#8 窮地

『なんだ、なんだぁ。やられちまったってのかぁ? ったく、とんだクズどもだぜ。こんなしけた村ひとつまともに潰せねぇとはなぁ』


 バンたちに聞き覚えのない声が聞こえてきた。


「しゃ、しゃべった……のか? あのトラの妖怪が?」

「わしにもはっきり聞こえたぞい」


 内容からして黒虎の発言と考えられるが、とても信じられるものではない。バンも里長も人語を話す妖怪に出会ったことなど一度もなかった。さらに、それなりの距離があるにもかかわらず明瞭に聞こえすぎている。


「なんか、頭のなかに直接響いてくる気がする」

「そうじゃな。もしかすると、妖怪の持つ不思議な力で話しているのかもしれん」

「不思議な力?」

「うむ。妖怪には多かれ少なかれ神通力が備わっておる。あやつは並外れた力を持っているのかもしれんな」

「めちゃくちゃ強いかもしれねぇ、ってことか?」

「おそらくは。確実に言えるのは、あやつには高い知能があるということじゃ。ただ暴れまわるだけの図体ばかり大きい妖怪よりも、よっぽど危険な相手になるじゃろうな」


 大丈夫、ちょっと頭がいいだけさ。あいつは負けねぇ──。


 すっかり煙が晴れて視界が良くなった。黒虎は少女に向かってくる。


『おいそこのガキ、やったのはてめぇかぁ?』


 少女は返事をせずに即発砲。黒虎の姿が見えぬ内からすでに銃を構え、煙が晴れるのを待っていたのだ。ブラスターの発する光はターゲットの顔面に命中する。


「よしっ、やった! ──えっ?」


 少年のよろこびの感情は一瞬にして消え去った。急所に直撃を受けたはずの黒虎がぴんぴんしているのだ。


「まったく効いておらんぞい!」


 里長も驚きを隠せなかった。

 撃たれた張本人はまったく気にも留めず、マイペースにしゃべり続ける。


『なかなかおもしれぇもん持ってんじゃねぇか。てめぇ、なにもんだ?』


 少女がふたたび発砲。連射。

 放たれた光はターゲットに向かって直進。命中するかに思われた。しかし、黒虎に直撃する直前、見えない壁に弾かれるように霧散する。


「なんだよ、あれも神通力ってやつなのか?」

「うむ、おそらく。強大な力じゃ」


 何度撃たれても、やはり回避をしようとしない。気にする素振りすら見せない。それだけ自分の力に自信があるのだろう。


『まぁ、なんでもいいか。てめぇがどこのだれだろうと、どうせおれさまに食われるんだからなぁ!』


 黒虎が口を大きく開き、火球を発射。少女は紙一重でなんとか回避。外れた火球は少女の後方に着弾。爆発。


 火まで吐けんのか──。


 黒虎の繰り出す火球攻撃は、その大きさ、弾速、破壊力、いずれも大トカゲのものより強力だった。


「ちぃっ……」


 少女の強さはすべてブラスターによるものだ。その攻撃が効かない相手には完全に無力。丸腰で逃げまわるだけのエサにすぎないのだった。


『おらおらおらぁ! どうしたぁ、反撃してみせろよぉ!』


 連続して飛んでくる火球。

 少女はかろうじて避けているが、爆風によって飛び散る石によって少しずつだが確実にダメージを受けている。


 あのやろう、遊んでやがる──。


 少女が避けていたのではない。黒虎が意図的に手加減しているのだ。獲物がじわじわと弱っていく様を眺めて悦に入っている。


「やべぇよ。このままじゃ、あいつがやられちまう。どうすりゃいいんだ」

「わしにできるのは、せめておびゃっこさまの盾となることだけじゃな。逃げる時間を稼ぐくらいはできればよいが」

「じっちゃん、死ぬ気かよ!」

「それでおびゃっこさまが助かるなら、老いぼれの命なぞくれてやるわい」


 里長はためらうことなく助太刀に向かう。


「くそっ、なんかないのか。みんなが助かる方法は……」


 バンは無い知恵を働かせて考える。黒虎を倒す手段はないのか。これ以上の犠牲を出さずに済む道はないのか。考えても考えても、なにも思い浮かばない。少女のブラスターでも勝てない相手なのだ。ほかの手段など、少年に思いつくはずもなかった。


「バンにいちゃん、あとってまだなのー? いつになったら見てくれるのー?」


 この危機的状況を理解できない幼い少女は、切羽詰まって思考を巡らすバンに対し、のんきに話しかけてきた。


「ごめんな、いまそれどころじゃねぇんだ」


 振り返ったバンの目に、幼い少女が見せたいと言って探していたものが映った。


「さっきね、あっちのほうでひろったの。ずっとねてるんだよ」


 器のようにして合わせられた両手のうえに、一匹の動物が眠っていた。小さくて細長のからだに長い尻尾。真っ白な短い体毛。


「白くて、小さくて、イタチみてぇな動物だな」


 あれっ、どっかで聞いたような──。


 バンはお粗末な脳をフル回転させ、記憶を呼び起こそうと全力を尽くした。つい最近聞いたイタチにまつわる話が、記憶のなかに残っている気がする。


「うぅむ、どこだったか……」


 うなり声と知恵熱を出しながらうつむいて考え込む。


「どうしたの? あたまいたいの?」


 幼い少女が心配そうに顔をのぞき込む。こんなに真剣なバンの姿を見たことがなかったのだろう。


「うぅぅん……ああぁっ! そうだ、思い出した!」


 バンが突然顔をあげて大声を出した。驚いた少女は手に乗せている小動物を落としそうになる。

 バンの脳内で、出会った直後の少女の言葉が再生される。


『オコジョを見なかったか?』

『白くて小さい、イタチの仲間だ』


 そうだ。あいつが探してたんだった──。


 バンは大剣に目を向け、思い出す。

 大トカゲの妖怪と対峙したとき、少女は大剣に手をふれてなにかをしようとしていた。合理的な少女があの状況下で無意味な行動を取るとはとても思えない。おそらく敵を倒すための手段があったのだろう。


 この生き物さえいれば、なんとかなるかも──。


 ひったくるようにして里の少女からオコジョを受けとり、大剣を縛りつけたキャリーケースを引っ張り、森を飛び出した。

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