第四話

 組立家具の加工場で働いている僕にとって一番嫌いな時間はいつかと問われたらまちがいなくこう答える。昼休みだ。正午のチャイムが聞こえると──正確にはまもなくチャイムが鳴ると気がついた途端──空腹なのに食欲が減衰する。僕たち作業員は専用食堂で決められた定食を与えられている。動物みたいだと揶揄する人もいるが、このシステム自体には何ら異論はなかった。決められた時間に決められた食事、僕にすればいちいち考えなくても済む良いシステムだからだ。問題は食事のあとの数十分を如何にして過ごすかだった。同僚との人間関係に頓着のない僕はひまを持てあまし喫煙所で煙草を吸いながら携帯電話と戯れるだけで、ほかにすることがない。すると場所が場所だけにどこからか人が集まってきて、先週は朝まで遊んだだの、やれキャバクラだ風俗だとひと目も憚らずに騒ぐ同僚たちに辟易してしまう。加工場内にはいくつかの人間関係が形成されており、また独身の作業員が多く働くこの加工場が西九条駅に近接しているためそれぞれの遊び場にはおおよその規定ルートが出来あがっていた。環状線に乗って梅田界隈か、天王寺方面へ行くか。まれに天満まで足をのばすコアなじいさんもいる。そういった特定のグループに加わっていない僕はもちろん夜の街にくりだすこともなければ、こうして存在感をころして昼礼のチャイムを待つほかなかった。夕方五時になり終業のチャイムが鳴ると僕は生まれかわったように心が軽くなる。いつものように廃棄場へ寄り、手頃なサイズの端材を手に取り帰路についた。

 高校を卒業し働きはじめてからずっと続けてきたことがある。同僚のみんなはこうして独りあるく僕のことを暇な引きこもりだと思っているだろう。遠からずだが決定的に違うことがある。自室のドアノブをまわし誰も招いたことのない室内に入ると僕の四年間の歴史──木で出来た数十体の人形が生温かく迎えてくれる。僕の日課である工作の賜物たちだ。はた目には人形には見えないかもしれない。十五センチから三十センチ程度のもので、どれも不揃いかつ人のかたちを成しているものはいないからだ。風呂に入ることも後にまわし新しく手にいれた木材の加工にとりかかる。今夜の材料は集成板が三切れ、それと球体状にくりぬかれた跡の残る角材、とくにゴール地点は決めずにナイフで材を削いでいく。日記をつけるように作りつづけ、一体一体に念をこめるつもりで扱う。作るより先の目的はとくにない。この世に生まれた人形たちは僕の家族になるのだから、一緒に過ごすことに特別な意味などあるはずもない。

 ふと、丸くくり抜かれた断面を見て、いつもの人形ではない美しいヒトを作りたくなった。怯えたような目と挑発するような口、できれば首の筋がみえるほどまで繋いで、そうしたら今度はセクシーな肩の丸みと、しなやかな肘の角度と、何ものにも阻害されない意志をもった指。肩甲骨のみぞをくだり臀部にはみずみずしい林檎のような身をつけ、危なげないバランスの脚と切りそろえられた爪……。蛍光灯の白々しさが照らす虚空に描いてみた。しかしどうにも上手く輪郭をつかめないまま、冷めた刃先が空まわりつづける。断面はきっかけにすぎないのだ。意識の根底に眼をむけると僕にしかつくれないヒト型がみえてくる。ミロのヴィーナスや自由の女神ほどの神々しさを放てなくても良い。この部屋で、僕だけの女神を作ろう。その夜は床についたままなかなか寝つけず、薄暗いまぶたに彼女を抱いた自分を想像できた。

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