#3 少女の怒りは誰がために

 ひかり──。


 光った。ただ光っただけ。バンには一瞬の閃光がきらめいただけにしか見えなかった。

 少女は腰のホルスターに銃をおさめる。


 えっ……それだけ? バケモンはまだ──。


 バンは立ちあがり、大トカゲのほうに向きなおる。


「なんだよ、これ……」


 そこには目を疑うような光景がひろがっていた。

 草むらに横たわる大トカゲの妖怪。火球を吐きだそうと大口をあけたままの状態だ。時折、手足や尻尾がけいれんするようにぴくぴく動いている。そして、胸には特大の風穴があいていた。

 不思議なことに患部からの出血がない。その代わりにぶすぶすと煙があがり、肉の焦げたにおいが漂ってくる。


 傷口が、焼けてる――。


 少女の銃が放った光は、硬い鱗を突き破り、心臓を貫いた。一瞬で断面を焼いたことで血が噴き出さなかったのだ。大トカゲは致命の一撃を胸に受け、断末魔の叫びをあげる間もなく絶命したのだろう。


 なんて強力なんだ──。


 ふつうの鉄砲は小さな鉛玉を発射するもので、こんなに大きな傷を負わせることなどできないはずだ。

 あの少女は、少女の持つ鉄砲は、いったいなんなのだろうか。もしかすると、本当に神さまなのかもしれない。そう考えると、バンは複雑な感情に襲われた。里を救ってもらえるかもしれないというよろこび。一歩間違えれば里を滅ぼしかねないという恐れ。相反する感情がぶつかり合う。

 そこに少女がやってきて、悩める少年に声をかける。


「うまいこと引きつけてくれた。おまえは囮に向いているようだな」

「あっ……そうか、忘れてた」ポンっと手を叩く。「てめぇ、さっきはよくもやってくれたな! いきなり突き飛ばしやがって。死ぬとこだったじゃねぇか!」


 バンの脳の記憶容量は非常に少ない。新しいことに意識が向くと先に考えていたことが頭からすっぽりと抜け落ちてしまう。この少女が危険な存在かもしれないと危惧していたことなど、もう覚えていなかった。


「おまえもわたしも、いまこうして生きている。それで十分だろう?」

「そう言われると……そうかもな」


 簡単に納得させられる少年。

 たしかに少女の言葉には一理あった。手段や途中経過がどうであれ、結果としてふたりとも無事に生きている。最後まで生き残った者が勝者。これはだれも抗うことのできない大自然の摂理である。


「で、おれが命かけてるあいだに、おめぇはなにをやってたんだよ」


 バンは批判のまなざしを少女に向けた。


「エナジー切れを起こしていたからな。チャージのために太陽光に当てていた。完全にガス欠状態だったから、時間を稼いでもらう必要があったんだ」

「えなじぃ……ちゃぁじ……さっぱりわかんねぇよ」

「そうか、これでは伝わらないか。そうだな……わかりやすく言えば……ごはんを食べて元気になった、ってとこだ」

「ごはんを? だれが?」

「こいつが」


 と言って、少女はホルスターにおさめられた銃をぽんっとやさしく叩いた。


「鉄砲が飯を食うってのか?」

「そう。こいつは太陽の光を食べておなか一杯になると、さっきみたいに化け物をぶっ殺せるんだ。だけどおなかが減ると、また光を食べるまで殺せなくなる。最初に撃てなかったのは、おなかが空いていたからだな」


 少女はバンにも理解できるようにと易しい言葉を使って説明するが、ぶっ殺せるなどという物騒な言葉が混じっている。かわいらしいたとえ話とおどろおどろしい言葉の温度差が、バンをぞっとさせた。


「おいおい、本気かよ……」


 本気どころか正気かどうかもあやしいぜ――。


「あくまでたとえ話だが、間違ってはいない。すべて本気だ」

「いったいなんなんだよ、それ。鉄砲なのか?」

「ブラスター……熱撃銃、といったところか。おまえの知る鉄砲とは、似て非なるものだろうな。まあ、説明したところでおまえに理解できるものではない。すごい鉄砲、くらいに思っておけ」

「なんか……さっきからおれのこと、バカにしてんだろ」

「いいや、これっぽっちもバカになんかしていない」

「えっ……」


 意外な答えに戸惑うバン。


「いまの文明レベルなら理解できなくて当然だ。気にするな」

「まーたわけのわかんねぇことを……」


 少女の言葉は解読不能の暗号のように思えた。そのうえ本気なのか冗談なのか判別しがたいたとえ話を持ち出される。バンには彼女の真意も正体もわからず、雲をつかもうとしているかのようだった。


