴びてキラキラしている満面の笑顔は、タルトタタンと出会ってからこれまでで間違いなく一番良い笑顔だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スイーツアイドル成長中! 〜タルトタタンの魔法〜 怪人X @aoisora_mizunoiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