第4話 かつての仲間からの『呼び声』
『エル、ここから先はお前が活躍する時間だぞ』
『あ、あぁ……任せてくれフリッツ』
Bランクダンジョン──『フレイムバレー』。
炎系の魔物が多数出る谷底で、俺はいつものように肉壁として先陣を切った。
戦闘において、みんなとの差が出来始めた3ヶ月くらい前から俺は矢避けとして使われるようになった。
タンク職じゃないのに魔物のヘイトを一身に集め、どうにか身を守りながらみんなが戦闘を終わらせてくれるのを待つ。
とんでもなく危険で情けないが、これこそが俺の仕事だ。
『おいエル、そこのパン取ってくれや』
『……メイン。近くにあるなら自分で取れるだろ?』
『はぁ? 俺ぁ頭も体も疲れてんだ。単純作業しかしてねえてめえが取るべきだろうがよ』
宿屋に帰っても肩身は狭い。
パーティーリーダーのフリッツはあまり喋らないタイプだからともかく、アタッカーのメインの態度は横暴だ。
ことあるごとに雑務を押し付けてくる、応じなければ暴力に訴えかけてくる。
ちょっと手を伸ばせば届く位置に自分で置いたくせに……そんなのおかしいだろ。
『あ〜! ダメだってエル! メインにパン渡さないでよ!!』
『あっはは! 俺の勝ちだなラム。銀貨1枚は俺のものだ。エルは逆らわん、パンくらいどれだけ遠くとも取ってやると思っていたさ』
『はァ〜!? てめえら! 何勝手に──っ、おいエル! やっぱ無しだ! フリッツには勝たせるな!!』
ビクッと俺の手が震え、パンを置き直す。
『……あ、ぁ、ははは」
すごすごと引き下がり、端の椅子に座ってみんなが笑い合っている中で愛想笑いしながら向こう側の壁を見る。
──情けねえ。
どれだけ仲の良いパーティーでも、メンバー間で力量差が生じたなら軋轢が生まれる場合はある。
命懸けで一蓮托生の仕事なんだから、働きぶりに差が生まれたなら一大事だからな。
有能なメンバーに不満が降り積り、無能なメンバーにぶつけられる。
そんなのは遠目で見てきた。
俺の身に起きてしまっただけだ。
報酬はソロの頃よりも良いんだから辛くても文句言わず、肩身が狭くとも我慢して我慢して──
『…………はぁ』
我慢して我慢して我慢して我慢して。
耐えに耐えて耐え抜いて。
たとえ惨めでも生きていく。
ここはそういう世界。
『おーいエル。クエスト受注済ませといてくれやー!』
何もしない、何も出来ないから、それらの仕打ちは少しずつエスカレートしていったのだ。
♧♧♧♧♧♧
「……っいってぇ」
固くひんやりとした宿屋の床のせいで普段より早く目が覚めた。
「ひっでぇ夢」
バッキバキになった体を鳴らし、
確か昨日は……酒で体調崩してしまったククルをベッドに寝かせて自分は床で眠ったんだっけか?
そりゃ寝つき最悪になるわ。
「あっ、おはよ。うなされてたから水汲んできたんだけど……大丈夫そ?」
伸びをしていると入り口の扉が開き、木製のコップを持ったククルが入ってきた。
「んあー、問題ねえ。それより悪いな、もしかしてうなされた俺の寝言とかで起こしちまったか?」
「そうだねぇ、ドスの効いた来るなァ! で起きちゃったかな」
「? どういう状況だよ」
「まあまあ、やっぱ普通じゃないかもだから水飲みなって」
「ん、あんがと」
二人一緒にどかっとベッドに腰掛け、お水を一杯。
コップから手を離し弄びながらこれからの事を問う。
「いきなり行くのか? えっと……」
「『ウロボロス』?」
「それそれ」
「うーん、どうしよう。いきなり行ってもどうにもならないと思うんだよねぇ」
「へー、ちなみにソロだと何処まで?」
知ってるけど一応聞いておく。
「SSランクダンジョン『ウロボロス』は階層構造になってて、わたしが行けたのは第二層の半分くらいまでだね」
「ふーん、階層構造って?」
「高難度のダンジョンはあまりの魔力強度によって次元屈折現象が起こるんだ。すると次元がズレて、一定間隔で環境そのものが変わるオモシロ空間になっちゃうの。三階層より多く階層が出来てたら問答無用でSランク以上のダンジョンに指定されるんだって」
攻略本ではミルフィーユ現象って呼んでたな。
ゲームダンジョンあるある、『降りていくと謎に景色が変わる奴』だ。
「うーん、だいたい分かった。んじゃ、『ウロボロス』以外で目星はあるのか?」
「収穫が多そうなのはAランクの『ファントム』かなぁ。迷宮都市リンダの近くにあるダンジョンだし、攻略もしやすいと思う」
「……俺はどこでもいいぜ」
はきはき話すククルの綺麗な横顔をぼうっと眺めながら水を啜りながら相槌を打つ。
会話の区切りだと感じたのか、昨日と同じくククルは小さな麻袋──見た目の100倍広い空間を持つ『アイテム・ボックス』から魔力を宿した水晶を取り出した。
転移水晶──さっすが金持ち、いつでも行けるってわけか。
「宿屋のおじさんに挨拶したら行きましょ」
♧♧♧♧♧♧
迷宮都市リンダには太陽が天辺に昇るよりも早く着いた。
馬車で行くなら7日はかかる距離だったからかなりの時間節約になったわけだ。
石造りの建物が立ち並ぶ街並みは王都と変わらない。
違うのは行き交う
これはギルドに近づくほどに多くなる。
「嫌になるくらい人多いじゃん……つかククルは意外と注目されないのな」
「うん、帽子被ってたらね。みんな多分、わたしを髪色で覚えてる」
毛先に向かって金に変わる赤髪はまあ派手だ。
なので
アインザックの破天荒娘は少なくとも王都じゃ有名人だからな、派手に注目を集めかねないし俺の心の平穏を保つためにも外さないでいてほしい。
フリじゃないぜ?
「おっ、見えてきたね。ぶちかましちゃおっか」
「やめてくれ」
本末転倒を地で行こうとしているククルの手綱を何とか握り、ギルドに入ることに成功した。
中はやっぱり宝箱をひっくり返したかのような人口密度で、老若男女ダンジョンに夢見る者たちで溢れている。
思わず生唾を飲み込み、足を止めていると背中を軽く摩られた。
ククルは何も言わず前だけを見ている。
「……」
俺も負けじと背筋を多少は伸ばし、歩みを再開する。
大丈夫大丈夫。
彼らよりも俺の方が強いはず。
何もビビらなくていいんだ。
そうだろう? エル・ディア・ブレイズマン。
こうして平静を保ちながら歩いていると、耳が覚えのある二度と聞きたくもない声をキャッチした。
「やぁ、俺はフリッツ。サポーターとしてパーティーに入らないか?」
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