#12 出立

 その夜、村では粛々と葬儀が行われた。

 村の中心に大きなたき火が用意され、そのまわりに集まった里人たちは手を合わせて祈りをささげた。

 そのたき火は火葬をするためのものではない。遺体を焼くには火力がなさすぎる。あくまで死者を弔うための儀式のようなものだ。遺体は日が沈まぬうちに村はずれの墓地に埋葬されていた。

 亡くなった者の多くは年寄りだった。里の決まりでは、有事の際には年長者が進んでしんがりを務め、未来ある若者たちを守ることになっている。

 その話を聞いた少女はひと言「合理的だ」とつぶやき、たき火をじっと眺めたまますっかり黙り込んでしまった。ばちばちと燃えさかる炎に照らされた彼女の横顔は、少年の目にさびしげに映った。

 簡素な葬儀が終わると、里人たちは破壊をまぬがれた民家に集まって夜を越した。


 翌早朝。

 まだ陽の昇り切らぬうちから、バンと少女は旅支度を整えていた。

 バンはてっきりキャリーケースのなかには荷物を入れられると考えていたのだが、少女は否定した。あくまでも大剣専用の荷車ということだった。


「さぁて。そんじゃあ、こいつをのっけるとしますか!」


 バンは大剣のそばで準備運動をはじめる。

 鎧を身に着けて戦う少女の姿を見てからというもの、バンは大剣の扱いをがらりと変えていた。最初はゴミ呼ばわりして捨てていこうとしたのだが、いまは羨望のまなざしを投げかけるほどになっている。


「それなら必要はない。もういけるはずだ」

「いけるって、なにが?」

「見ていればわかる。パワーアーム展開」


 少女の声に応えるようにして、キャリーケースがひとりでに動きだした。表面が変形して機械仕掛けの腕があらわれる。


「うおぉぉ! なんだそりゃあ!」

「だから言ったろ。あけてびっくり玉手箱さ。搭載しろ」


 パワーアームは大剣の柄をつかんで引っ張りあげ、自身にしっかと固定する。


「へぇ、ずいぶん力持ちなんだな」


 すげぇすげぇ、と感心したように声をもらしながら、バンはキャリーケースをいろんな角度から眺めまわした。どれだけじっくり観察したところで、彼にはこのからくり箱の仕組みを理解することはできないのだが。


「じゃあ、またおれが引っ張ってやるよ」

「その必要はない」


 と言って、少女はキャリーケースを軽々引いてみせた。


「えっ……重くて引けねぇんじゃなかったのか?」

「パワーアシストのおかげだ」

「なんじゃそりゃ。よくわかんねぇけど、こんな便利なもんがあるんなら、もっとはやく使えよな」

「ブラスターと同じだ。おなかが減って力を出せなかったのさ」


 少女は簡単に説明したあと、村の外に向かって歩いていってしまった。


「もう行くのかよ。まだあいさつもしてねぇってのに──」


 そこへ、バンの祖父と母がやってきた。


「バンや。準備はできたかの?」

「おう、ばっちりだぜ」

「おや、あの子はどこだい? おびゃっこさまは」

「先に行っちまった。おれもはやく追いかけねぇと」

「待つのじゃ、バンよ」


 と言って、祖父は一本の薙刀を差し出す。


「これって、里長が受け継いでるやつじゃねぇか」

「うむ。これをおぬしに託す。今日からは、おぬしが里長になるのじゃ」

「えっ……でもおれ、これから旅に出るってのに──」

「わかっておる。里長にはみなを束ねる義務がある。だから、必ず帰ってくるのじゃぞ。おぬしがもどるまでは、わしが代理を務めておく」

「じっちゃん……わかったぜ」


 祖父の気持ちを汲みとったバンは力強くうなずいてから薙刀を受け取った。


「あの子のこと、ちゃあんと守ってやるんだよ。か弱そうな子だから、なんだか心配でねぇ。もちろん、あんたも元気でね」

「まかせとけって、かぁちゃん。んじゃ、行ってくる!」


 手を振る里人たちに見送られ、バンは村を出た。

 険しい山に囲まれた里で生まれ育った彼にとって、山を越えた向こう側は未知の世界であった。黒虎との命がけの戦いに不安もあるが、それと同時に、まだ見ぬ知らない世界への期待も胸いっぱいにふくらんでいた。

