#5 守り人の里

「見えたぜ。あれがおれたちの里だ」


 バンは前方を指さした。

 斜面をくだり切って平地にでると、そこには山に囲まれた小さな村があった。外界から隔離されているかのようにひっそりと存在する隠れ里。少年の生まれ育ったふるさと、守り人の里だ。


「そうか……それはよかった。本当に……」


 少年の背中でぐったりしている少女が心底ほっとしたようにつぶやいた。バンという名のジェットコースターからおりてふらふらと千鳥足で歩きはじめる。

 バンはおぶっていた少女をおろして立ち止まった。木々の切れ間から見える生まれ育った故郷を眺めながらつぶやく。


「よくなんか、ねぇよ……」


 争いと無縁だった平和な里の面影は、もうどこにもなかった。

 里の各所から黒煙があがっている。家々がつぶされ、焼き払われたのだ。里人たちが毎日欠かさずに世話をしていた畑では、収穫を控えた作物が食われるわけでもなく踏み荒らされていた。

 大切な故郷の惨状を目の当たりにし、しばしのあいだぼうっと立ちつくしていた少年であったが、意を決して里に向かって歩きだす。


「やめておけ。おまえの力では、みすみす食われにいくようなものだ」

「あぁ、きっとそうだろうな……でも、まだ生きてる人がいるかもしれねぇだろ……」

「そんなに死にたいのなら止めはしないが、あれを見てからにしたほうがいい」

「あれって……?」


 バンは少女があごで示すほうに目をやった。

 その先に、こちらに向かってやって来るひとりの老人がいた。大きく手を振って呼びかけてくる。


「おーい、バン!」

「じ……じっちゃんが、無事だった……じっちゃぁん!」


 少年もぶんぶんと手を振り返した。

 ふたりのところにやって来たのは、現在の里長であるバンの祖父だった。


「よかった……ほんとによかった……」


 バンは目に涙をためて祖父にすがりついた。


「バンよ、おぬしも無事でなにより」

「かぁちゃんは? ほかのみんなは?」

「若いもんは森に逃げたから心配いらん」

「そっか、よかった……でも、若いもんは、ってことは……」

「うむ。皆を逃がすために犠牲になった年寄りは多い。おとなりのゲンさんとトメさんも、里長のわしを守ると言って妖怪に立ち向かってくれた……」

「そんな……ちきしょう!」


 バンは握りこぶしを力いっぱい木に叩きつけた。


「いまは悔やんでいる時ではない。それよりも、いったいなにがあったのじゃ? こんなに汚れて……それに、あの方は?」

「それが、いろいろあってな――」


 バンは語りはじめる。

 からっぽだったからくり仕掛けのお社。襲いくる火を吐く大トカゲ妖怪。空から落ちてきた流れ星。そして、巨大な剣とともにあらわれ、とてつもない力を秘めた少女。自分に思い出せる限りのことを祖父に伝えた。


「ふむ、そんなことがあったのじゃな……」

「ごめんよ、じっちゃん……里が襲われたってときに、おれ、稽古をさぼって遊びに行ってたなんて……」

「気にすることはない。むしろおぬしのサボり癖に助けられたわい」

「えっ……どうしてだよ。みんなが大変なときに、おれだけいなかったんだぜ?」


 バンはごしごしと目をこすり、祖父のことを不思議そうに見つめた。

 里長は孫を責めるどころか、やわらかい表情で語りかける。


「大人たちが戦っても勝てなかったのだ。おぬしがいたところで結果は変わらなかったじゃろう。それよりも、おぬしだけでも無事でいてくれてよかった。しかも、おびゃっこさまを連れて来てくれたのじゃろう? ワルガキのサボり癖に感謝せんとな」


「じっちゃん……」


 祖父のやさしい言葉は、少年の心に痛いほど染み渡った。


「どれ、おびゃっこさまにあいさつをせねば」

「……あっ、そういや言ってなかった。そのことだけどな──」


 バンが補足説明を入れようとしたが、祖父はすでに少女のもとに行っていた。


「わしは守り人の里の長を任されている者。われら守り人は掟に従い、代々この地を守って参りました。しかし、力及ばずに里はこの始末。お社も破壊されたと聞きます。おびゃっこさま。どうか、あなたさまのお力をお貸しくだされ……」


 バンの祖父は正座し、両のこぶしを地面に突き立て、深々と頭をさげた。


「頭をさげる必要などない。そんな行為は無意味だ。頼まれなくとも、やつらはすべて始末するつもりだからな」


 少女の態度は相変わらずそっけなかった。


「そうそう。そこまですることねぇって、じっちゃん。だってそいつ、おびゃっこさまなんか知らねぇって言ってたぜ」

「この……バカモノがぁ!」


 ぽかっ。

 里長が立ちあがってバンの頭を小突く。


「いてっ! なにすんだよ!」

「口のきき方に気をつけんか! おびゃっこさまはわれらをお救いくださる、それはそれはありがたいお方じゃぞ!」

「自分で違うって言ってたんだって!」

「ならばこのお方はだれなんじゃ?」

「ただのガキじゃねぇの?」

「この……大バカモンがぁ!」


 ぼかっ。

 もう一度バンの頭を叩く。


「いってぇ! だから殴るのはやめてくれよ!」

「バカだバカだと思っていたが、まさかこれほどまでに大バカだったとは。なんと嘆かわしいことじゃ……」

「バカバカ言いすぎだろ!」

「本物のバカだから仕方なかろう」

「おれのどこがバカだってんだよ」


 バンの祖父はため息をついて首を横に振り、子どもを諭すようにおだやかな口調で語りかける。


「よいか、バンなバカよ──」

「まてよ、じっちゃん」


 バンは開いた手を突き出して祖父の言葉をさえぎった。


「なんじゃ?」

「バカバカ言いすぎておかしくなってるぜ。逆だ、逆」

「おぉ、逆じゃったか。すまんすまん。では、あらためて。バカなバンよ、よく聞くのじゃ」

「そうそう、それでいい……って、全然よくねぇよ!」


 バンのノリツッコミが炸裂。

 だが祖父にはまるで効いていないようだ。落ち着いて話を続ける。


「ふつうの人間はな、空から落ちてきたりはしないのじゃよ。里の幼子たちにだって、このくらいのことはわかる。それなのに、おぬしときたら……」


 バンの祖父が目元を手で覆って「よよよ……」と泣きはじめた。


「わるかったな、幼児以下で。っていうか、じっちゃん。泣きマネなんかやめろよな。わざとらしい」

「ばれてしまったか。なかなかの名演技だと思ったのじゃが」


 腰に手を当てて「わはははっ」と陽気に笑う里長。

 バンはやれやれと肩をすくめる。


「ったく、ふざけてる場合かよ」


 きっと、子どものころのじっちゃんはワルガキだったんだろうな──。


 この状況にふさわしくないともいえる祖父の明るい振る舞いが、バンの沈んだ気持ちを少しだけ晴れやかにしたのだった。

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