3・タルトタタンと動画撮影②
一発撮りとはいえ、これはスイーツアイドルとしてのタルトタタンの初動画になる、かもしれない。
何事も最初が肝心。もちろん、そのあとの努力も必須ではあるけれど、はじめての動画やその印象が良いものであるに越したことはない。
どんな風に歌うか、何を歌うか、どんな風に撮るか、どう編集するか。話し合うことや決めることはたくさんある。
機械関係の使い方を教えてくれたあと、あかねちゃんは店番に戻っていった。そこからは僕とタルトタタン、白離の三人で話し合い、方向性を決めていった。
やることが多く、その上で楽しい時間というものは不思議と過ぎるのが早い。色々しているうちにこの部屋を使える残り時間も少なくなってきた。
また予約すればここには来れる。けれどせっかく来たのだし、一度動画を撮りたいと思う。この動画が投稿出来そうなほど上手く撮れなかったとしても、まずはやってみる、ということはとても大事なことだと思う。
タルトタタンもそのつもりで、ずっと真剣に練習をしていた。
「タルトタタン、そろそろ一度、動画撮ってみる?」
少しの休憩を挟み、水分補給をしているタルトタタンに問い掛ける。
するとタルトタタンは嬉しそうに、満面の笑顔で頷いた。
「はい!わたし、頑張ります!」
「何を歌うかはもう決めた?」
歌う曲はタルトタタンに選ぶことを任せた。話し合って考えても良かったけれど、タルトタタンに任せた方がいい気がしたからだ。
「はい」
タルトタタンは少し遠慮がちに頷いた。
「当ててみようか」
「え?」
僕とタルトタタンは時間的にはまだまだ長い付き合いとは、とても言えない。
けれど一日中ほとんどずっと側にいて、タルトタタンがどうしたいのか、何を考えているのか、その端っこくらいはたぶん掴めてきたはずだ。マネージャーとして。
「ショートケーキのデビュー曲、でしょ」
僕がそう話すと、タルトタタンは目を大きく見開いて驚いた。
このカラオケ店に来てから、タルトタタンはショートケーキのデビュー曲はまだ一度も歌っていない。他のスイーツアイドルの曲や、他のアイドルの曲を歌っていた。どれも有名な曲ばかりだ。
はじめてカラオケ店に行った時には、真っ先にショートケーキの曲を歌ったというのに。
「どうしてわかったんですか?」
「これでも一応、マネージャーだからね」
僕がはじめて聞いたタルトタタンが歌った曲。同じスイーツアイドル、しかも売れっ子のショートケーキのデビュー曲となれば、動画投稿の一本目にしてはいい選曲だろう。
タルトタタンはこの曲を好きだと話し、楽しそうに歌っていた。それでもいざ動画撮影となった時に、この曲の練習は避けた。好きで、歌いたいと思っていても、自信がないのだろう。
けれど、それでも、練習でタルトタタンが歌う他の曲を聞いても、上手いとは思っても最初に感じたほどのインパクトはなかった。タルトタタン自身も恐らくそれはわかっている。タルトタタンによく合っていて、タルトタタンの魅力をより引き出してくれるのは、やはりショートケーキのデビュー曲なのだと。
「……でも、マネージャーさん。わたし、自信がありません。ショートケーキさんはデビューの時からすでにキラキラしていて、いつもおいしそうで、ずっと人気者で……それに比べてわたしは知名度もないし」
よほど自信がないのか、普段より少し早口で話す。
「これから知ってもらう立場だからね」
でも途中、おいしそう、とか聞こえた気がしたけれど、スイーツアイドルの方のショートケーキの話でいいんだよな。お菓子としての話ではないよな。……ちょっと不安になる。
「ケーキ屋さんに行っても、ショートケーキさんはほぼ必ずいるのにわたしは滅多にいないし」
違うな。これ、お菓子としての話だな。物理的なやつ。
「アップルパイはいるのにわたしはいないし、タルトタタン?なにそれアップルパイのこと?って言われるし、わたしはアップルパイの二番煎じじゃないし失敗作でもないはずだし色々諸説ありますけど!」
段々話がずれてきている。いつの間にかショートケーキではなくアップルパイの話になっているし。スイーツアイドルはタルトタタンと知り合ってから調べたけれど、アップルパイは確かいなかったと思う。タルトタタンのようにまだ活動前だったり、あるいは活動していても話題になる前だと見逃している可能性もあるけれど。
だからやはり話はずれて、スイーツアイドルではなくお菓子本体の話になっているのだろう。
タルトタタンはアップルパイを作ろうとした時の失敗から生まれた、という話がある。そのことを気にしているのだろうか。
「タルトタタンには、タルトタタンの良さがあるよ。ショートケーキともアップルパイとも違う」
「マネージャーさん……」
「僕はタルトタタンが……好きだよ。おいしいし、可愛いし」
少しどころかめちゃくちゃ恥ずかしいが、本当に思っていることだし、今伝えて勇気付けなければマネージャーとしても製作者としても落第である。視界の端に僕たちのやりとりを見てによによと笑いをこらえている白離が映るが、全力で気にしないことにする。
タルトタタンは気掛かりだったことをどばっと話したからか、褒められたからか、落ち着いた様子に戻った。
同時にタルトタタンの頭に付いている二つの丸々としたリンゴの髪飾りが、何故か赤色から黄色に変わった。
(ゴールデンデリシャス的な……?)