「まあ、バカにはしていないが、バカなガキだとは思っているよ……」


 少女はバンに聞こえないような小声でつぶやいた。


「なんか言ったか?」

「なにも」


 少女は首を横に振った。


「んで、おめぇはだれなんだ? ほんとにおびゃっこさまじゃないのか? なんで空から落ちてきたんだ? なんで──」


 謎多き少女に聞きたいことはまだ山ほど残っている。だがバンの質問攻めは少女には通用しなかった。


「質問タイムはここまでだ。この時代の人間には理解の及ばない話になるからな。説明するだけ時間の無駄だ」

「やっぱりバカにしてねぇか……まあいいや。じゃあ名前は? それくらいなら、おれにだって理解できるぜ」


 バンはへへっと笑いながら、いたずら好きの少年っぽく鼻をこすった。


「教えてやる義理はない」


 そっけなく言い切る少女。


「あぁん?」


 こ、こいつ、殴りてぇ……けど里を救ってもらわないと……でもやっぱりむかつくぅ……いやいやがまんだぁ──。


 こぶしを振りあげてはおろし、ふたたび振りあげてはまたおろす。バンは謎の動きを繰り返した。

 ぶつけたくてもぶつけられない。行き場を失った怒りは膨らみ続ける。彼のフラストレーションは頂点に達して爆発寸前だった。


「見たことのないエクササイズだが、ずいぶんと効率がわるそうだ」


 と言って、少女は壊れた機械のようにぎくしゃく動いている少年を放置し、大トカゲに破壊されたお社に歩いていく。


 今度はなんだよ――。


 常に自分の都合で動いていく少女に、バンは振りまわされるばかりだった。

 お社までやってきた少女は銃を取り出す。下に向けて発射。かろうじて残っていた壁の残りや床が吹き飛んだ。


「うわぁ! うっ……」驚いて叫んだところ、舞い上がった木クズが口に入ってしまい、ぺっぺっと吐きだす。「なにやってんだよ! もう敵はいねぇだろ!」

「なにって、掃除だ」


 掃除と主張するには少々派手すぎるやり方だった。


「どこの世界にそんなあぶねぇ鉄砲使って掃除するやつがいるんだよ!」

「たとえ話だ。ジャマなガレキをどかすってことさ」


 破壊された壁の破片や床が爆風によって掃除され、地面が露出していた。そこには金属製の扉があった。少女が扉を開くと、地下へと続く階段があらわれる。


「へぇ。床下にそんなもんがあったなんてなぁ。知らなかったぜ」


 少女は地下におりる。少ししてから声が聞こえてきた。


「バン、こっちに来い」


 説明もなく命令口調。バンは「へいへい」と言いながらしぶしぶ従う。

 一歩おりるたびに太陽の光は届かなくなり、暗くなってゆく。足を踏み外さないように壁に手をついて慎重に進んでいく。


 あれ……ちょっと明るくなってきた──。


 階段が終わると部屋があった。開きっぱなしの扉から淡い光がもれている。


「遅いぞ。はやくしろ」


 少女の偉そうな言葉に急かされ、バンは地下室に入る。


 なんだ、ここは──。


 行灯もロウソクもないのに部屋が明るい。天井そのものが光を発しているようだ。いくつもの棚が並んでいて、バンに見覚えのないものであふれている。壁も床も棚も、すべてが木製ではなく石のような金属のような不思議な材質だった。


 これは……なんだ──。


 一番奥に一際異彩を放つものが鎮座していた。半透明な筒状のなにかが縦向きに置かれている。大人ひとりが余裕で入れる大きさだ。


「こっちだ」


 少女の呼ぶ声がした。探索もほどほどにそちらに向かう。


「ようやく来たな」


 と言って、少女が立ちあがる。彼女が腰かけていたのは車輪のついた箱だった。上面には取っ手がついている。


「なんだ、この箱?」

「キャリアーだ」

「きゃ、きゃりあぁ? なんじゃそりゃ」

「特別製のキャリーケースだが、なんだっていいだろ。とにかく地上まで運べ」

「自分のなんだろ。自分で運べよ」

「わたしは非力なんだ。さっさとしろ」

「あぁ、はいはい。わかりましたよっと」


 まったく、人使いが荒いんだからな。けっこう重いけど、いらないものでも入ってんじゃねぇのか。非力だなんてよく言うよ、ためらわずにバケモンを撃ち殺したおっかねぇ女のくせによ。

