第五話
休日の阪急梅田駅周辺は厚着をした無彩色の人々で覆いつくされていた。空はうすく青みがかり気持ちのいい冬晴れだというのに、師走のせつない冷風が灰色の街をより冷たくさせているようだ。あれからというもの小鳥遊優とは頻繁に二人で会う機会を設けている。毎週とはいかないまでも都合があえば互いに互いを優先的な遊び相手にしている状態だった。もちろん僕はいつでも時間を作れるし、彼女と一緒になにかすることをとても好ましく思っていた。僕が小鳥遊優と会っていることをあの日誘ってくれた赤坂は知らない、そもそもあれ以来口をきいてもいないのだから知る由もない。僕みたいなやつが女性と会っているなんて知られたらどんなに不快なからかわれ方をするか想像がつくのだから「いつも独りの暗いやつ」と思われているほうが断然楽だ。
とくに感慨もなく物販チェーン店の看板を見ていたら胸もと付近から視線を感じた。小鳥遊優がじっと僕を見つめていたのだ。驚いて後ずさった拍子に背中のショーウインドウに頭をぶつけてしまい、なんとも情けない気持ちになる。
「いつ気がつくのかなと思って。……頭だいじょうぶ?」
「だ、大丈夫、大丈夫。ちょっとびっくりしただけやから。ごめん、ぼけっとしてた」
「そ? じゃあ気をとりなおして行こっか」
二日前のメールには「茶屋町に素敵なランチのお店がある」と書かれていた。茶屋町といえば名前を知っている程度で足を踏みいれたことのない場所で、素敵なランチとなれば上品な店かもしれないと襟つきの服を選んできたわけだが、存外カジュアルな雰囲気の若者のまちだった。
高架沿いの道を歩く途中、ずいぶんと二人で並ぶ画が様になってきたなとほくそ笑んでしまう。「ここ、ここ」と彼女がさした建物は飲食店のほかにアパレルショップやセレクトショップが店をかまえる大きな商業施設だった。入口の前に立てられているショップ案内の掲示板を見ながら聞きなれない言葉を反芻する小鳥遊優を見て、一方的にリードされているくせに僕はついその横顔が今日もきれいだととんちんかんな感想を抱いてしまった。僕ではないどこかを見つめる彼女が他人行儀に感じられてより儚げに映えるのだ。
小鳥遊優は掲示板の上から三行目にあるカラフルなサラダとパンケーキが写されている写真に指を向け、七階のこの店が目的地だと告げた。エレベーターを待っている最中、僕たちの間に会話はうまれない。今日に限ったことでもなければこれが窮屈だと思うことも僕たちにはなかった。正確には──正確もなにも僕の主観だけど──いつだって何をしていたって、スタートの合図をもっているのは彼女なのだ。僕は彼女の阿に吽と返すだけ、それだけで二人の空間ができあがる。乗り場では僕たち以外に三組のカップルらしき男女が待機しているが、どれも相手に気づかうふりをして自分の話にうまいオチをつけて主役になろうとしている様子が耳越しに伝わる。これらが世間一般の男女なのだろうか。……そうだろうな。僕が特異なだけでそんな僕に付きあってこうして休日を浪費できる彼女もまた特異なんだ。
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