第2話 黒き鎧

#4 里へ

「おーい、おせぇぞ!」


 バンは振り返り、遅れて歩く少女に大声で呼びかける。


「そう急かすな。わたしはもともと、頭脳労働の専門だから、体力には自信がない。それに、山歩きなんて、はじめてなんだ……」


 少女が息を切らしながら弱音を吐いた。

 ふたりは里へ続く山道の途中、まだ半分も進んでいないあたりにいた。山育ちの少年は、自分のペースについてこられない少女をもどかしく思っていた。はやく里にもどりたいが置いていくわけにはいかない。


 非力ってのは、ほんとだったのか──。


 凶悪な銃でためらうことなく妖怪を撃ち殺し、巨大な剣とともにあらわれた少女。非力だなどと言っていたのはサボるためのウソだろう、とバンは考えていた。しかし、少女が彼をこき使っていたのはめんどくさがりだからではなかった。力仕事が苦手で彼に頼らざるを得なかったのである。

 大剣を縛りつけたキャリーケースを引っ張るバンは意外と平気なようだった。大剣の搭載作業に体力を持っていかれたはずだったが、下り坂を歩いておりるくらいの元気はまだまだ残っているようだ。助けるべき里人たちの存在が、少年に疲れを忘れさせているのかもしれない。


 こうなったら、やるしかねぇか──。


 バンはキャリーケースを比較的平坦な場所に置いてまわれ右をする。いま来た道を逆にのぼり、足取りの重い少女のところまでもどってきた。


「どうした。里はこっちではないぞ」


 少女は不思議そうに首をかしげる。


「ほら」


 と言って、バンは少女に背を向けてしゃがみ込んだ。


「なにをしている」

「おぶってやるよ」

「なっ……わたしを子ども扱いするな!」


 顔を赤くして怒鳴る少女。


「そうじゃねぇって」バンは怒鳴り返すことなく落ち着いている。「このままじゃ日が暮れちまう。手遅れになるまえに急がねぇと」


 バンの真剣さが伝わったのだろうか。少女はそれ以上文句を言わず、おとなしく彼の背におぶさる。


「……迷惑かけてすまない」


 はじめて少女の口から謙虚な言葉がこぼれ出た。


「謝ることじゃねぇよ。助けてもらうのはおれたちなんだ。こんなところでへばってもらっちゃ困るんだよ」


 よっこいしょっ、とかけ声を出して立ちあがり、キャリーケースを取りに行く。


「大丈夫なのか?」

「まあ、いけるだろ。いったん勢いに乗っちまえばこっちのもんさ。あとはなるようになる。たぶん」

「崖から転落なんてことになるなよ……」

「まかせとけって。今度はおめぇがおれに祈る番だ」


 バンは少女をおぶったままキャリーケースを引き、坂道をくだりはじめた。

 最初はぐっと力を入れてゆっくりと。徐々に勢いがついてくる。ある程度のスピードになると、引かなくとも勝手に進むようになった。


「もうこんなもので十分ではないか?」

「いや、まだまだこれから。舌噛むなよ!」


 少女の懸念をはねのけるように、バンは全力ダッシュ。


「きゃっ!」


 あやうく振り落とされそうになった少女は、短く悲鳴をあげ、バンの背中にしがみついた。さほどがっちりしているわけでもない少年の背中はあまり頼りがいがなかった。それでも少女は必死になってすがりつく。

 キャリーケースはがたがたと音を立てる。縄でぐるぐる巻きにしてムリヤリ縛りつけた大剣は、ぐらぐらと荒ぶって、いまにも落下しそうだ。

 それでもバンは臆することなく、坂を転がり落ちる岩のように突き進む。


「バカっ! もっとゆっくり走れ!」


 バンの背中で少女が叫んだ。


「ちんたら走ってちゃ意味ねぇだろ! 急いでんだから!」

「わたしはな! 小さいころに乗ったジェットコースターがトラウマになって以来、絶叫マシンが大キライなんだ!」

「あぁん? なに言ってんのかさっぱりわかんねぇよ! 耳元でギャアギャア騒ぐんじゃねぇ!」

「それなら減速するまで騒いでやる! ギャーギャーギャー!」

「うるせぇ、うるせぇ! 止まりたくてもなぁ! もう止まれねぇんだよ!」


 大剣と合わせてかなりの重量になったキャリーケースは、ひとたび速度が出ると止めるのは至難の業だった。バンが速度をゆるめても、キャリーケースはお構いなしに突っ込んできて、ふたりを押しつぶしてしまう。


「コーナーだ! かなり急だぞ! スピードを落とさないと曲がりきれない!」


 目のまえにかなり急な曲がり角があらわれた。これを曲がりきるには熟練したコーナリングの技術が求められる。


「突っ込むぞ、気をつけろ!」


 そのままの速度でカーブに突入。

 少女の悲鳴が山中にこだまする。

 バンは自分を軸とし、キャリーケースを振りまわすようにしてカーブを曲がる。タイヤは崖際すれすれを通る。見事なドリフトで急カーブを曲がり切った。


「おっしゃあ!」

「お、終わったか……」


 ほっと息をつく少女。

 しかし、バンの言葉によって少女の安息の時間は即座に終わることになる。


「このままじゃらちが明かねぇか……よし、こっちから行くぞ!」

「こっちって、どっちだ?」

「こっちだよ!」


 と言って、バンは整備された山道を外れ、さらに急な斜面に進路を変更する。お社を目指してのぼってきた時に通ったのと同じようなルートだ。足元には草が生い茂り、木々が行く手を阻むように乱立している。

 道なき道。バンは右へ左へ。スラロームで木を回避しながら斜面を駆けおりる。もはや落下していると言っても過言ではない。万が一にも木に衝突してしまえば、木とキャリーケースに挟まれて圧死してしまう可能性もある。

 先程までは元気に叫んでいた少女だったが、半ば失神状態となって叫ぶ余裕さえなくなっていた。


 まってろよ、みんな──。


「いま行くからなぁ!」


 バンはひたすらに駆けおりる。

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