第11話 ※《ミーシャ視点》きっと誰かのヒロイン

 灰色髪の青年、エルは小さな声で力強く立ち上がった。


 極限まで鍛え上げられた鋼鉄の肉体を持っているというのに少し曲がった背筋。

 このせいで彼はあまり強そうに見えないかもしれない。


「あ? お前は関係ないだろ、部外者は引っ込みな」

「……関係あるだろ。エルは俺の仲間だぜ?」


 だから舐められてしまう。

 酒場で初めて見た時もそうだった。

 本人は力強い言葉、粗野な物言いをしているけど明らかに自信がなさそうで……だから僕も強気で肉料理を取りに行けたんだ。

 きっと引いてくれる、そんな確信があった。

 弱い奴だと──そう思ったんだ。


 でも、そんな彼に僕は────怖いな。


 惚れ込んだのは、その修羅の如き道程だ。きっと彼の修練は生半なものじゃない。

 信じられないほどに研ぎ澄まされた肉体と剣技は僕の理想とするところ。

 満月の夜、大木のような足腰で受け止められた──あの瞬間は、エルと触れ合うほどに色濃い記憶となってゆく。


 ああ、たった一日しか経っていないというのにだ。

 

 うんざりするほどにチョロいしている。


 弱さと強さがアンバランスに同居しているエルは、僕にとってはあまりに魅力的すぎるんだ。危険──と言い換えてもいい。


 だからこそ、だからこそ僕は彼の助け舟を拒む。

 今の僕には必要ない。


「エル、大丈夫だ。手出しは必要ない」

「あ……? でもお前……」

「言ったろ。一日もあれば変われるって」

「…………確かに、そうかもな」


 彼は少し逡巡してから席に着いた。

 それから彼がククルにからかわれているのを見て──痛む胸の前側を左手で握りつぶす。


 右手は剣の柄に手をかける。


 これを合図と受け取ったのか、三人組の真ん中──リーダーのビズルがニヤリと口角を上げた。


「覚悟は決まったみたいだな、勝負──裏で決闘といこうじゃないか」



☆☆☆☆☆☆


 

 ギルド裏の訓練場。

 空いたスペースで僕とビズルは木剣を片手に立ち合った。

 二年前──14歳だった僕に優しく手を差し伸べてきた彼と、明確な敵意を持った刃を差し向け合っている。


「良い声で鳴かせてやるよ」


 僕を追放した理由は確か単純に──顔が良い僕に飽きたから、それと弱くて使えなかったから……だっけ。

 だらんと下げた腕と緩んだ表情、全てにおいて油断を覗かせる所作は僕を舐めきっている証拠。

 

 なんで僕はこんな奴のパーティーに入ったのだろうか。

 なんで僕はそんなにも子供だったのだろうか。

 後悔はある。

 でも、過去全てを無駄だったとも思わない。

  

「……先手はやる。かかってこい」

「ちィっ、ほざけ!」


 過去の失敗は明日へ向かうための良い壁となる。

 これは挑戦だ。

 理想に近づくためには絶対に越えなけれならない。


 僕にはそれが出来る。


「ぬるい剣だな」

「っにィ?」


 大振りの振り下ろしは、完全に

 驚くなよ、どれだけお前の剣を見てきたと思ってるんだ。

 魔物は倒せないかもだけど、お前になら勝てる。


「はァっ!!」

「ぅぐっ」


 躱したのと同時に突きを放つ。

 攻撃を放った直後で反応が遅れたビズルはこれをモロに喰らってくれたけど、咳き込むだけで耐えてみせた。

 あまりにスペックが違いすぎるんだ。

 ブラックウルフを倒し、多少身体は強くなった気がするけど、それでもまだ遠い。


「ははっ、軽いねえ! そんなんじゃ俺はやれねえぞぉ!!」


 唾を吐き捨て目の色を変え、再び突っ込んでくる。

 雑で汚い踏み込みだけど、それでも僕より速い。

 

 繰り出された手加減のない剣を二、三度避けて──四度目は無理だったのでたまらず木剣で受ける。

 

「っうぎ」


 腕が痺れる。


「いいぞ、鳴け鳴け!」


 ビズルの怒涛の攻撃を受けるたび、弾かれるようにして仰け反ってしまう。

 両手で柄を力強く握り締め、徐々に高まりつつあるビズルの魔力を冷静に見極める。


「とどめだ! 『グレーター・スマッシュ』!!」


 瞬間、ビズルの木剣が赤く染まる。

 一瞬早く、僕は全力で前に飛び出す。

 

 敵最大火力の勢いを利用する。

 この男が雑魚の考え方と切り捨て、理想エルが認めてくれた僕の戦い方。

 

「ダァッッ!!」


 ばきィっ──という鈍い音と衝撃。

 

 僕の木剣の横っ腹がビズルの顔面をぶっ叩いたことで、半ばから折れて吹き飛んだ。


 鼻から血を噴き出しながら前のめりに倒れてくるビズルの身体を受け止め、ゆっくり下ろす。


「はぁっ、はぁっ……ははっ。言ったろ、僕が勝つって」


 折れた木剣をビズルの頭の横に突き立て軽くお辞儀をして今の仲間達のもとへ歩き出す。


 「やったね〜!」とククルに暖かく抱き締められて、達成感に包まれながら視線を動かす。

 

 視線の先。

 何故か一筋の涙を流し、すかさず袖で拭ったエルがやけに印象的に映った。

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