 自分を置いていった少女に追いつき、バンは声をかける。


「おい、まてよ! ったく、おめぇはいつも、そうやってひとりでどんどん行っちまうんだからな」


 しかし、少女は振り向きもせずに無言で歩き続ける。


「おい、聞いてんのかよ。おいってば──」

「わたしは『おい』でもなければ『おめぇ』でもない」

「そんじゃあ……おびゃっこさま」

「昨日も言ったが、わたしはおびゃっこさまなんか知らない。それにわたしは、守り神などという大それた存在ではないさ──」


 少女は吐き捨てるように言い、目を伏せた。

 そんな少女の態度が、バンには意外に思えた。常に自信ありげだった彼女の口からもれた弱気な言葉。


「だったら、なんて呼べばいいんだよ」


 不意に少女は立ち止まり、少年に背を向けてうつむいたまま小さな声でつぶやく。


「──ココル」

「はぁ? なんて? またわけのわからん言葉か?」


 眉間にしわを寄せて聞きかえす少年。

 少女は振り向き、声を大きくする。


「わたしの名前! ココルだ!」

「ココル……」少女の名前はバンの耳になじみのない響きだった。「教える義理はないんじゃなかったのか?」

「これからともに旅をするんだ。名前を知らなければ不便だろう。それに──」

「それに、なんだよ」

「おまえのこと、すこしは見直したからな。黒虎のまえに飛び出すなど、そうできるものではない」

「お、おう……」

「おまえには助けられた。感謝している」

「よ、よせやいっ!」


 バンはあわてて少女から顔を背けた。

 祖父や母にしょっちゅう怒られている少年は、しかられることには慣れているが、ほめられることには耐性がないのだった。


「守られてばっかは性に合わねぇんだよ。それに、おれは守り人の長になる男だぜ? おめぇのことくらい、おれが守ってやるよ」

「ほう、言ってくれるな。わたしも甘く見られたものだ」

「おめぇは戦いになると強いくせに、普段は弱っちぃからな」

「ココルさまが弱っちぃとは、聞き捨てならないですねー」


 少女の肩のうえに乗っているクゥがつぶらな瞳でバンをにらみつける。一切すごみはなく、威圧効果は皆無だった。


「ほんとのことを言っただけだろ──ってか、いままでだんまりだったくせに、急にしゃべりだしたな」

「ぼくは人前ではむやみにしゃべらないのです。能ある鷹は爪を隠すと言いますからね。よけいないざこざを避けるためです」


 えっへん、とクゥは胸を張った。


「タカ、ねぇ……」


 バンはしげしげと小動物を眺めてから、ぷぷぷっと小バカにしたように笑った。


「むっ、ぼくをバカにしていますね」

「なぁにがタカだよ。いっちょまえに捕食者を気取りやがって。どう見たってタカに食われるほうじゃねぇか」

「失礼ですね。あなただって黒虎に食べられる側のくせに」

「ぐうっ、くやしいけど、言い返せねぇ」

「黒虎を倒せるのはココルさまだけですからね。さあさあ、ココルさまを侮辱したこと、悔い改めるがいいですよ。さもなくば──」


 と言って、クゥは少女の肩のうえで立ちあがり、短い手でシャドーボクシングをはじめるが、やはり威圧効果は皆無だった。


「いいさ。気にするな」ココルは諭すようにクゥの小さなあたまを指でなでる。「せっかく守ってくれると言っているんだ。すなおに期待させてもらおうではないか。わたしの盾としての働きをな」

「あぁん? 矛の間違いだろ」


 バンはしかめっ面をして言った。


「せいぜいがんばってくれよ、おとりくん」

「なんだと!」

「大口を叩くのなら、強くなってからにしたほうがいいですよー。実力の伴わない強気な態度は見苦しいです」

「ちきしょう、こんなちびっこまでおれをバカにしやがって……わぁったよ! もっと強くなって、おめぇらを見返してやらぁ!」


 と声を大にして宣言し、ココルを追い抜いて大股でずんずん進んでいく。


「先に行くのはいいが、黒虎の居場所はわかっているのか?」

「……うっ、うるせぇ! とにかく進み続けてりゃ、いつか出会う!」


 バンは案内人を置き去りにし、走り去っていった。


「いいのですか、ココルさま。ほうっておいて」

「ああ。ひとまずはまっすぐ行けばいいからな。しばらくすれば、怒っていたこともすっかり忘れてしまうさ」

「単純なお子さまですねー」

「そうだな。だが、狡猾な人間よりはよっぽど信頼できる」


 少女は焦らずにバンのあとを追う。


 守り人の少年と、謎多き少女と、不思議な小動物。人に仇なす凶暴な妖怪、黒虎を討ち滅ぼすため、ふたりと一匹は過酷な戦いの旅に出た。

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鋼血の膚 椎菜田くと @takuto417

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