以前お菓子のタルトタタンのレシピを教わった時に、本来タルトタタンを作るにはゴールデンデリシャスという黄色のリンゴを使うのがいいのだと言っていた。旬の時期などの手に入った時は出来るだけそれで作っていたけれど、タルトタタンと出会った時に使ったリンゴは一般的によく売られている赤いリンゴだ。
タルトタタンの髪飾りの丸々としたリンゴは、その時に使ったリンゴのように赤かったけれど。今はゴールデンデリシャスのような黄色である。
そういえばスイーツアイドルのショートケーキも、目の色や装飾がイチゴの色になったりメロンの色になったりオレンジの色になったりしていた。
(こんな手品か魔法みたいに勝手に色が変わるなんて。本当に人間ではないんだな)
もりもり食事をしたり、涎のようなものを垂らして眠っていたり、泣いたり笑ったりしていても、違うのだと改めて思う。
「そうですよね……たくさんのお菓子がいる中で、マネージャーさんは浮気もせずタルトタタンを作り続けてくれました」
僕の言葉を受け取り、タルトタタンは嬉しそうに涙ぐみながらそう話す。
確かに僕が作るお菓子といえばタルトタタンばかりだったけれど。他のお菓子を作るのは浮気扱いになるのか。……というか何故知っているんだ。
これまであえて口を出さずにいたが、白離はついに耐えきれなくなったのか、ふぐっと小さく笑い声を漏らした。幸い、タルトタタンは気付いていないようだけれど。
「わたし、一生懸命歌います!わたしらしく!!」
ともあれ、タルトタタンの不安は取り除かれたらしい。髪飾りのリンゴも傷む気配もなく元気に黄色である。
一安心して、ほっと息を吐く。
「イチャイチャタイム終わったー?」
もういいだろうと思ったのか、笑いも落ち着いたのか、白離が冗談混じりに声を掛けてくる。
「イチャイチャはしていない」
「イチャイチャって何ですか?」
タルトタタンは本気でわからない様子で、こてんと首を傾げていた。
「タルトタタンは気にしなくていいやつだから」
「なるほど!マネージャーさんがそう言うのでしたら、気にしません。任せてください!」
不思議そうにきょとんとしていた顔は一変し、本当にもうまったく気にしていなさそうな素振りのタルトタタン。マネージャーとして全幅の信頼を何故か寄せてくれるのはありがたいけれど、ちょっと心配になる。何というか、ころっと騙されそうで。
まさかタルトタタンは僕の話すことを無条件で信じるわけではない、よな?
「タルトタタン、今僕たちが住んでいる惑星の名前ってわかる?」
「……?地球ですよね」
「実はここ、火星なんだ」
「そうだったんですか!知らなかったです!」
「…………」
「…………」
僕とともに白離も流石に心配すぎて黙った。冗談抜きで、タルトタタンは心底驚いた表情をしている。
もちろんすぐに謝罪をして訂正した。
「というわけで、そろそろ本番はじめまーす!」
小休止ののち、白離が元気に声を張り上げる。まあ三人しかいないし声を張り上げなくても十分聞こえるのだけれど、気持ち的なやつである。
明るく元気な声を聞くと、何だかこっちまで元気になるような気がするから。不思議だな、と思う。体は別々のもので各々感覚は違うし、心だって見えるわけではないからはっきりわかるものでもないのに。
「頑張ります!」
タルトタタンも先ほどまでの不安そうな姿はもう欠片もない。リンゴもツヤツヤとした元気な黄色だ。これならきっと、リラックスして歌うことが出来るだろう。
「うん。でも失敗したっていいよ。時間はあるんだし、今回上手く撮れなくても次でもいい。だからタルトタタンはタルトタタンらしく、歌えばいい」
「そうそう。また予約して来ればいいし!おれ、何回だって協力するよー」
僕の言葉に白離もこくこく頷きながら同意する。
実際言葉通りで、何も今日全部やらなくてもいい。ライブだったら失敗出来ない緊張感とかはあるけれど、これは一発撮りではあるけれど動画だし。
僕の大学の春休みはまだある。それに休みが明けたからといって、タルトタタンの活動に割く時間がまったくなくなるわけではない。大学とアルバイトで時間は取りづらくなっても力にはなるし、なりたい。
だから焦らなくてもいいんだ。
「はい!ありがとうございます!」
僕や白離の気持ちがどれほど伝わっているのかはわからない。けれどタルトタタンは、へにゃりと力の抜けた可愛らしい笑顔を見せた。
だから伝えた言葉には意味がある。一欠片でも届いて力になるのなら、意味はあるのだ。
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