 バンはぶつぶつ文句を言いながらも少女の指示に従い、キャリーケースを持って階段をのぼった。

 地上にもどり、明るい陽射しのもとで改めてキャリーケースを観察する。淡い桃色の箱。底面にはいくつかの小さな車輪。つるつるとした肌触りは神棚とともに消え去ったプレートに似ている。


 へんな荷車だな──。


 少女が取っ手を引っ張ると、それはすうっと上に伸びた。


「へぇ、こいつもからくり仕掛けだったのか」


 バンは自動で開いたお社の入り口の扉を思い出した。


「ああ。だが驚くのはまだはやい。あけてびっくり玉手箱さ」今度はキャリーケースの上面にすっと手をふれる。「──思った通り、まだダメか。おい、バン。手伝え」

「またかよ……お次はなにを?」

「あれをのせるんだ」


 少女の指さす先には大剣があった。


「あれって……あれか?」

「あれ以外になにがある」

「いやいや、すげぇ重そうだし。そもそも必要あんのかよ」

「アホか、おまえ。必要があるから持っていこうとしている。そんな当然のことをいちいち聞くな」

「こいつぅ……」


 なんてナマイキなガキなんだ。すぐにおれをバカにしてきやがる。からだはちっちゃいくせに、やけに態度がでかいんだよな――。


 上から目線で指図してくる高圧的な少女にイラつく少年は、握りこぶしにぎゅっと力を込める。

 その怒りの鉄拳を振りおろすわけにはいかない。たとえ気に入らなくとも少女は命の恩人であり、これから里を救ってもらわねばならないのだ。いくらバンが直情型で単純だったとしても、その程度のことは理解していた。

 しかし、生意気だの態度が大きいだのという言葉は、特大ブーメランとなって少年にぶっ刺さる。人のふり見てわがふり直せ、である。


「どう考えたって役立たずじゃねえか……ここに捨ててったほうが、まだましってもんじゃねぇの? こんな粗大ごみはよ」


 そう言って、バンは大剣を足蹴にした。

 それを見た少女はバンをキッとにらみつけ、銃を引き抜き、彼の顔面に銃口を向ける。そして声を荒らげて言った。


「取り消せ!」

「おいおい、そんなむきになるなって──」


 バンはへらへら笑いながら少女を見やる。


「もう一度言う。取り消せ。さもなくば、おまえに力は貸さん。大切な里が滅びるのを、指をくわえて見ているがいい」


 その瞳は真剣そのものだった。まるで敵に対して向けるような鋭い目つきは、バンのからだを貫かんとしている。


 なっ……こいつ、本気だ──。


 自分をバカにされても無反応だった少女がこれほど激しい感情をあらわにするとは、この大剣は彼女にとってどのような存在なのだろうか。少女のことをなにも知らないバンには皆目見当がつかなかった。


「わかった、取り消すよ。おれがわるかったから、力を貸して、ください……」


 威圧的な少女に気圧されて、バンは素直に謝罪し頭をさげた。

 普段は生意気で里の大人たちも手を焼いていたワルガキが、こんな小柄で華奢な少女にひれ伏すとは。バンのこんな姿は、里人たちには想像できなかったことだ。


「わかればいい」


 少女は銃をさげてホルスターにもどした。


「あの……里はこっち、です……」


 ボスザルにしかられた子ザルのようにすっかりおとなしくなった少年。


 そうだった。こいつとケンカしてるひまなんてなかったんだ。急いで里にもどらねぇと、じっちゃんたちが──。


 バンは少女を連れ、里へ向けて出発する──と、その前に。


「おい、どこへ行く」

「えっ……もちろん里に──」

「まだのせていないぞ」

「あ、そうだった」


 まだやり残したことがあった。地面に突き刺さった大剣を引っこ抜いてキャリーケースのうえにのせるという、とてつもない重労働が。小柄な少年少女ふたりだけでやらねばならぬという、地獄のような作業が。

 すっかり丁稚奉公が板についてきたバンは、足腰立たなくなる寸前まで少女にあごでこき使われた。大剣をキャリーケースに立て掛け、少女が倉庫から持ってきていた縄で縛りつける。少年の尊い犠牲を払いながらも大剣の搭載作業は完了した。


 疲れ果てた守り人の少年と、おびゃっこさまらしきデンジャラス少女は、今度こそ里を目指して一路足を進めるのであった。

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